第474話 調査
クラークの馬屋にて、何事も無く馬と馬車の手配ができたジーク達は、ガーラ達が宿泊する宿に向かっていた。
その道中、王都方面の治安について住民に聞いて回るも、特に危険だという話は無かった。だが、この街には冒険者ギルドも無く、街間を行き来するような者からは話が聞けなかったので、住民の情報だけではアテにできない。街から一歩も出ない者が、外の情報を正確に把握できるものでもないからだ。
「期待はしてなかったけど、大した情報は無いわねー」
「仕方ない。何かあれば運が良いぐらいにしか思ってないしな。しかし、王都に行った者が帰って来ないってのは気になる情報だな」
ジークはエミューに先程聞いた話を振る。
「麦が売れないから商人が来ないっていうのは分かるけど、帰って来ないのは商人だけじゃないって話? でも、そんな気になる事? 別に都会に行って帰って来ないなんて珍しい話じゃないんじゃない?」
「エミューちゃ~ん、人が街の外に出て戻らないって、可能性としては何があると思う?」
「何って……魔物に襲われたとか? でも、この国ってそんなに魔物は出ないし、出ても大した魔物はいないんでしょ?」
「大したことないってのは人によるだろう? 女子供にとっては
「本部に襲撃してきたような、武装した豚鬼?」
「そう。あれが、この国から出現してるって話があるんだよ」
「え? じゃあ、本部を襲撃したあの大軍って――」
「ここ、オブライオン王国で『勇者』に作られたってのがグランドマスターの見立てだ。そんなことが可能なのか、出来たとしても、どんな方法でそんなことしてんのか、想像するだけでゾッとするけどな。……何が言いたいかというと、魔導列車で襲われた『勇者』みたいなバケモン以外にも、警戒しなきゃならない存在がこの国にはいるってことだ」
「あんな豚鬼がこの国にはウヨウヨいるってこと? っていうか、そもそも、なんで護衛依頼の継続を受けたわけ?」
「いるかもしれないし、いないかもしれない。まあ、単独行動は止めとけってことだ。それに、依頼を受けたのは何と言っても……」
「何と言っても?」
「金だよ金! なんせ一人、金貨一千枚だよ? 冒険者なら当然受けるっしょ! それだけ稼ぐのに何年働けばいいのって額よ? 十年は遊んで暮らせるし、引退してもいいぐらいだ。エミューちゃんも、それだけあれば男をはべらせて優雅に暮らすこともできちゃうんだよ?」
「このクズ! 誰がはべらすか!」
「ま、そういう訳で、俺はちょっと寄り道してくるからエミューは皆と先に宿に行ってるように」
「どういう訳だ! てか、どこ行く気だ? 護衛任務中だって分かってんでしょーね? 単独行動は止めとけってオメーが言ったんだろ!」
「俺はリーダーだし、特別だからいいのだ。これから長旅が続くんだから、大人の男には英気ってモンを養っとく必要があんだよ~ 一人じゃなきゃダメなの。わかる?」
「死ね!」
ジークは、手をヒラヒラさせ、自分勝手に路地に消えてしまった。
「おーいっ!」
「「「放っとけ! エミュー!」」」
エミューには娼館に行くと思わせて、ジークはこの街、というより、この国の教会の状況を確認しに行った。ダニエ枢機卿からは、この国の暗部からの報告は聖女暗殺以降から途絶えており、オブライオン王国の教会や聖職者は信用するなと言われている。だが、不確定な情報の為、自分の目で確かめる必要があったのだ。
(あの
孤児の中から素養のある者を選抜し、幼少期から思想教育を施される異端審問官が洗脳されるなど余程のことだ。ただし、神聖国でダニエから直接選抜された者と、地方で育てられた者では練度や思想が異なる。神聖国のダニエ枢機卿直属の異端審問官と、他国で選抜、教育された者では天と地ほどの差があるのだ。
ダニエ枢機卿は、女神アリアを信奉してはいても、アリア教会の教えには盲信していない。神は絶対だが、人はそうではない。女神アリアの言葉を捻じ曲げ、自分達の都合の良い解釈を教会が行ってきた歴史を知るダニエは、女神の言葉と、教会の教えを分けて考えていた。それでも教会の教えを正そうとはしなかったのは、人々に浸透させるには、ある程度の歪曲や、人間に都合のよい解釈も致し方ない現実も理解しているからだ。仮に、神の言葉をそのまま伝えても、多くの人間には理解されず、大陸唯一の宗教として広めることはできなかっただろう。
それと同じ考え、神の絶対性と人の愚かさ、人の世の現実を、理解できる者をダニエは見極め、教育を施して直属の異端審問官として任命していた。ジークなど、他国へ潜入して活動する者などの殆どは、ダニエの息がかかっている。
逆に、神聖国以外で育てられた異端審問官、ダニエの選抜に漏れた者は、教会の教えが絶対とした教育が施され、命令どおりに任務を遂行する者でしかなかった。それは、何が正しく、何が間違っているのか、自分で考えることを放棄した者でもある。
そのような者なら、教会の教えや、女神アリアに勝るような刺激で思考が上書きされる可能性はあるかもしれない。
それがどんなモノであるのか、この国で何が行われているのかを、ジークは確かめねばならなかった。
(末端の異端審問官とはいえ、幼少期から叩きこまれた教会の教えを捨てさせたモノはなんだ? ……そんなモノがあるとは思えんが……やはり物理的に洗脳されたとみるべきか。しかし、それが可能だとすると油断はできんな)
異端審問官は、万一の事態には自害することが求められる。異端者に捕縛され、利用されて教会の不利益にならない為だ。望む望まないに関わらず、教会を裏切る行為をした場合、その者にとって、後に生きる場所は無い。そのような背景を持つ人間にしか、自害を強制させることは難しく、異端審問官が例外なく幼い孤児から選ばれる理由の一つでもある。
カーベルの異端審問官、ミリアが洗脳されたとするなら、自害する間もなく思考を支配されたということである。
ジークはいつも以上に警戒し、クラークの教会へ向かった。
…
しかし、この街に教会は存在しなかった。訪れた教会は焼失しており、焼け焦げた残骸があるだけだった。煤だらけの門にはアリア教の紋章があるので、ここが教会なのは間違いなかった。石造りの建物がここまで跡形もないのは、不注意による失火が原因ではなく、何者かに火を放たれ、打ち壊された可能性が高い。
(教会が放火? 襲撃されたのか?)
「おい、ここの教会はどうなったんだ? 司祭は?」
ジークは近くにいた通行人を呼び止め、教会について尋ねた。
「は? アンタ、他所の人間か? あー わかった、カーベルから来たんだな。この国に教会なんざ、もうねーぜ? 司祭は王都に連行されて帰ってきちゃいねーよ。まあ、戻ってきても、もう必要されてねーけどな。アンタ、治療が必要なら『病院』に行きな」
「ビョウイン?」
「驚くぜ~? 教会と違って、なんでも治してくれんだからよ。しかもタダだ。いや、タダなのはこの国の人間だけだったか? ……まあ、それでも悪いようにはされないはずだぜ?」
「なんでも治すだと?」
「ああ。アンタもカオリ様やユウキ様に感謝するだろーよ」
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