第475話 病院

(ビョウイン……それに、カオリ様とユウキ様? 使徒様から頂いた勇者の名簿にあったアカギカオリとタカツキユウキのことか。王都から離れたこんな辺境の街まで影響力があるってことは、国王並の力を有しているのか? いや、ビョウインとかいうもので、教会を排除してるならそれ以上だ……)


 最悪の事態を想定するなら、護衛計画の見直しは勿論、中止も視野に入れなければならないだろう。入国の際は問題無かったが、志摩恭子が手配されていれば、王都に辿り着くことさえ困難になる。


 その確認の為にも、早急に情報を集めなければならなくなった。


 ジークは通行人から『病院』の場所を聞き、そこへ向う。


(この街ではまだ手配は回っていない。まずは『ビョウイン』とやらに行って、教会を排除できた手段を調べんとな……)


 …


 その建物には、白地に赤い十字の印の入った看板が掲げられていた。今までジークが見たことも無い紋章だ。


「さて、と」


 得体の知れない場所に、何の情報も無く日中にいきなり訪ねるような真似はしない。しばらく路地の陰に隠れ、外から建物を観察することにするジーク。



 数時間で数人の住人が『病院』に訪れたが、いずれもすぐに建物から出てきた。皆、具合の悪そうな者達だったが、建物から出てきた際には回復していた。治療が回復魔法によるものだとしたら、異常な早さだ。


「なんでも治してくれる……か」


 聖職者による回復魔法は万能ではない。切り傷や擦り傷、火傷などの外傷治癒が殆どで、魔法の行使者によって治療できる程度にも差がある。複雑な骨折や内臓の損傷まで出来る者は稀で、病気や欠損を治せる者は存在しない。


 志摩恭子のような、特殊な能力を持つ人間はそれを可能にする。しかし、王都などの主要都市ならともかく、このような辺境において、そんな貴重な人材が治療にあたっているなど、ジークは信じられなかった。


(なんでも治すって言ってたが、ただでさえ回復魔法の習得は容易じゃないんだ。そんな貴重な人材をこんな田舎町まで派遣できるとは思えんが……)



「おい、にーちゃん」


 ジークの背後から近づいてくる男達。無論、その存在はジークも承知していた。気付いていながら放置していたのだ。


「ここらじゃ、見ねぇ顔だな」

「それに、結構イイモン着てんじゃねーか」

「カーベルから来た他所モンだな」

「商人には見えね―から冒険者か? にしちゃあ、随分羽振りが良さそうだぜ?」


 ガラの悪い四人の男が路地裏の奥から現れ、ジークを囲む。四人共、日に焼けて体格が良い。漁師なのかもしれないが、ジークに絡んできた目的は金銭のようだ。


「高等級の冒険者を見たことねーのか? 相当、田舎なんだな~ 身なりが良いのはそこらの冒険者とは稼ぎが違うってことなんだが、意味分かるか? 怪我する前に帰んな」


 ジークは屈強な四人の男に囲まれても余裕の表情を崩さず、遠回しに絡む相手が悪いぞと暗に伝え、手を振って去れと促す。しかし、そんな態度は、男達の癇に触れるだろうと承知の上だ。


「舐めやがって。テメー、状況分かってんか? さっさと有り金全部出して、身ぐるみ置いてけや」


「おー 怖い怖い……だが、一応、警告はしたぞ? お前等の臭い息が服にうつるから、さっさと消えてくれ」


「どうやら痛い目にあいてーみてぇだな……」


 リーダー格の男がそう言うと、男達が四方からジークに襲いかかった。その動きから普段から襲い慣れているのが分かる。


 ジークは瞬時に身体強化を施し、背後から羽交い絞めにしようと近づく男を振り返りもせずに裏拳で顔を潰す。男の鼻が潰れ、拳がめり込んで顔面が陥没する。その直後には正面のリーダーの男の腹に前蹴りを入れており、蹴りを食らった男は口から血と胃の内容物を吐いてその場に崩れ落ちた。


 一瞬で前後の男達を倒したジークに、左右にいた男二人は、その動きが止まった。一人は硬直し、もう一人は腰から短剣を抜いて襲い掛かる。


「てめーっ!」


「そりゃ、悪い判断だ」


 ジークは短剣を抜いた男に向かって、腰の長剣を目にも止まらぬ動きで引き抜き、そのまま斬り付けた。男は短剣をジークに振るう間もなく斜めに両断され、血と臓腑が路地の床に零れ落ちた。


「ひいっ!」


 瞬く間に三人のチンピラを殺したジーク。


(なんて斬れ味だ……まるで人間が紙のように抵抗がなかった。これが、勇者の聖剣を模した『エクスカリバー』か……全く、とんでもないモンを頂いちまったぜ)


 A等級冒険者が身体強化を施せば、ただのチンピラなど赤子同然だ。その上、ジークは異端審問官として幼少より厳しい訓練を施されており、並みのA等級ではない。その力で人を殴れば顔は陥没し、蹴りは内臓を容易に破壊する。高位の冒険者は、人の力では抗えないような強靭な魔物と普段から相対しているのだ。そんな者を相手にするには、最低でも身体強化を施さねば話にならない。それに、ゴルブが過去の勇者の『聖剣』を目指して作った剣は、既存の剣とは一線を画していた。


「おい、お前」


「はひぃ! わ、悪かった! 勘弁してくれっ! い、命だけは――」


「ああ、お前は殺しはしないぜ? だが、怪我はしてもらう。それで『ビョウイン』とやらに行くといい」


「え?」


 ボギッ


「あんぎゃあああああああ」


 ジークは男の腕を掴み、腕を掴んだ反対の手を相手の肘にあて、てこの原理を使って素早くへし折った。男の肘は逆向きに折れ曲がり、裂けた肘裏から骨が飛び出て血が噴き出した。


「ったく、ギャーギャー叫ぶな。人が来るだろ?」


「はごっ」


 倒れた者の衣服を剥ぎ取り、叫ぶ男の口に無理矢理詰め込んで黙らせたジークは、男の耳元で囁く。


「ほら、行けよ。ビョウインってとこは、タダでなんでも治してくれるんだろ?」


 男は折られた肘を押さえ、泣きべそをかきながら病院の建物に走った。何故自分を生かして帰すのか、病院に行けといった思惑も何もわからぬまま、男は必死の形相で全速で走る。


 本来なら、ジークは目撃者を生かしておくことはしない。腕を折った男が病院に行ってどうなるかを確認した後、衛兵に通報される前に始末するつもりだ。殺した三人の死体が騒ぎになっても、男を始末すればジークが辿られることはない。


 この世界の犯罪証明は、証言と物証が全てなのは地球と変わらない。しかし、科学的で公平な捜査が行われる訳でもなく、決めつけや言いがかりによる冤罪が後を絶たなかった。誰が見ても分かるような証拠や証言が残されていなければ、死体が出たところで、真犯人が捕まることは殆ど無いのだ。


 ジークは死体をその場に放置し、病院の裏手へ回った。


 …


「はぁ はぁ はぁ ……た、助けてくれっ!」


 ジークに腕を折られた男が病院に駆け込む。


「はーい、どうしました~?」


 白衣を着た中年の女が男を出迎える。


「どうしましたじゃねーよっ! 見てわかんねーのかよ!」


 病院に入って安堵したのか、強気な発言で女に怒鳴る男。院内には女の他に人はおらず、警備の者がいる気配もない。にもかかわらず、男が安堵した理由は不可解だ。


「あらー これは酷いですねー じゃあ、そこに座ってください。それと住民票はお持ちですか?」


「あ、ある! あるから早く……」


「なら、お薬出しときますねー でも、その怪我では一本じゃ無理ですね。また日を置いて来てください」


 白衣の女は、奥の部屋から小瓶を持ってきて、男に渡した。


「薬はこの場で飲んでくださいね。あと、カオリ様とユウキ様に感謝の言葉を」


「わ、わかった! つーか、まとめて貰えねーのかよ?」


「規則ですから。……それともなにか不満が?」


「い、いや、な、なんでもねー 従うよ……」


 態度を一転した女の冷たい視線に圧され、男は、二人の勇者の名と感謝の言葉を口にしながら、急いで小瓶を飲み干した。


 すると、みるみる裂けた肘の傷が塞がり、折れ曲がった関節が元に戻っていった。


「うっ」


「骨が完全に折れてましたからねー もう動かせるみたいですが、痛みもまだあるようですし、完治するまではまだかかると思います。その薬は一度に一本しか飲めないので、二、三日後にまた来てくださいね」


「わ、わかった」


「その怪我は今までの教会の治療では治すことはできませんでしたよ? それを無料で治療できたんです。……先程の態度はカオリ様とユウキ様への感謝が足りないと思うのですが、本当に感謝しているのですか? まあ、住民権を失いたいのなら構いませんが……」


「か、感謝しています! カオリ様万歳っ! ユウキ様万歳っ! ど、どうかお許しを!」


「わかればいいのです。では、またの来院をお待ちしてます」


 男は白衣の女に頭を下げながら、部屋を出て行った。男にとって、無料で重傷を治療してくれる権利を剥奪されることは避けたかった。治療だけではない。この国の住民には『公共サービス』と言う名の、他の恩恵にも与れた。しかし、それらのサービスに従事する者に逆らったり、勇者達を批判すれば、それを受ける資格は無くなる。そうなればこの国では生きて行けなくなるのだ。


 病院に入り、男が安堵したのは、男の腕を折った男が病院にまで追って来ることは無いはずと思ったからだ。しかし、それを知っている者はこの国に住む者だけだ。ジークがこの国の人間では無いと知っていたにも関わらず、それを失念していたのは恐怖と痛みによるものだった。


 痛みが緩和され、我に返った男はそのことを思い出し、今更ながら顔が青ざめた。男は、周囲を必要以上に警戒し、襲われた男を通報するべく、足早に衛兵の詰所へ向かった。


 ……その男、ジークが追跡していることにも気づかすに。


 …

 ……

 ………


「どうしました~?」


「腹が痛くてのぅ……」


「腹痛ですか~? なら、お薬だしますね。でも、その前にお爺ちゃんの住民票の確認だけさせてくださいね~」


 腕を折られた男が去った後、今度はくたびれた老人が腹を押さえて病院に訪れていた。


「薬~?」


「あら、この国の住人じゃないのかしら? でしたら、申し訳ないけど、治療には金貨十枚頂くことになってるの。……払えるかしら?」


「随分、高額じゃの~」


「そうでしょうか? あらゆる病気や怪我が治るんですよ? ご不満なら、この国の住民になるか、他の国の教会にでも行ってください。まあ、教会じゃ病気までは治せないでしょうけどね」


「いやいや、不満など……この痛みをなんとかしてくれれば金などいくらでも払いますです。是非とも治療をお願いします」


 老人は見た目に反して、懐から革袋を取り出し、金貨を十枚取り出した。そのあまりの違和感に、白衣の女は訝し気な目を老人に向ける。


「……まあ、いいでしょう。では、これを飲んでください」


 白衣の女は先程とは違う色の小瓶を持ってきて、老人に渡した。


「……」


「どうしたのですか? この場で飲んでください」


「ふむ。回復薬ポーションとは違うようだな。回復魔法であればオカシイと思っていたが、薬だったか。ワシにはどんな薬か判断できんが、証拠として持ち帰ればあの御方もお喜びになるだろう」


「な、なにを言って……」


「お前には聞きたいことが山ほどある」


「だ、誰か――」


 ―『水牢』―


 くたびれた老人の正体はセルゲイだった。短縮した詠唱による水魔法を放ち、女を一瞬で閉じ込める。水から抜け出せず、苦しみもがく女を前に、セルゲイが偽装魔法を解いて一言呟いた。



「これより、異端審問をはじめる」

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