第469話 護衛引継?

 翌日。


 冒険者ギルド、カーベル支部の執務室では、志摩恭子とアイシャの護衛の引継ぎの為、冒険者達が集まっていた。


 応接用のソファには、トリスタン、ゴルブ、志摩恭子とアイシャが座り、その対面の席には、S等級冒険者『処刑人』のガーラとバヴィエッダが座っている。


 志摩恭子と『処刑人』の二人は軽く挨拶を躱した程度で、今後の護衛についてもまだ話合われてはいない。志摩恭子は、自分の所為で大勢の人間が死んだこと、それも、加害者が自分の生徒であることにショックを隠しきれず、馬車旅の道中から塞ぎ込んでいた。今も、居た堪れない気持ちで終始俯いたままだ。


 だが、それとは関係なく今後の護衛には問題が発生していた。



 この執務室には、今まで志摩を護衛してきた冒険者達、A等級冒険者パーティー『クルセイダー』のジーク達五人、『ドラッケン』唯一の生き残りであるゲイル、B等級冒険者パーティー『ホークアイ』のバッツ達四人、同じくB等級冒険者のオリビアが、席の周りを囲むように立っていた。


 それぞれはここカーベルで依頼は終了するとばかり思っており、一向に引継ぎが行われないことに困惑の表情だ……ただ一人を除いて。


 カーベル支部のギルドマスターであるアイザックと秘書のターナーは、部屋の端で目立たぬよう、息を殺して小さくなっている。



「本部からここカーベルまでみんなご苦労様。……ゲイルは……残念だった」


「いえ……」


 トリスタンが護衛の冒険者達を見渡し、最後にゲイルに視線を止めて、メンバーを失ったゲイルに声を掛けた。『ドラッケン』はゲイルを除いてメンバー全てを亡くしているが、既に気持ちの切り替えはできているのか、ゲイルは表情を変えずに短く返事しただけだ。



「キミたちの依頼は本来ここまでの予定だったんだが、少々事情が変わった。出来れば彼女達と一緒にオブライオンまで護衛の継続を頼みたい」


「……それって、指名依頼ですか?」


 トリスタンの発言にジークが声を上げる。無論、レイからの依頼があるのでただのポーズだ。ジークはレイから護衛の同行は拒否されないと言われているが、詳しい話は聞いていないので、どういうことかと疑問に思っていた。


「いや、皆、襲ってくる『勇者』の脅威は身を以って知ってるはずだ。『龍』の討伐に等しい超高難度の依頼に、ギルドの強制力を行使するつもりは無いよ。勿論、危険に見合った報酬は用意するが、今回はキミたちの希望を尊重したい」


 普段であれば、他の冒険者など邪魔にしかならないと思っているガーラとバヴィエッダの二人は、口を開こうとはしなかった。相手が『勇者』ということもあるが、ベリウスをあっさり殺したであろう人間の警告が響いていたからだ。一人でも厄介な相手が十数人もいる。他人と行動するのは不本意ながら、ベリウスがいない今、盾は多い程いいというのが本音だった。


 それに、護衛依頼は最低でも護衛対象の二倍以上の人員が必要だ。例えば、商人一人と馬車一台なら、少なくとも四人以上の護衛がいなければならず、一泊以上の旅になれば、三倍の人数がいなければ二十四時間体制の警護はできない。体力馬鹿のベリウスがいれば三人でも問題は無かったが、『処刑人』二人だけでは厳しかったのだ。


 以上の点を『処刑人』の二人はトリスタンと話し合っており、他の冒険者を護衛に加えることに合意していた。本来ならトリスタンとゴルブも秘密裏に護衛に同行するつもりだった。しかし、勇者達の『転移門』利用の危険性をレイに指摘されたゴルブは、トリスタンと共にその対策が急務になってしまったのだ。


 これから二人は、レイに指摘された地点の転移門に行かなくてはならないが、最寄りの施設はレイの手によって使用が不可能になってしまったので、通常の移動手段でその場所まで向かわなくてはならない。志摩恭子一人の命と、都市が襲われる可能性では後者を優先するのは当然の判断だった。


 そのことを全て見聞きしていたレイは、ジークに拒否はされないと断言できたのだ。



「俺は同行する」


 強い眼差しでゲイルはトリスタンを見る。その目の奥にはメンバーの復讐の火が灯っている。刺し違えても佐藤優子に一矢報いねば気が済まないのだろう。


「わかった。ありがとうゲイル。……因みに報酬額は一人金貨千枚だ。他に護衛を継続してもいいと思う者はいるかい?」


「「「せ、千枚っ!」」」


 冒険者達が金貨千枚という報酬額にどよめく。この世界の物価的に日本円で一億円相当だ。一度の依頼の報酬額では前代未聞といっていい。しかも、パーティー単位ではなく、一人につき金貨千枚。A等級冒険者といえど破格の報酬である。それだけ危険度も最高峰だということだ。


「私も受けます」


 次に手を上げたのはオリビアだ。報酬の殆どを孤児院に寄付して万年金欠のオリビアにとって報酬額は魅力的だったが、今回の護衛は自分の実力からすれば不相応だ。いつもなら問答無用で断る案件だが、今回の旅でアイシャの事情を知り、最後まで面倒を見ようと決めていた。万一の場合はアイシャだけでも連れて逃げるつもりだ。他の者には報酬目当てと見られただろうが、オリビアが重きを置いてるのは子供だった。


「金貨千枚ってのは魅力だな~ じゃあ、俺らも同行するってことで」

「ちょ、ジーク、本気?」


 報酬額に関係なく依頼を受ける気のジークは、破格の報酬額に便乗したように見せた。だが、あまりに危険すぎて納得のいかないエミューはジークを制止する。


「エミューちゃん、一人金貨千枚よ? 冒険者ならやるっきゃないでしょ~ それに、襲われても戦闘はそこの『S等級』のお二人に任せればいいんだし……ね、そうでしょ?」


 ジークは笑顔でガーラとバヴィエッダを見る。その発言に対して、二人は無言で頷き、肯定の意を示す。


「んー……」


『S等級』と分かっているエミューだったが、見た目は若い女と老婆だ。相手を見た目で判断することは危険だと頭では分かっているが、まだ若いエミューには今一実感できずにいる。



「あ、俺らは遠慮します」


 そう言った、バッツに一同の視線が集まる。


「いや~ 元々、俺らは他にも依頼を受けてますし、そもそも今回の依頼も本意ではないというか、実力不相応というか……」


 一同の注目を受け、歯切れが悪くなるバッツだったが、これはパーティーの総意だ。これまでレイ達の非常識な強さを嫌というほど体験している『ホークアイ』の面々は、これ以上『S等級』絡みの案件に首を突っ込みたくなかったのである。


「いやいやいや、実力不相応ってことはないと思うぜ? 大体、お前さん達がB等級ってのがオカシイんだ。特にそこのラルフって奴は十分護衛として務まるんじゃないか?」


 ジークがラルフの戦槌に指を差して煽る。ジークは斥候パーティーとしてバッツ達『ホークアイ』を高く評価していた。危険な旅と分かっているので、実力者は一人でも多く欲しいのだ。


(((ウルセーよっ! 俺達を巻き込むんじゃねーっ!)))


「そうよ、アンタ達、男なら逃げんなよ」


(((オリビアっ! テメーは黙ってろっ!)))



「因みに他の依頼ってなんだい?」


「姐さ……ある冒険者へ届け物です」


「「「冒険者に届け物?」」」


 バッツの発言に事情を知るジーク以外が訝し気な目を向ける。同業者である冒険者へ届け物など、態々、B等級の冒険者が受ける案件ではない。いくら危険な依頼とはいえ、金貨千枚を捨てる理由としては考えられない。


「その冒険者って?」


 本来なら依頼内容を第三者に話すのは憚れるが、相手が冒険者ギルドのグランドマスターなら隠すことはできない。


「え、S等級の……『レイブンクロー』のあるお方です……」


「彼等か……そりゃ、そっちが優先だね……」


 トリスタンの頬が引き攣る。レイ達を知る者ならその依頼を蔑ろにできるはずはなく、バッツ達がそちらを優先したがる理由も理解できた。


「あ奴等なら郊外の屋敷におるぞ? なんなら後で案内してやるが……」


「「「是非!」」」


「お主等には命を助けられたしな、それくらいお安い御用だ。それはそうと、ラルフ、お前さんにやった『女鬼の戦槌メンヘラ』の調子はどうだ?」


「「「……」」」


(((この爺さん、わざと言ってんのか? こんな呪具みてーなモンを押し付けやがって……でも、文句なんて言えない……)))


『ナニガ、チョウシハドウダダ、クソジジイ! コロスゾ?』


「「「やめろぉーーー!」」」

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