第483話 偽装奴隷

 フォーレスにいくつかある奴隷商の一つ、『ゴルトン奴隷』の主人ゴルトンは、奴隷商に扮したバッツが連れてきたを見て、部下共々、唖然としていた。


 言うまでもなく、荷物というのが奴隷商として垂涎の『若いエルフの女』と、噂でしか聞いたこののない魔獣、『一角獣ユニコーン』だからだ。


 ゴルトンは、でっぷりと太った体型に、口髭を生やした下卑た顔つきの中年で、違法業者と言われなくとも胡散臭い雰囲気を持つ男だった。引き連れている部下の男達もチンピラ揃いだ。


 その全員が、リディーナの美貌に釘付けになっていた。


「ま、まさか……エルフだ……と? しかも、これほどの上玉とは……それに、一角獣? 本物? いや、それより、エルフだ! ……エルフはいくらだ? いくらでも出す! ワシに売ってくれっ!」


 若いエルフの女など、他の国でも滅多に見ることは無い。しかも、そこらの貴族や王族ですら霞むほどの美女が、奴隷として連れて来られたのだ。一角獣も同じくらい珍しいのだが、魔獣は専門外のゴルトン達はブランよりもリディーナに執着していた。


「冗談言うなよ。なんでこんな田舎町の奴隷商に売らなきゃならねーんだ? コイツらは王都の奴隷商に持って行くんだ。ここには俺達がこの街にいる間、荷物を預かってもらいに来ただけだぜ? 悪いが、諦めな」


 バッツはゴルトンを馬鹿にしたような身振りで申し出を断った。


 この世界の奴隷商人は、荷物である奴隷を連れたまま宿に泊まることはしない。食事や排せつの世話をしていてはゆっくり休めない為、同業である現地の奴隷商に世話を含めて預けるのだ。どこの街でも、奴隷商として看板を掲げている所なら、そのようなサービスを提供している。


「お前さん、この国のモンじゃないだろう? 王都の奴隷商にツテはあんのか?」


「いや無い。だが、知り合いに、暫く前にこの国の自由都市マサラでエルフを競売に掛けたって聞いてな。王都の奴隷商が競売の仲介をやってんだろ? アンタ、知ってるかい?」


「あー 前に噂になったな……知ってることは知ってるが、マサラの競売ならワシも参加資格を持ってる。他所の国の奴隷商が、ツテも無く王都に行ったって足元を見られるだけだぞ? なんならワシが仲介してもいい。手数料は落札価格の一割だ。どうだ? 悪くないだろう?」


「一割か……少し考えさせてくれ。長旅で疲れてるしな。とりあえず、ゆっくり休みたいから今は、二、三日荷物を預かってくれればいい。その間に返事をする」


「ウチより安い手数料は他に無いぞ? よく考えてくれ。それと、預かり料金は一日金貨三枚だが、ワシに仲介を任せてくれるならタダでいい。良い返事を聞かせてくれ」


「ああ、分かった……けど、預けとく間に水と食いモンはちゃんと出せよ? 残飯なんか出したら仲介の話は無しだ。それと、馬車ごとこのまま置いていくが、荷物には誰も触らせるな。いいな?」


「勿論だ (ちっ、偉そうに……調子に乗りやがって)」


「じゃ、頼んだぜ」


 バッツは、ミケルとラルフを連れて奴隷商を出た。これからイヴとハンクを迎えに行く予定だ。ここへ戻って来る頃には、全てが終わっているだろう。


 …


 バッツ達が去った『ゴルトン奴隷』では、ゴルトンの部下達が、ニヤけた顔でリディーナを見ていた。


「ゴルトンさん、こりゃ、えらいモン預かったっすね。一角獣なんて初めて見たっすよ。なんてデカさだ……でも、それよりなんてったってエルフっすよ。こんなイイ女なんか他にいないっすよ? 少し味見してぇぐらいだ」


「バカが。処女なら競売で倍の値段が付くんだぞ? それを調べもせずに手を出すんじゃねぇ! 何年この仕事してんだオメーは! ……まあ、処女じゃなかった場合は話は変わるがな……ぐふふ」


 部下を叱責したと思いきや、ゴルトンの顔が部下と共に下卑た表情に綻ぶ。今まで多くの奴隷を扱ってきた者達でも、リディーナの美貌と豊満な肉体は、嫌でも欲情を駆り立てた。


 ゴルトンはバッツに競売を仲介する気も、預かった荷物を返すつもりも毛頭無かった。バッツ達は他国の人間であり、どこの馬の骨とも分からぬ相手に馬鹿正直に商売してやる必要は無いと考えていた。


「ゴルトンさん、アイツ等はどうしますか?」


「のん気に荷物を取りに来たところを捕まえろ。別に殺しちまっても構わん。アイツ等の顔じゃ、どうせ農夫か炭鉱夫としてしか値段は付かんからな」


「「「へへっ 了解っす」」」



(清々しい程のクズで安心したな)

(そうね)



「とりあえず、男の方はエルフと引き離しておけ。しかし、よく見りゃコイツもあり得んほど、ツラがいいな……おい、黒髪っ!(ん? 黒髪……?)まあ、いい、生意気そうなテメーは男娼として売り飛ばしてやろう。だが、買主が女と思うなよ? 世の中にはとんでもねぇ変態が腐るほどいるんだ。病気持ちの腐れオヤジを見繕ってやるから楽しみにしてろ!」


「もう、俺達を自分のモノだと思ってるのか? ……めでたい奴だ」


 確かに、この世界も金や権力を持っているのは男性が圧倒的に多い。女性で貴族の爵位を持つ者も殆どおらず、男娼として売るなら女よりも男のほうが利がある。しかし、既にレイ達を自分のモノのように話すゴルトンに、レイは呆れる。


(ゴルトンって豚を含めてこの場にいるのは五人。コイツ等で全部じゃないだろうが、バッツ達を殺せると思ってるのが笑えるな。まあ、バッツ達も見た目を地味に装っていて演技をしなくても冒険者だとは思えんが……人を見る目が無いのは奴隷商としてどうなんだ?)


「ガキが……随分、余裕じゃねーか。どうやらテメーには特に調教が必要なようだな。これからテメーを立派な性奴隷に仕上げてやる。喜んで野郎のブツをしゃぶり、ケツを差し出す変態にな! ……おい、コイツを連れ出せ!」


 ゴルトンがそう言うと、部下達はそれぞれ調教用の殴打武器を手に持ち、檻の鍵を壊しにかかった。


「調教ね……奴隷への暴行はこの国でも違法だろう?」


「バカか? 奴隷のテメーは人間じゃねー、馬と同じだ。言う事聞かせるのにブチのめして躾けるのは当然だろう? 違法もクソもねーんだよ! それに、この国じゃ亜人も人じゃねえ。エルフの女も処女なら丁重に扱ってやるが、そうじゃなければ……ぐふふ、たっぷり可愛がってやる」


「ほう? 処女かどうか確かめる術があるのか? まあ、興味は無いが」


「気分が悪いわね。……ねえ、もういいんじゃない?」


「そうだな」


 レイは立ち上がって、いとも簡単に首輪と鎖を外すと、そのまま檻を開けた。



「「「へ?」」」



「鍵が……な、なんで……?」


 まるで、はじめから鍵など掛かっていなかったような状況に、ゴルトン達は暫し呆然とする。人は、日常における当たり前の常識に慣れ過ぎると、それが崩れた際には、簡単に思考が停止する。正常性バイアスと言われる心の作用によるもので、都合の悪い情報や出来事に直面した際、無視したり、鈍感になる。


 奴隷なのだから首輪と鎖で拘束されてるはずだという常識や思い込みが、ゴルトン達の心理には受け止められず、彼らを一時棒立ちにさせた。


「ブラックジャックか。この世界じゃ初めて見たな。奴隷商なら鞭なんかが定番かと思ってたが、そんなモンもあったんだな。……まあ、それじゃ俺は殺せんが」


 ブラックジャックとは、ゴルトンの部下達が手にしている殴打用の武器だ。革袋に砂や金属片等を詰め込んで固く絞り、相手を打ち倒すための重量を持たせている。表面が布や革である為、外傷が目立ちにくい上に、打撃音も少ない。武器といっても殺傷目的ではなく、相手を痛めつける為の道具と言ってもいいだろう。


 出血を伴う傷を負わせれば痕が残る。奴隷の商品価値が落ちるのを避ける為に使用しているのかもしれないが、武器の質によって、当たり所によっては、痣ができ腫れ上がるだけでは済まない。


 男達の様子から使い慣れたモノだと分かるが、レイのような武道の達人クラスには一笑に付される武器だ。


 殴打武器全般に言えることだが、対人用の武器としてはその形状から、剣や刀に比べて同じ力で振っても速度は出ない。その上、大振りで単調な攻撃になりやすく、隙も生まれやすい。武の心得がある者に対しては素手の方がマシまである。



「さっさとブチのめせっ!」


 ゴルトンがそう叫ぶ間に、レイは目の前の男に掌底を放っていた。レイの目にも止まらぬ刹那の攻撃に、男はあっさり顎を打ち抜かれ、白目を剥いて意識を失った。


 そのまま、流れるような動きで男達に急接近するレイ。男達は手にしたブラックジャックを振り回すが、大振りで稚拙な攻撃がレイに当たるわけがない。


 レイは男達の攻撃を難なく躱し、全員の顎を同じように掌底で撃ち抜き、瞬く間に四人の男の意識を奪った。


「リディーナ、コイツ等を縛っておいてくれ」


「殺らないの?」


「コイツ等の服も使うかもしれんからな。血で汚したくないから後で殺る」


「了解~」



「さて、お前には色々聞きたいこともあるが、とりあえず邪魔だ」


 レイは、部下を素手で瞬時に無力化され、固まっているゴルトンの顎に掌底を当てて脳を揺らし、昏倒させた。


『アニキ、ゴハン……』


「わかった、わかった。だが、先にこの建物を押さえてからだ。もう少し辛抱しろ」


『ふわぁ~い。……でも、ここは臭くて鼻が曲がりそうっす。ここでゴハンはちょっと嫌っす』


「「……」」


 ブランの発言にレイとリディーナは真顔になった。予想はしていたことだが、他の奴隷がいるのだ。


 …


 ゴルトン奴隷商の建物の地下には、違法な奴隷を収容する牢があった。鉄格子は勿論、床や壁には魔封の素材が使用されているらしく、魔力は一切使えない。明かりは油を使用したランプなどが使われ、油が燃える独特の臭いがしていた。だが、その臭いには血や糞尿の臭いが混じり、腐臭も感じられる。


「如何にもってとこね……」


「表に出せない奴隷か」


 一般的に奴隷の環境は過酷で不潔なイメージが強いが、地球の歴史でも多くはそうではない。奴隷は貴重な労働力であり、健康で清潔さが求められていた。自由は無く、主人の命令には絶対服従なのは変わらないが、人として生活するのに最低限の環境は与えられていたことが多い。この世界でも多くはそうである。労働に従事させても、病気や栄養失調ですぐに死なれては意味が無いからだ。


 だが、この世界で労働以外を求められる奴隷は話が変わる。強制的な性奴隷や嗜虐的欲求を満たす為の奴隷は多くの国で違法にあたる。調教と称する暴力で強要することも認められてはいない。正規の奴隷ではない者は、どんな扱いを受けても闇に葬られていた。


 人の欲求を刺激するもので、禁止されているモノほど、人は欲しくなる。金や権力を持っている者ほど、その欲求は強く、需要は無くならない。それを満たす為に金に糸目を付けず、手段を選ばない人間が存在する限り、供給する者も決して無くならない。


 その供給源の一つが違法な奴隷業者であり、ゴルトンのような者達だ。


 

 地下の牢に収容されていたのは、容姿の整った若い男女が多く、獣人などの亜人もいる。全員が裸で奴隷の首輪と魔封の鎖で繋がれていた。


「メシだけはちゃんと食わせてたようだな。商品として肉体維持も管理の一部ってとこか……数人は病気なのか、健康状態が悪そうだ。子供がいないのは幸いだが、胸糞悪いことには変わらんな」


「そうね……」


 リディーナは地下牢の光景に眉間に顔を顰める。奴隷自体、見るだけでも嫌な気持ちにさせるが、ここにいる者達は全員が性的虐待や虐待を受けているのは明らかで、更にリディーナを嫌悪させた。


「レイ」


「ああ。怪我は治してやるし、金も持たせて逃がしてやる。だが、それだけだ。流石に子供と違って全て面倒をみるつもりはない。それに、解放するのは用事が済んだ後だ。俺達は違法奴隷の解放をしにこの国に来たんじゃないんだからな」


「うん。分かってる……」



「勇者……」


 牢の中で、奴隷の一人がレイを見て呟いた。男の両手は無く、やせ細り、体中に痣と湿疹がある。まるで使い古された雑巾のような男だったが、その男は鋭い眼光をレイに向けていた。

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