第480話 オブライオン王国③
セルゲイは、連絡用に用いる
灰色鳥に関してはセルゲイがレイに提案したものだが、レイはその存在を知っていたものの、詳しくはなかったのでその提案を素直に受けた。
地球にも古くから『伝書鳩』という通信手段があった。しかし、現在では発達した交通や通信手段によりその役目を終えている。伝書鳩は軍事的にも利用されていたこともあり、知識だけはレイにもあった。
鳩は千キロメートルの距離を移動できるとされるが、伝書鳩を連絡手段として利用する場合には二百キロ以内の距離が一般的だ。それに、飼育されている鳩舎への移動になるので、やり取りにはそれぞれの鳩の鳩舎が必要になる。したがって、一羽を往復で使用することはできず、届け先を自由に設定することもできない。あくまでも巣への帰巣本能を利用したものに過ぎない。
この世界の灰色鳥が、どのように特定の人物や場所へ送っているのかは、以前からレイには不思議だった。
(覚えさせた魔力を辿るとか言って、セルゲイの鳥に魔力を流して覚えさせたが、この世界の動物特有の野生能力か……俺には無理だったが、一部の動物や魔物は魔力を識別できるとはな。人間にもそれが出来る特殊な奴がいるかもしれないが、機械や魔導具でも出来るかもしれない……)
漫画やアニメなどのように、特定の魔力を離れていても感知して識別できれば、様々なことが捗る。勇者側にそんな存在があれば脅威だ。しかし、地球に於いても他人の『気』など感知できない。『気』のように目に見えない魔力を人間が素の力で識別できるとはレイには到底思えなかった。
「まあ、どんな摩訶不思議があるか分からんからな。古代文明では実現できていたかもしれないし、一応、頭に入れておくか……」
女神の作った封印の『鍵』。それを探知する魔導具を勇者達が持っていた以上、特定個人の魔力を識別できるモノの存在は否定できない。古代人である九条彰と接触したことのあるレイは、自身の魔力を認知されているかもと考えるが、佐藤優子が『鍵』に釣られて囮である志摩恭子を襲ったことから、その可能性は低いと見ていた。
(楽観し過ぎかもしれないが、対策しようもないことについて気にしても仕方ない。あるかもしれない、そう思う事しかできないしな)
レイは、手に入れた薬を渡したいというセルゲイの伝言に対し、目的地の街の名前を紙に書いて灰色鳥に括り付けて解放すると、野営地に戻った。
…
夜。
夕食中、バッツがレイに話し掛けてきた。
「旦那、この国は妙です。これまでの三日間、あのデカい足跡以外に魔物の痕跡が一切ありませんでした。いくら魔素が薄い土地とはいえ、魔物が全くいないんてことは異常です。この森に関しては魔物だけじゃなく、他の小動物もいないんですよ?」
「確かにな。俺の探知魔法でも、以前はそこらに見かけた魔獣の反応を感じたことはなかった。ブランがいれば魔物は寄って来ないが、痕跡も無いのは変だ」
レイが地球から転生して、この世界に初めて降り立ったのはこの国だ。冒険者になり、森で鍛錬していた頃は、
「考えられるのは『勇者』が何かしたんだろう。奴らが国を本気で統治しようとするなら魔物の駆逐は当然考える事だろうからな」
「駆逐って……そんなことが?」
有史以来、この世界で魔物の駆逐は人類の大きな課題だった。しかし、魔素の濃い森は広大で、人より遥かに強大な魔物の存在とその膨大な数の前では、不可能と思えることであり、多くの為政者が諦めていることだ。
魔物の脅威により文明の歩みは遅く、地球のような発展速度は望めない。ドワーフ国『メルギド』にあったような
戦争と平和の期間を繰り返して発展してきた地球と違い、この世界では常に社会の危機に直面している状態が何百年も続いている。地球に比べて文明が遅れているのは魔法があるからだけではない。
「現実的には難しい。いくら『勇者』という強力な個の存在がいても、少数で広範囲の魔物を駆逐するなんて何十年かけても出来るか分からない。だが、
レイの脳裏に冒険者ギルド本部で見たグリフォンの姿が浮かぶ。魔の森でも遭遇した風の属性持ちの魔獣だが、それらを勇者達は複数使役していた。この国では見られない強力な魔獣をもってすれば、従来の魔物を駆逐することは十分に可能だと思われた。
「……でも、いくら『魔の森』の強力な魔獣でも、他の魔物を駆逐するなんて出来るのかしら?」
夕食を済ませ、紅茶を淹れているリディーナが話に加わる。
「ブランを見ろ。強力な魔物は魔素の低い土地ではその活動エネルギーを補う為に大量の食事が必要だ。魔の森の魔物をこっちに連れてくれば、おのずと周囲の魔獣を駆逐することになる」
「いくら食べてもすぐにお腹が空いちゃうものね。森の魔物を食いつくすこともあり得ないことじゃないかも……」
「か、仮に、旦那の言うとおりだとしても、そんな状態の国でまともに街が機能してるのはおかしくないですか? 国境の街では確かに治安は悪そうでしたが、そんなヤバイ魔獣がいるのにそれに備える様子はありませんでしたよ?」
「それらの魔獣が使役されているものだとこの国の人々に認知されていればおかしなことじゃないだろう? しかし、『
「「?」」
「他にも『魔物使い』の能力持ちがいて魔獣の使役を引き継いだか、新たに『魔物使い』の人間が現れたか……それとも、そのどちらでもない方法で魔物をコントロールしているかもしれない」
「「こんとろーる?」」
「操ってるって意味だ。『魔物使い』の存在は別にいい。魔物をけしかけられても、そいつを殺せば済む話だからな。だが、そうじゃない場合は厄介だ。次の目的地ではその辺りの情報も収集したいところだ」
(この国の魔物が全て俺達に向けられた場合、それを止める手段を知らないと拙い)
「次の目的地であるフォーレスの街で見つかるでしょうか?」
周囲の見回りから戻ったイヴがレイに尋ねる。これから向かう『フォーレス』は王都の手前にある都市だ。地図上にもこの街を過ぎれば街らしいものは王都までない。規模としては中規模の街だが、この国の情報を集める最後の場所になると思われる。
「さあな。どの道、次の街は『勇者』が完全支配しているはずだ。まずは王都に近い街を見てみないとな」
「シマキョウコ達はどうするの? 一応、こっちが先にいるんでしょう? 私達がこうしてる間に襲われちゃったら……」
「まともな考えなら、それは無い。少なくとも九条は動かないだろう」
「どうしてそう言えるの?」
「俺達の動きを掴んでいないという前提だが、志摩達と俺達が別行動というのは佐藤優子から漏れてると思っていい。王都から離れた場所で志摩を襲うのに、態々戦力を割いて、その隙を突かれるのは嫌がるだろう。普通に考えれば待ち構える方が効率的だ。佐藤を撃退してるんだから、次は単体では攻めてこない。それなりの戦力を用意するはずだから、分散はしない……普通はな」
勇者達が普通ではないことは皆知っている。レイが言っているのは一般的な戦術の話であって、そのような概念が無い高校生ならどんな行動をするか分からない。現に、予想に反して佐藤優子は単独で志摩を強襲している。レイの読みはただの一般論だ。
「普通はって、あいつらはそうじゃないじゃない」
「そうだな。まあ、襲われても別に構わない。理想は志摩達を襲ってる勇者共の背後を突くことだが、情報が取れればそれはそれで囮の役割になるからな」
(((ヒ、ヒドイ……)))
バッツ達は淡々と話すレイの言葉に顔を引き攣らせる。
「そ、そういえば、街で情報収集ってことですが、その……」
「ん? なんだ? お前達にそこまで頼むつもりは無いぞ?(手伝いはしてもらうけど)」
「え? 最後の方が聞き取れなかったんですが……」
「なんでもない。で、何かあるのか?」
「いや、その……旦那達は目立つというか、変装程度じゃ隠せないというか……相手に見つからないように情報をどうやって集めるのかな~ と思いまして……国境では杜撰な検問で姐さん達は見られてませんが、旦那や姐さん達が街を歩けば嫌でも注目されますよ? 宿に宿泊しただけでも噂になると思うんですが……」
レイ達はその存在自体が目立つ。外套の認識阻害や光学迷彩での行動にも制限があり、敵地ともいえる街に入っただけでも噂になるだろう。滞在するとなれば尚更だ。
バッツが気にしているのは、レイ達の代わりに情報収集に動くことは構わないが、相手が『勇者』という自分達には対処不能の存在だった。神聖国で勇者の一人を追跡していたバッツは、逆に返り討ちの目に遭っている。自分達が動いて失敗し、レイ達に迷惑をかけることを懸念しているのだ。
特注の外套を羽織れば、認識阻害の効果で顔立ちは目立たなくなるが、質の良い衣服は人の目に付く。更に、この国の文化は遅れているので、他国でも一目で高級品と分かる服は非常に目立つだろう。服装を変えれば認識阻害も使えない。偽装魔法はリディーナしか使えず、レイやイヴの顔までは誤魔化せない。おまけにブランの存在はどうしても隠せない。
「偽装の魔法や魔導具にはそれを看破するモノもあるからな。だが、一応考えてある。あんまりやりたくはない方法だがな」
レイは、街に目立たず入る方法と、その後の計画を話しはじめた。
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