第481話 オブライオン王国④

 翌日。


 レイは、フォーレスの街付近にある農村を脳内にある地図から探し、そこからバッツ達がブランの飼い葉と馬二頭を購入して連れてきた。


 馬はフォーレスに入るのに必要で、昨夜レイに言われて調達したものだ。


 バッツ達が農村へ行く際の護衛はイヴが同行し、レイとリディーナ、ブランは近くで野営の準備をして待っていた。


 ヒヒィーーーン!


 連れてきた馬はブランを見た途端、怯えて取り乱し、暴れ出した。


『黙るっす』


 ヒ……


 ブランの一言に、暴れていた馬達がピタリと動きを止めた。その様子に一同は訝しげな目をブランに向ける。


(((え? 通じんの? 人の言葉だったよね?)))



「スルーしよう。コイツに関しては考えても無駄な気がする……。それより、農村はどうだった?」


 何やら考え込んでいるイヴに、レイが尋ねる。


「至って普通の農村でした……と、言いたいところですが、驚きました。……レイ様、『デンキ』ってご存じですか?」


「なに?」


「村の水路の至る所に水車が設置され、街灯や『スイドウ』というものが『デンキ』によって動いてました。村の小屋の屋根には、黒光りした怪しい板が使われており、そこからも『デンキ』を生み出しているそうです。『スイドウ』というのは井戸の水を汲み上げて家屋に水を引く装置のことで――」


「マジかよ……」


 イヴの話で、レイは農村で電気が使われているという事実を知り驚いた。水車の規模や構造にもよるが、農村にある水路レベルで生み出せる発電量など高が知れてる。しかし、屋根に設置してあるというのは恐らく太陽光パネルのことだろう。そんな物まで普及させてるのであれば、農村の灯や水道施設の稼働には十分だ。この世界では現代のように、二十四時間電気が必要な生活ではなく、必要な電力は最小限でいい。それに、水車や太陽光パネルなら、保守や補修費用を除けば、設置費用だけでランニングコストは殆ど掛からない。夜間の灯りや自動で水を供給できるだけでも、人々の生活は今までより格段に楽になるだろう。


(水車はともかく、太陽光パネルは『錬金術師』の本田宗次でなければ作れないはずだ。王都に近いとはいえ、農村にまで普及させてるとなると、とんでもない生産能力だな。しかし、やりやがったな……バカが)


 一人の特別な人間しか理解できず、且つ、作れない物は、例え便利な物でも様々な弊害を後にもたらす。特に太陽光パネルは現代でも問題点が多い。大きな問題はゴミだ。人が作った物である以上、故障もするし、劣化もする。大切に使っていたとしても、いずれ廃棄されることになる。太陽光パネルはモノによっては材料に有害物質も含まれており、土に埋めて廃棄すれば土地を汚染する。それに、パネル自体が発電して電気を帯びているので、破片だけでも迂闊に触れば感電の危険がある。現代でもパネルの廃棄問題や、災害によって破損、流出した破片での事故、山を削って設置したことによって山の保水力が落ち、地滑りを誘発するなど、課題が多く残っている。


 太陽光発電は、石油や石炭、放射性物質などを使用しないクリーンな発電方法というイメージが強いが、火力や原子力と同等の発電量を生みだそうとすれば、同じくらい環境に影響を与えるものでもある。現在、世界中で設置されている太陽光パネルは、いずれは廃棄される運命にあり、その際に排出される廃品の処理方法や、膨大な費用は未来に先送りされている。


 この世界で太陽光パネルやそれに付随する設備を本田宗次一人に依存してるのであれば、後に待っているのは負の遺産化なのは間違いない。本田がこの世界の人間に製造方法や仕組みを教えたとしても、基礎知識が無さ過ぎて、理解はできないだろう。この国の人間が電気に依存するということは、本田に依存するということだ。便利な生活を、ただ一人の人間に握られることになる。


「デンキ? なにそれ?」


「リディーナ、忘れたのか? 前に教えただろ? 雷属性の魔法で生み出すアレを総称して『電気』というんだ。火と同じで、それを利用して様々なことが出来るようになる。間違いなく勇者共の、いや、俺がいた世界の知識と技術だ」


「あ、そう言えば……」


 リディーナはレイから雷属性の魔法をレクチャーされた際に、電気の説明を受けていたはずだが、電気というものがどのように人々の生活に影響するかまでは想像がつかないようだ。


「国境の街では見られなかったものが、農村には多くありました。やはり、王都が近く、勇者の影響が強いということでしょうか?」


「そうだろうな。次に向かう都市では農村より進んだモノがありそうだ。少し甘く見てた。そこまで現代的なモノを広めていたとはな……」


「あまり勇者のことを褒めたくはありませんが、民の生活が豊かになるのは良い事だと思ってしまいました」


「そう思うのは当然だ。綺麗な水を汲むのに、村人が日々どれだけ大変な思いをしているのは俺も知っている。皆が水魔法を使えるわけでもないしな。しかしな、イヴ。一部の特別な人間が人々の生活の根幹に関わるものを、安易に提供するのは褒められたもんじゃないんだ……」


 セルゲイの報告にあった『病院』にしても同じことが言える。無償の医療行為は、一見、良い事に思えるが、そうとは言い切れない。特定の人間にインフラを支配されるのは民衆にとって諸刃の剣だ。病院で提供される高位回復薬や万能薬は、多くの者の命を救うだろう。しかし、薬の製法や設備の製造が極一部の人間しか知らない、出来ないのであれば、いずれそれは大きなリスクになって返って来る。その生活が続けば続くほど、依存すればするほど、それを支配する人間には逆らえなくなるからだ。


 医療に関しては、教会も似たように思えるが、同じ独占に見えて本質は全く違う。回復魔法は教会で修行すれば習得できるからだ。無論、神を信じる心がなければ誰でもというわけにはいかないが、教会は希望者には広く門戸を開いている。実際に冒険者や国の要職にあるものが、教会や修道院で修行し、回復魔法を習得するのは珍しいことではなかった。それに、教会の他にも薬草を扱う薬師もいる。回復薬などを扱う者達だ。これは教会とは関係が無く、医療に関しては教会の独占というわけではない。


『病院』といっても医師を派遣しているのではなく、単純に薬を提供しているだけならば、人は育たない。薬の製造方法を公開しているのなら話は別だが、そうではないのなら、善意だけで行っていないのは明らかだ。


 便利とはいえ、この世界の知識や技術体系からかけ離れたモノは、容易に生み出し、広めてはならない。作った本人が死んだり、放棄すれば途絶えるような技術は、一時的な利便さしか生まない。それどころか、下手をすれば文明の後退をも生み出しかねないのだ。現代地球において、医療や発電に関する知識や技術が一部の者に独占され、その者の死、もしくは個人的な事情によって、全て失われるようなものである。ある日突然、医療や電気を失った現代人がどうなるか? そんな事態になれば、以前の暮らしには戻れない。発電所の仕組みや建設方法をどれだけの人間がゼロから構築し、運用できるだろうか? 薬の製法が失われれば? 以前の生活に戻るまでに、多くの人間が死ぬだろう。便利だからといって、人の生き死に直結するようなインフラを一部の人間に独占されるのは非常に危険なことなのだ。


『電気』という概念の無いこの世界の住人に、その技術を引き継ぐことは困難だ。太陽光パネルのような、基礎技術の集積の末に実現された製品をこの世界の人間がゼロから創り出すことは不可能に近い。本田宗次は能力で簡単に生み出すことが出来るかもしれないが、この世界の人間が作れなければ普及させても意味は無いのだ。



 勇者達の狙いや考えは知らないが、善意であろうと、自分達が生きている間のことしか考えていないように、レイには思えた。


(民を支配する為にあえてやっているのか、それとも気づいていないのか。後者であればタチが悪いな。この国の人間がどうなろうと知った事じゃないが、無知の善意ほど胸糞悪いモノは無い。一時的なものならやらない方がマシなんだ。その後を考えない施しは、いずれ地獄を生むことをガキ共は分かっちゃいない……)


 紛争地域を渡り歩いてきたレイは常々そう思っていた。


 途上国の紛争や貧困が絶えない一因が、無知な善意によるものだ。


 貧しい国や途上国に良かれと思って便利な物や金だけ与えても、本当の意味での援助にはならない。それを生み出し、扱う基礎が無ければ人は堕落し、腐敗する。教養も無く、与えられることに慣れた社会の人間に、自立は難しいからだ。援助が止まり、モノが無くなれば、現地の者は新たにそれを生み出す知識や技術は無い。一度味わった便利さを再び取り戻す為に、多くの人間は暴力によって持てる者から奪うことを選ぶ。自分達で生み出す下地も無く、努力してそれを得ようとする間に死ぬからだ。


 善意で一時的に助かる者がいる一方で、支援物資や資金援助を巡り、現地で凄惨な争いが行われていることをレイは嫌という程見てきた。助けた人数以上の人間が、無知な善意が原因で死んでいるのだ。しかし、与えた者は与えたことに満足し、その後を見ようとしない。空腹の者にパンを与えたことで満足し、そのパンを巡って空腹者同士の争いが起きていることなど知ろうともしないのだ。



 勇者の提供する便利なインフラと無償の医療行為。一見、理想の国づくりと見えなくもないが、勇者が利権を独占せず、世代を超えても機能するシステムに構築できなければ、この国の人間は後に大量に死ぬことになる。


 この国の人間が勇者の作り出したモノを再現できなければ、そうなるだろう。


 しかし、レイの知る勇者達が利権を手放すとは思えない。


「今、魔導具や魔法に関する知識や技術を有する者が、一部の権力者だけだったとしたらどう思う? 例えば、一人の人間しか魔導具を作れないとしたら?」


 レイのその言葉を受け、この場にいる全員がその状況を想像する。


「その人間の気分次第で、殆どの人間は生活出来なくなっちゃうわね……というか、そいつが死んじゃったら終わりよ」


「「「あ……」」」


 インフラを支配するということはそういうことだ。はじめは無料というのがタチが悪い。当然、貧しい者からその施策に飛び付き、やがては社会全体に広まり依存していく。そうなれば、後は権力者の思うがままだ。この世界は民主主義ではない。君主制である以上、権力者の思惑に人々が抗う術は殆どないだろう。


「電気によって、村人の生活は便利になるが、その設備を失ったら、人は元の不便な生活には戻れない。引き換えに、重税や徴兵を課せられても受け入れざるを得なくなる。謀反を起こすという手もあるが、仮に成功しても、いずれ不便な生活に戻るのは変わらない。勇者達の能力で生み出したモノなら、本人達が寿命や病気で死ねば再現不可能なんだからな」


(インフラも問題だが、医療の方が深刻だ。医療費がタダなのは結構なことだが、それが個人の死や気分次第で突然無くなる。それまで依存していた期間が長ければ、その間に教会は無くなり、回復魔法や今までの回復薬の知識や技術は失われる。そうなれば、医療崩壊どころじゃない。その危険性をこの世界の多くの人間は気づけないだろうな……薬がどうやって作られてるのか知らんが、誰かの能力が不可欠なら詰みだ)


「もしかしたら、勇者の一部は悪意など無く、利用する気もないかもしれない。しかし、物事には段階ってもんがある。善意であってもやってはいけないことが世の中にはあるんだ」

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