第470話 依頼達成?
「丁度良かったわ~ ありがとね」
カーベル郊外の屋敷。リビングのテーブルには一振りの細剣が置かれていた。以前、リディーナの所有していた
リディーナの目の前には、それを運んできたラルフと『ホークアイ』の面々が、恐縮しながらソファに身を沈ませていた。
その隣ではゴルブが細剣を手に取り、鞘から引き抜いた刀身を見て難しい顔になった。
「こりゃあ、
「姐さんから言われたとおり、魔力の通しやすさ重視と、メルギドの代表、ニコラ・ソド・メルギド様へ伝えたんですが……それ、ホントに純魔銀なんですか?」
魔銀は属性を問わず魔力の伝達性が非常に高い。純度が高ければ高い程、その伝達性も高くなるが、反対に硬度は下がり、武具としては鉄にも劣る代物になってしまう。これは冒険者だけでなく、戦闘に携わる者なら周知の事実であり、ラルフ達が疑問に思うのも当然だった。
「ああ、間違いなく魔銀の純度は百%だ。装飾品としてならともかく、こいつで剣を、しかも細剣を作るなんざ、普通の鍛冶師ならまず断る案件だな」
「いいのよ。これは魔力を流す前提で使うつもりだから素のままで使うつもりはないわ」
以前に溶断された魔銀製の細剣も、もっと魔力を込めていれば防げたかもしれない。あれからリディーナはずっとそう思っていた。全ては自分が未熟故。咄嗟の事態に慌てて魔力配分を間違え、剣を折られたあげくに、レイに怪我を負わせたことを後悔していたのだ。
リディーナはゴルブから細剣を受け取ると、魔力を流して具合を確かめる。
徐々に流す魔力量を増やしていくと、刀身が仄かに光を帯び始めた。
「うん。いいわね」
「お前ぇ、どんだけの魔力を流してんだ……魔力だけで魔銀の刃が反応するなんて相当だぞ?」
「あら、まだまだいけるけど? でも、身体強化も同時に調整しなきゃいけないから、今はまだ実戦で全力は出せないわね。これからちょこちょこ練習しなきゃだわ」
魔術師に関わらず、魔力の使用者は、同時に二種類以上の魔力を行使することは非常に困難とされる。身体強化を施しながら、魔法を放てる者は殆どいないということだ。身体強化を施せる魔術師であっても、魔法を放つ際には無防備になる。これは、魔力をコントロールするにはイメージ力と集中が必要な為で、普通の者は同時に二つのことをイメージすることが難しいからだ。
しかし、身体強化や魔法の行使を、体を動かすように自然と発現できるようになれれば不可能ではない。訓練により魔法を無詠唱で行使できるようになったり、身体強化を段階的にコントロールする術を身に着けた後に、意識せずとも力を入れたい部分に自然と強化を施せるようになれれば、身体強化を行いながら魔法の行使や武具に魔力を流せるようになれるのだ。
無論、常人であればそれができるようになるまで長い年月が必要になる。リディーナやイヴには、元々の高い戦闘能力や実戦経験、魔法に対する素養があったからこそ、僅か数か月という短期間で習得できたことと言えるだろう。
「まったく、とんでもねぇ娘だ。お前さんならそのうち、魔法を武具化できそうだな……」
「「「魔法を武具化?」」」
「なんだ、知らんのか? 属性魔法を武器や鎧に具現化することだ。お前さんの伯父、トリスタンのように光属性で剣を作るみたいなことだ。ワシも詳しいやり方は知らんが、それができれば既存の武具より遥かに強力な武具が自由に出し入れできるようになる……『勇者』の『聖剣』のようにな。まあ、体現できた者は殆どおらんが」
(((そんな話、はじめて聞いたぞ……)))
「それ、どうやるの? 教えて!」
「だから、知らんと言っただろ! 知りたきゃトリスタンに聞け」
「それはなんかイヤ」
「なら、自分で考えるんだな。ワシは知らん。だが、一つだけ言えるのは、魔法を具現化するには膨大な魔力が必要になるってことだ。考えたら分かるが魔法を維持するってことは出しっぱなしってことだから当然だわな。並の者じゃ、具現化できてもすぐに魔力が枯渇して戦闘どころじゃない。苦労して発現できても一瞬しかもたないという者もいる。習得はある意味、賭けみたいなもんだぞ?」
「ふーん。まあでも、いい事聞いたわ。お爺ちゃん、ありがと」
「そう言えば、イヴはどうした? 小太刀の調整が必要なら言えと言ってあったんだが……」
「イヴならレイと森に行ってるわよ?」
「そうか……なら、ワシはあと三日はこの街にいるからその間に何かあれば遠慮なく言えと伝えてくれるか?」
「わかったわ、伝えとく」
「「「では、俺達もそろそろお暇します……」」」
「帰る? なら、配達の報酬を渡しちゃうわね」
「「「えっ!」」」
正直、ラルフはリディーナから報酬を貰えると思っていなかった。第一、報酬額の提示も無く、「お願いね」の一言で受けてしまったのだ。迂闊といえばそれまでだが、リディーナの美しさと強さの前では誰でもそうなるだろう。
「今はちょっとギルドに行けないから現金になっちゃうけど、ごめんなさいね」
そう言って、リディーナは魔法の鞄から革袋を取り出し、テーブルに置いた。袋の膨らみから相当の量が入っていそうだが、中身が金貨なら数百枚はありそうだ。
「一応、金貨四百枚あるけど、これで足りるかしら?」
「「「じゅ、十分です! ありがとうございます!」」」
思わぬ収入と、ようやく仕事が終わったとの安堵から、ラルフ達から笑顔がこぼれる。此度の依頼は剣の発注と配達という単純なものではあったが、相手は『S等級』冒険者とドワーフ国『メルギド』の代表だ。今まで受けてきたどんな依頼より、重圧を感じた仕事だった。それだけに依頼達成の感慨深さは大きかった。
(((やっと、終わった……)))
(マネーベルに帰ったらしばらくゆっくりしよう)
(俺はこの戦槌をなんとかしなきゃ……)
(家を買ってのんびりするのもいいな~)
(俺は帰ったら結婚、いや、まずは彼女を作ろう!)
リディーナから報酬を受け取り、各々、思い思いに席を立ったラルフ達。
しかし、彼らの笑顔は長く続かなかった。
「あ、そういえば、レイがアナタ達に用があるって言ってたわよ?」
「「「へ?」」」
(((よ、よ、よ、用? 用ってなんだ? それに、なんで俺達がこの街にいるって旦那が知ってんのぉ?)))
「後で宿に顔を出すって言ってたわ」
(((なんでぇ~? なんで宿までぇぇぇ?)))
…
リディーナがラルフ達に報酬を渡していた頃、屋敷の門の前ではブランがじっと森を見つめていた。
『何か用っすか?』
森に向かってブランは話し掛けるが、そこには誰の姿も見えない。
スンスンッ
ブランは鼻を鳴らしながら、門を出て森に入る。
匂いは瞬時に場所が変わり、その度にブランはその方向に視線を向けた。
(この馬、さっき喋っ…… いや、それよりオレの居場所が分かるだと?)
『敵っすか?』
「……」
『敵なら、アニキに殺していいって言われてるっす』
(なっ!)
―『雷撃』―
ブランの一本角から眩い光が放たれる。
光速の電撃が木々の影に直撃するも、そこには誰もいない。
スンスン
『今度はこっちっすか?』
―『雷撃』―
先程とは別の場所に電撃が走る。
しかし、そこにも誰かいるようには見えなかった。
『もう、面倒臭いっす』
―『迅雷』―
ブランの周囲一帯に、空から数多の落雷が降り注いだ。その雷は森の中のあらゆる影という影に直撃し、森は閃光と轟音に包まれた。
『あー 腹減ったっす』
森の至る所が穴だらけになり、一切の気配が消えた森を後にし、ブランはだるそうに屋敷へと帰って行った。
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