第471話 オブライオンへ①
「く……」
「言わんこっちゃない。だから手を出すなと言ったさね。ほら、腕を出しな」
「……くそっ」
「酷い火傷だ。それにひび割れのような傷痕……こりゃ『雷属性』だね。今じゃ使い手はいないはず……相手はやはり異世界人か。よく生きて帰ってこれたもんだ」
「人じゃない」
「んー?」
「やられた相手は、人じゃない!
「それは傑作だ。飼い主は初心な乙女か、女を知らない童心の持ち主かい? フエーッ フェッ フェッ」
「笑ってる場合かっ! 冗談なんかじゃないぞ? あれは普通じゃない。一角獣があんな凶暴な魔獣なんて知らなかった……」
「本来、一角獣は人に懐くことは無いさね。おまけに特殊な性癖で滅多なことでは人前に姿を現さない。そんな一角獣がいるなら是非、この目で見てみたいもんだねぇ~ ほら、この薬を塗ってしばらくおとなしくしてな」
「ちっ!」
(クソババア、信じてねーな?)
S等級冒険者『処刑人』のガーラは、腕に傷を負って高級宿まで戻って来た。ゴルブの後を追い、レイの滞在する屋敷に向かうも、ブランに阻まれ侵入は失敗。周囲一帯を雷で掃討するような常軌を逸した攻撃を受けて、止む無く撤退したのだった。
老婆のバヴィエッダは魔法の鞄から傷薬を取り出し、甲斐甲斐しくガーラの腕に薬を塗りながら、ガーラを諭す。
「手傷を負うなんて何年ぶりだい? いらんことするのは止めときな」
「ババアは気にならないのか? あのトリスタンがビビるような存在がこの街にいるんだぞ? それに――」
「ベリウスの仇でも取りたいのかい?」
「バカ言うな。ベリウスなんてどうでもいい。あいつを殺して、『勇者』の情報を残してたってことは、警告ってことだろ? ……オレ達を舐めてるのが気に入らないだけだ」
「今世に三十二人もの『勇者』が召喚されたってのは驚きだけど、その半数近くが既に死んでることにも驚きだねぇ」
「急になんだ? 何が言いたい?」
「『勇者』を殺せる相手。そんな恐ろしい存在とは関わりたくないってことさね。下手に首をツッコめばベリウスのようになる。あの苦悶の表情を見たかい? あれがあんな顔して死ぬなんざ、普通の死に方じゃない。余程、恐ろしい目に遭ったんだろうねぇ。アタシゃ、あんな死に方はゴメンだよ~」
「ババアの癖に何言ってんだ」
「老い先短い年寄だからこそ、死に方には拘りたいもんさね。囮になるのはいいが、苦しい思いはしたくないねぇ」
「囮? 何のことだ?」
「なんだい、ガーラ。分かってなかったのかい? まだまだ未熟だねぇ~ 相手が『勇者』を殺す為にきた異世界人なら、今回の依頼は絶好の囮さ。アタシならシマキョウコを囮に、接触してきた『勇者』を後ろから刺すさね。まあ、出来ればの話だけどね」
「じゃあ、なんで態々、名簿なんて置いていったんだ?」
「簡単にアタシらが殺されないようにってとこだろうねぇ~ A等級どもが殺られたように、あっさり死んじまったら囮にならないからね。まあ、あわよくば『勇者』を殺してくれれば手間が省けるとも思ってるかもしれないねぇ。どちらにせよ、親切心なんかじゃないってことさ」
「くそっ! やっぱり、舐めてるじゃないか!」
「止しな。相手は十数人の『勇者』を殺してる存在なんだ。あのトリスタンが恐れるほどのバケモノさね。魔王様ほどじゃないだろうが、アタシらが敵う相手じゃない。関わるんじゃないよ?」
「じゃあ、どうしろって言うんだ! このまま黙ってろってのか?」
「今は依頼のことだけ考えな。シマキョウコをオブライオンの王都まで連れて行き、用事が済んだら冒険者ギルド本部に無事帰す。ガーラが生きてさえいれば達成できる。アタシより先に死ぬんじゃないよ?」
「ふん」
「ガーラがいない間に、少し先を視たけど、護衛のA等級は半分になってた。脅威は『勇者』だけじゃない。気を引き締めな」
「……」
…
……
………
三日後。
ジーク達、既存の護衛達は休養と旅の準備を終え、冒険者ギルドのカーベル支部に集まっていた。護衛対象の志摩恭子とアイシャ、合流するS等級のガーラとバヴィエッダの姿もある。
そこへ、トリスタンとゴルブが現れた。その後ろには身を小さくしたアイザックとターナーもいる。
ここよりオブライオン王国へは船を使って川を渡り、現地で馬と馬車を調達して王都へ向かう予定だ。現在、カーベルでは魔導列車の運休により馬や馬車が不足しており、橋を利用した陸路は使えなかった。今回、その各種手配をカーベル支部のギルドマスターであるアイザックと秘書のターナーが直接行っていた。
「じゃあ、くれぐれも気を付けて。オブライオン王国の情報はあまりに少ない。向こうを訪れたことのある人間が、何故か全て姿を消してこの街にはいなかった。その原因はこちらで調査するとして……あちらでは何が起こるか分からない。無用な戦闘は避けてくれ」
トリスタンが出発前の護衛達に説明する。
オブライオン王国と取引のあった商人や冒険者達、王国の情報を持つ者達は、軒並みレイとセルゲイに始末されている。中でもこの街の議員の一人が姿を消したことはちょっとした騒ぎになっていたが、死体は残らず灰になっており、目撃者もいない。
川の対岸にある国に関して、ギルドは殆ど情報が無い状況だった。
「確認なんですけど、オブライオンの冒険者ギルド支部は利用できないってことでいいんですよね?」
ジークはトリスタンに確認する。
「定期便も途絶えて久しい。向こうからの冒険者の情報も無いからアテにはできないだろうね。それに『勇者』達の一部は、現地で不正に冒険者の等級を取得した疑惑がある。残念だが、なるべく利用しないに越したことは無い」
「ギルドの口座は利用できないってことか……」
「資金は多めに用意してあるから足りなくなるとは思えないが、万一、追加で費用が発生した場合は、後日、本部に請求してくれ。全額、経費として認めるよ」
「荷物に現金は入ってなかったと思いますが?」
「ジークと言ったかい色男? アタシが持ってるから心配はいらないよ。なんならお前さんの荷物も持ってあげようかい? フエーッ フェッ フェッ」
「そ、それには及びませんよ、バヴィエッダさん」
「ほんと、イイ男だねぇ~ ただ……」
「ただ?」
「いや、なんでもないさね。お互い無事に帰って来れるといいねぇ~」
「……」
「港に船を用意してますので案内します」
アイザックはそう説明し、一同を先導して港へ向かった。
…
港で用意されていたのは、中型の客船だった。志摩恭子とアイシャの他に、護衛はS等級『処刑人』の二人、A等級『クルセイダー』の五人、『ドラッケン』のゲイル、それとB等級冒険者のオリビアの計十一人。客船は三十席ほどの座席があり、席は十分にあった。
客船は船員たちにより、出航準備が進められている。
「対岸の街まで半日ほどです。今から出発すれば日暮れ前には向こうに到着できるでしょう。それでは皆様、お気を付けて」
「何言ってる? お前も来るんだよ」
「へ? ガ、ガーラ殿、何故……?」
「土地勘のある奴がいない。馬と馬車、それと今夜の宿の手配までお前がやるんだよ。第一、この街で馬を用意してればこんな面倒しなくて済んだんだ。わかったな」
「そうそう、それに、さっきグランドマスターも言ってたっしょ? オブライオンの情報を持つ者が全員姿を消したって。悪いけど、この船が安全とは限らないんだよね。一応、船も点検はさせてもらうが、船員も信用してない。川のど真ん中で沈むのは勘弁だ」
「わ、私を疑っているのですか?」
「いやいや、ただの用心さ。あんたが一緒に乗ることで、多少は安心できるかなってとこだよ。……それとも、俺達と一緒に乗れない事情でも?」
「いえ、ご一緒させて頂きます(うそーん)」
「全員、乗りやしたか? 出航しやすぜ?」
「あ、ああ、宜しく頼む」
項垂れて乗り込んだアイザックに、船長が声を掛ける。その後ろでは桟橋に繋いだロープを手繰り寄せる船員に扮したセルゲイの姿があった。
(このセルゲイ。必ずお役目を果たして見せますぞ!)
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