第485話 復讐
「あとはお前等の好きにしていいぞ?」
尋問を終えたレイは、ゴルトンが拘束された牢に違法奴隷達を連れて来ていた。
奴隷達は首輪と鎖を外され、ありあわせの服を渡して解放されてはいたが、地下牢からは出れないよう、出入口にはバッツ達がさりげなく見張っている。
最終的に奴隷達は解放する予定だが、それは今ではない。
オブライオン王国と王都、そしてこの街の領主に関して、奴隷商の視点ではあるが、ある程度の情報と必要な物を得たレイは、もうゴルトンに用は無かった。生かしておいてもメリットは皆無なので始末するつもりだ。しかし、どうせ始末するなら最後は違法に奴隷にされた者達に委ねることにした。その権利が彼、彼女達にはあると思ったからだ。
「どうした? まだ、全然元気だぞ? 恨みがあるなら晴らすといい」
ゴルトンは裸で椅子に縛られ、糞尿を漏らして呆けてはいるが、外傷は爪の間の僅かな刺し傷ぐらいしかなく、顔に刺した針の跡は殆ど目立たず後遺症もない。健康状態に問題は無いので、奴隷達も存分に復讐できるだろうとレイは言う。その額面通りに受け止めていいのか困惑の奴隷達。
因みに、ゴルトンの他に地下牢で捕まえた二人の調教担当も一緒に縛られている。奴隷達に直接暴行した張本人達なので、生かしてあった。人によってはゴルトンより恨んでいる対象かもしれない。
(((全然元気? とてもそうは見えないんですけど……)))
針で神経を刺激するレイの尋問、いや、拷問を見ていたバッツ達にはとてもそうは思えなかった。大の大人が糞尿を漏らすほどだ。尋常ではない激痛であったことは嫌でも分かる。確実に壊れているとバッツ達の誰もが思った。しかし、レイは神経に触れるように針を刺しているだけで、直接傷つけてはいない。針を抜けば綺麗に痛みは消える。万一、神経を傷つけるように刺してしまえば、激痛が続き、尋問どころではない。
現に、オリビアには施術後も後遺症は見られない。ハンクとミケルはそれを知っているはずだが、尋常ではない相手の痛がりようを見た後では、冷静にそれを考えることはできなかった。
暫くして、レイの言葉の意味を素直に受け止めた奴隷達は、縛られた三人に憎悪の籠った目で睨む。
奴隷達は、床に転がるゴルトンの部下達の死体に顔を顰めるが、側に落ちているブラックジャックを見つけると、各々手に取り、それでゴルトン達を殴りはじめた。
「死ね! このクソ野郎っ!」
「死ね、死ね、死ねぇぇぇ!」
「よくも……よくもぉぉぉーーー!」
「うわああああああ!」
「はぶっ おごっ や、やめ――」
奴隷達から殴打用武器で殴られ続けるゴルトン達。殺傷用の武器ではなく、あくまでも人を痛めつける為の武器である為、すぐには死ねない。やめてくれと言って、彼らがやめたことがあっただろうか? 許しを請いても理不尽に殴られる気持ちを、ゴルトン達は身を以って知ることとなった。
ここにいるのは違法に拉致、または無理矢理奴隷にされた者達だ。自ら進んでなったわけでもなく、法を犯した者もいなかった。その憎悪は凄まじく、容赦ない殴打が止むことは無い。それは、この者達が受けた悲惨な仕打ちを物語っていた。
みるみる顔が腫れ上がり、歯が飛び、血反吐を吐く奴隷商達。
「どけニャ」
一人の女が奴隷達をかき分け入って来た。女は短い白髪に目鼻立ちのはっきりした美形の猫獣人だった。
「フーーー!」
獣人特有の鼻息を鳴らし、女の爪が伸びる。猫獣人は、ネコ科の獣同様、爪をある程度は自在に操ることができた。その者が持つ素養や、魔力操作により差はあるが、女の爪は鋭利な刃物のように鋭かった。この地下では魔力が使えない為、女の素の力と思われる。
その爪が調教担当の胸を引き裂く。
「ガァァァァ!」
我を忘れ、狂ったように爪で斬り付ける女獣人。余程のことをされたのだろう。調教担当が血塗れになって息絶えても、攻撃は続いた。
「フー フー フー……」
気が済んだのか、肩で息を切らしながらようやく攻撃の手を止めた猫獣人に、背後から男が声を発した。
「あっさり殺しちまいやがって、バカが。コイツ等はもっと生き地獄を味わせてから殺すべきなんだ。これだから亜人は低脳だと――」
「ニャに?」
猫獣人の女は振り返り、声を発した男を睨む。声の主はユリアンだ。
「コイツ等も変態共に嬲られればいいと言ったんだ。精神的にも苦痛を与えねば、コイツ等に復讐したことにはならん」
「そうじゃニャい。その後、何て言った?」
「なんだ? 亜人、とりわけ獣人を低脳、馬鹿だと言ったんだが……それがどうかしたのか?」
「フーーー!」
「やめろ」
レイの声に、女がピタリと動きを止め、場が静まり返った。武に長けた者は勿論、素人でさえ、逆らえばただでは済まないと思わせるには十分な殺気が込められた声だった。
(やれやれ。確か、名前はユリアンだっけか? 元はこの国の近衛騎士だったみたいだが、空気は読めんみたいだな。そういえば、この国の人間は元々、亜人に対して差別的だったっけか。元近衛騎士といえば、少なからず国の中枢に触れていたということだろうが、なるほどね……)
レイは、ゴルトンからここにいる奴隷達の情報も勿論聞いている。レイを睨んだ金髪の男は、オブライオン王国の元近衛騎士。その中でもエリートだったらしい。国の情報を得るに適した人間ではある。しかしながら、些か偏見的な男のようだ。
(少しやり方を変えるか……協力を仰ぐように下手にでるのはナシにしよう)
亜人に対する偏見的な見方が気に入らないレイは、ユリアンの持つ情報は欲しいが、優しくお願いするようなやり方の選択肢を消した。
「お前等に言っておく。俺達がこの場所から去るまでは、俺達の言う事を聞いてもらう。……奴隷商を甚振って気が済んだら元の牢に戻れ」
レイの発言に、またまた困惑する奴隷達。助けに来たのではないのか? といった様子で、不安そうにしている。またどこかに売られるのではないか、奴隷商が変わっただけなのかと、互いに顔を見合わせ、狼狽える。
「ふん。首輪と鎖を解いてくれたのは感謝しよう。だが、また檻に戻るのは御免だ」
「コイツに同意するのは気に喰わないが、ウチもこのまま戻る気はないニャ」
ユリアンと猫獣人の女は揃って身構え、レイを襲ってでもここから出る気だ。
「で? 気は済んだのか?」
「なに?」
「ニャに?」
「奴隷商共への復讐は済んだのかと聞いている」
「「……?」」
ユリアンと猫獣人の女は、レイの言葉の意味が分かっていなかった。牢には戻らないという二人の主張を、レイは完全に無視しているのに気づいていないのだ。
「済んだのか。なら、戻ってもらう」
レイは新宮流の歩法『瞬歩』によってユリアンとの距離を即座に詰めると、掌底を顎に放ってユリアンの脳を揺らした。予備動作が無く、その場に居ながら一瞬で目の前にレイが移動してきたかのように見えたユリアンは、攻撃をまともに食らい、脳震盪を起こして崩れ落ちた。
そのユリアンが床に倒れる間に、レイは猫獣人に迫り、掌底を放っていた。
「舐めるニャッ!」
魔力が使えない場所とはいえ、獣人の身体能力は人間を凌駕する。ユリアンに放った顎への掌底と同じ攻撃をレイが繰り出すも、猫獣人は驚異的な動体視力でそれを躱した。
上体を逸らし、レイの掌底を躱した女は、体を起こす反動で猛然とレイに爪を振るう。
トンッ
しかし、レイはそれも織り込み済みだ。同じ軌道、同じ攻撃を繰り出したのは避けられることが前提である。掌底を放った反対の手で手刀を作り、腕を交差するようにして猫獣人の胸に触れる。そして刹那に指を折って手の平を突き出すようにして掌底をかたどり、女の胸に置いた。
―『発勁』―
レイは体内で練った『気』を猫獣人に打ち込んだ。
「はうっ」
打ち込まれた『気』は、猫獣人の心臓の鼓動リズムを狂わし、不整脈を引き起こした。まるで、心臓が止まったかのような感覚に陥った猫獣人は、ユリアンと同じくうずくまるようにその場に崩れ落ちた。ユリアンと違い、意識は失っていないものの、体が言う事をきかず、無力化されたのは変わらない。
「他に、牢に入りたくない奴はいるか?」
二人の人間を一瞬のうちに素手で昏倒させたレイに、誰も動こうとせず、言葉も発しない。ここにいる者の殆どは戦闘経験など無く、容姿を見込まれ、無理矢理奴隷にされた者達だ。レイに暴力で逆らう気概のある者は他にいなかった。
「(見た? 今の?)」
「(見た! けど、何がなんだかわからん!)」
「(魔法って使えないよな? ってことは……ナニアレ?)」
「(つーか、魔力無しで獣人を素手で瞬殺とか……)」
(((やっぱ、旦那はヤベェ……)))
「おい、お前ら」
「「「はいっ!」」」
「
「は、はい。それは了解です……ですが、あのー……」
「ん? なんだ?」
「ソイツらはどうするんで?」
バッツが尋ねたのはゴルトン達のことだ。一人は血塗れで死んでいるが、二人はまだ生きている。
「コイツ等か……もう、いらないんだよな……おい、奴隷達。やり足りない奴は殺っていいぞ」
レイの言葉に、奴隷達は一斉に首を横に振る。
「なんだ、もういいのか? ……仕方ない」
斬ッ
レイの居合一閃。ゴルトンと調教担当の男は、黒刀で瞬時に首を刎ねられ、本人達が斬られたと認識する間も無くその命を断った。
「死体はあとで片付けるから、しばらくそのままでいい。奴隷達の後は頼んだ」
そう、バッツ達に言い残し、レイは地下牢から出て行った。
「「「は、はいっ!」」」
(((ひえぇぇ……)))
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