第482話 オブライオン王国⑤

「世の中が便利になることは良い事だけど、全部タダっていうのは胡散臭いとしか思えないわ」


「それに関しては、俺達も姐さんに同意です。国の施策が無料ってのは、どうも……どうせ、後から重税を課せられるに決まってますよ。まあ、人気取りってこともあるかもしれませんが、民を労う為だけにいつまで続くか……。いずれ跳ね返りはあると思いますね」


「二人の言う事はもっともだ。電気を利用する設備は勇者の能力で生み出してるのは間違いない。どんなやり方かは知らんが、農村にまで普及させてるなら、本田宗次が一人でやってるわけじゃないだろう。人手が掛かる以上、負担する費用はそれなりにあるはずだ。タダで提供した上に、見返りを求めていないのは、人気取りってのは恐らく合ってる。奴らは国を支配したいらしいが、この国の人間にとっては余所者だし、貴族ですらない。民衆の支持を得る為にやってることだろうな」


(九条彰が勇者達に全てを話していないのは確定だな……)


『装置』を使えば、時間と世界を移動できる。九条にどんな目的があるのか不明だが、この国を統治することにあまり意味は無いようにレイには思えた。九条からすれば、遺跡のある王都さえ押さえておけばいいのだから、態々、民衆に媚びを売るような施策は必要無い。本田宗次の貴重な能力を無駄遣いしているといえる。


(自分が女神や俺に狙われてるのに余裕なのか? それとも、九条とは考えが異なる勇者の勢力か? いずれにせよ、九条は勇者をまとめちゃいない。当然と言えば当然だが、一枚岩じゃないなら都合がいい)


 レイは、自身が九条の立場なら『次元時空転移装置』のことは秘密にする。裏切りや抜け駆けされる可能性がある以上、装置の秘匿は絶対だ。ジークの報告で、佐藤優子が『鍵』を探してるのは確認してるが、九条から本当のことを伝えられているかは怪しいものだった。厄介な能力持ちが多い勇者達が、一丸となって待ち構えている訳ではないことは、レイにとって好材料だ。


(俺のことを九条は暗殺者として通達してはいるだろうが、勇者それぞれが異なる目的を持っているなら、自然と行動がバラつくことになる。流石に全員を一度に相手できないからな……)


 …


「ところで、旦那……本当にいいんですか?」


「なにがだ?」


「その……」


 バッツは昨晩レイから聞かされた、フォーレスへの侵入方法について尋ねていた。横目でリディーナに視線を移し、再度確認する。


「私は構わないわよ? レイと一緒だし、そもそも危険なんてないでしょ?」


「ですが……」


「心配すんな。お前等はイヴと一緒にどおりにやればいい。遠慮してやれば怪しまれるからな。思い切りやっていいぞ?」


 珍しくニヤニヤしながら話すレイに、バッツ達とイヴの顔が一斉に引き攣る。


「まあ、明日中には街に着くだろうから、今夜は訓練は無しだ。各自、台本を頭に叩き込んで置け」


「「「りょ、了解です……」」」


 レイは、魔法の鞄から特徴的な荷馬車と荷物を取り出すと、明日の準備に入った。


 …

 ……

 ………


 ―『オブライオン王国 フォーレス』―


 見渡す限りの麦畑の中、小高い丘の上に城壁に囲まれた街があった。決して大きくは無いが、歴史のありそうな西洋風外観の中規模都市、フォーレスの街だ。


 城門の入口には、街に訪れた人々が列を作っており、衛兵から検問を受けている。どこの街でもそうだが、城壁は夜間は閉ざされ、朝に開く。街の出入りには城門で検疫を受ける必要があり、その街の住人なら簡易的な質問で済むが、それ以外の者は身元や荷物の検査が行われ、誰でも自由に街に出入りできるとは限らない。


 今までの国や街では、高等級の冒険者であるレイ達が移動するのはそれほど難しいものではなかった。冒険者の移動は大陸の多くの国で認められ、珍しいものではない。しかし、ここオブライオン王国では高等級の冒険者が少なく、他国の冒険者は滅多に見られない。レイの冒険者証はこの国で作ったものだが、レイは馬鹿正直に冒険者証を使うつもりも、冒険者として活動する気も無かった。


 当たり前だが、『レイ』という名の身分証を使えば、勇者の情報網に引っ掛かる恐れがあるからだ。


 因みにこの国に入国する際にも、レイ達は自分達の身分証を提示していない。国境では、杜撰な衛兵の対応により、ベッカー商会の用意した偽の商取引の書類を見せただけで通過できたからだ。一応、商会員の身分証も用意してもらっていたのだが、ブランだけはどうしようもなく、商会にも迷惑が掛かるので、レイは使用するつもりはなかった。



 そこで、レイの取った手段は、『奴隷』として潜入することだった。


 ベッカー商会とゴルブに用意させた、檻付きの馬車と奴隷の首輪。レイとリディーナは、貧相な服に着替えて、奴隷の首輪と鎖に繋がれ、檻の中に入っていた。勿論、ブランも一緒に中に入っている。レイ達の着けている首輪は偽物で、イヴの小太刀を作ってもらった際に、ついでにゴルブに頼んだものだ。


 ブランを乗せた馬車を引く馬達。そして、御者席に座るイヴとミケル。その周囲を歩くバッツ、ハンク、ラルフの面々は皆、緊張の面持ちで歩いている。偽装がバレることを懸念している訳ではなく、これからレイとリディーナにをすることに戸惑いがあるのだ。



「止まれ! 身分証と荷物の確認だ」


 城門の前で、衛兵がイヴ達を止める。イヴは書類を衛兵に見せると、書類に目を通した衛兵は、書類のある項目で目が留まった。


「エ、エルフの奴隷? それに、一角獣ユニコーンだと……?」


 書類から顔を上げ、檻付きの馬車を回り込んで、檻に掛かっていた幌を捲った衛兵は、目を見開いた。


「ほ、本物?」


「王都の奴隷商に連れて行く奴隷と、魔の森で捕えた魔獣です。この街で水と食料の補給をしたら翌日には王都に出発予定です。の内容はこれまでの検問の衛兵しか知りません。万が一にも外に漏れれば……」


「へへっ、そうそう。の飼い主になるのはそこらの金持ちなんかじゃねーってことよ。大事な商品だ。噂になるのは勿論、手をだしたら後で知らねーぜぇ~?」


 イヴは奴隷商の若き女主人に扮し、厳しい視線を衛兵に向ける。バッツ達も普段とは違い、これ見よがしに武器をさらけ出し、やや鋭い目つきで粗野な従業員兼、護衛の演技をしていた。


「わ。分かっている! 貴様ら、たかが奴隷商風情が、我々を愚弄するのか? フォーレスの兵は、職務で知り得たことを外部に漏らすことはせん!」


 危険物や不審物ならともかく、商人や貴族が運ぶ荷物の内容を他所でベラベラ話すようでは検閲官の資格は無い。万一、それらが被害に遭った際には、真っ先に疑われるのはそれを知る立場の者達だ。この国で奴隷は珍しいものではないが、それが超高額で取引されるエルフと、見るのも貴重な一角獣であれば話は変わる。書類では荷の所有者は奴隷商のものだが、売却先は平民などではないだろうことは容易に想像がつく。バッツの発言のとおり、手を出したことがバレれば職を失い、買主によっては処刑もあり得るのだ。


 検問の衛兵は、深く関わる事を避けるように、イヴ達をさっさと行けと通した。


 …


「ふぅ……なんとか上手くいきましたね」


「衛兵達が姐さんにちょっかい出さないか、冷や冷やでしたよ……」


「こういう言い方はしたくありませんが、貴族や王族に卸す商品と見られたでしょうからそれは無いでしょう。検問で手を付ければ買い手からどんな仕打ちをされるかわかりませんからね。……とはいえ、気分のいいものではありません」


 イヴはレイの作戦に難色を示していた。演技とはいえ、レイとリディーナを奴隷扱いすることが嫌だったのだ。


「まったく、まだ言ってんのか? 気にするな」

「そうよ~ ただの演技じゃない」


 後ろの馬車からレイとリディーナがイヴに声を掛ける。イヴは自分が奴隷になると言い張ったが、奴隷として価値があるエルフのリディーナは外せなかった。レイは偽装とはいえ、自分の策でリディーナを奴隷にするのは本意ではなかったが、自分も一緒になることで自身を納得させていた。イヴには他に仕事を振りたいこともあり、奴隷商役を承服させたのだ。


 それに、レイが奴隷に偽装したのは、街に入る為だけでは無かった。


「それより、イヴ。ハンクを連れてさっきの衛兵を見張れ。問題があれば処理しろ。合流場所は、後で城門にバッツかミケルを迎えにやる」


「了解です」


 檻の中からレイがイヴに指示を出すと、御者席に座っていたイヴは、ハンクと共に先程の城門に戻っていった。


 因みに、ラルフに関しては背中に背負った『女鬼の戦槌メンヘラ』が、布で隠されるのを嫌がり目立つので、あまり仕事は振られていない。



「ミケル、このまま街の奴隷商へ向かえ。違法そうなところがいい」


「りょ、了解です」


 この世界では奴隷は珍しいものではない。レイは且つて、リディーナと出会った頃に、この国の自由都市『マサラ』を訪れたことを思い出していた。リディーナの義理の妹は勇者達によって王都の奴隷商経由でマサラの競売に掛けられた。今回の偽装も、エルフを売りたいのなら行動は不自然では無い。


 無論、希少なエルフが奴隷として入ってくれば噂になる。レイは当然そのことも頭に入れて行動している。



「ウフフッ なんだかワクワクするわね」


 真っ暗な檻の中で、リディーナがレイに抱きつきながら囁いた。リディーナに嫌がる素振りが見えないのは、レイと一緒にイチャつけるということもあるが、この後レイがやることを支持しているからだ。


「そうか?」


『アニキ、腹減ったっす。それに、姐さんのニオイがちょっとキツくて……」


「なっ!」


「ブラン、黙ってろ! ……メシはもう暫く我慢だ」


『ふわぁ~い』


「ブラン、アンタご飯は飼い葉だけにするわよ?」


『えー それは嫌っす。でも、今日は一段とキツくて……』



「だから、喋るなっ!」

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