第468話 聖剣?

 屋敷の前では、カーベルの教会で司祭をしている元異端審問官のセルゲイが、レイ達の帰りを待っていた。


 ブルルッ!


 その前にはブランが見下ろすように立ちはだかり、どうしたものかと悩んでいた。レイからは敵意がある者や、屋敷の敷地に忍び込んできた者は殺して良いと言われているが、セルゲイはこれまで何度か屋敷に訪れており、ブランの知る人間だった。


 ブランが警戒しているのは別の者だ。


『……』


「おっ、お帰りのようですな」


 森の中からレイ一行が姿を見せると、すかさずセルゲイは膝を折って頭を下げた。


『アニキ!』


「ブラン……と、セルゲイか。リディーナ、イヴと先に中に入っててくれ。爺さんも」


「わかったわ」

「承知しました」

「? ……それじゃあ、ワシはひと眠りさせてもらうかな」


 ゴルブは訝し気な目をセルゲイに向けるが、疲れているのかレイの言葉に素直に従い、屋敷に歩いていく。街には戻らず屋敷に泊るつもりのようだ。リディーナも教会の地下でセルゲイが見せた狂人っぷりの印象が強いらしく、イヴを連れてそそくさと離れて行った。


 …


「どうした?」


「はっ、ご報告です。例の一行がカーベルに到着したようです」


「あのババアが言ってたとおりだな……それで?」


「一行に同行していた暗部の若造が、直接レイ様にご報告したいとふざけたことを申しております」


「別にふざけてねーだろ……」


「レイ様と直に言葉を交わすなど、身の程を弁えておりません! 報告は全て! このセルゲイが! 愚かな若造から聞き出し、一言一句、漏らさずお伝えしますのでご安心下さい! この度は、一行がこの街に来たことだけお伝えしに来ました!」


(面倒臭ぇ……)


 女神の使徒であるレイに狂信的なセルゲイは、レイがセルゲイの腕を再生したことで一層激しさを増していた。精力的に動いてくれるのは助かってはいるのだが、レイには少々煩わしさも感じていた。


「若造ねぇ。その若造をここまで案内しちまってるが……いいのか?」


「はい?」


 レイはセルゲイの後方の森に目をやる。


 すると、森の中から外套に身を包んだジークが現れた。


「驚きました……今まで看破されたことはなかったんですが」


「なっ! わ、若造? 教会で待っていろとあれほど……」


 自分がおめおめ追跡されていたことに慌て、声を荒げるセルゲイ。しかし、セルゲイの実力はレイも認めるところであり、ジークが一枚上手だったということだろう。無論、移動中は探知魔法を展開しているレイと、ブランにはバレていた。レイはジークとの関係はゴルブには知られたくないので、リディーナ達と一緒に屋敷に入るのを確認してから声を掛けたのだ。


「あんな酒臭いトコで待ってられねーでしょ。それに、元暗部の者とはいえ、今日初めて会うアンタを信用するほど俺は馬鹿じゃない」


「ぐぬ!」


「まあ、もっともだな。話はこっちで聞こう。二人共ついて来い」


「「はっ!」」


 …

 ……

 ………


 屋敷の庭園に通されたジークとセルゲイは、設置されているベンチにレイから座れと促され、恐縮しながら腰を下ろした。


「じゃあ、聞こうか」


 テーブルを挟んで対面に座ったレイはジークの報告を聞く。


 ジークは、冒険者ギルド本部から魔導列車に乗り、佐藤優子に襲撃されたこと、その後、馬と馬車を使ってマネーベル経由でこのカーベルに来るまでのことをレイに話しはじめた。特に佐藤優子の発言や戦闘能力に関しては詳細に報告した。



「よく撃退できたもんだ」


 レイは、佐藤優子が聖剣や聖盾を発現させたというジークの報告に驚いていた。襲撃に関しても、単独で来るのは予想外だ。それだけ自信があったのか、もしくは暴走か、志摩恭子との会話を聞く限りは後者の可能性が高い。どうやら、レイに個人的な憎しみを抱いているようだ。


(白石響が俺に殺されたと分かってるということか……何かの能力か、それとも直接エタリシオンに乗り込んだか……まあ、トリスタンの様子から後者は無いか。しかしながら、佐藤優子が『鍵』を頼りに俺を単独で襲って来たってことは、九条彰は佐藤優子を制御出来ていないようだな)



「魔導列車の獣人護衛部隊と、ドワーフの機関長が使った『マドウホウ』という兵器が無ければ全滅もあり得ました。サトウユウコは片腕を失い、深手を負いましたが、私は情報を持ち帰ることを優先し、加勢はしませんでした」


「賢明だな」


 仮に、ジークが佐藤優子の止めを刺せたのなら、大金星と言えるかもしれないが、諜報員としては失格だ。佐藤優子を殺せば全てが終わる事態なら話は変わるが、未知の脅威がまだいる以上、情報収集をする者は必要だ。隙あらば攻撃を仕掛けるような後先考えない者は諜報員には向いていない。ジークの戦闘能力は未知数だが、静観して報告を優先したのは、プロに徹したということだ。


 それに、万一、失敗した場合。それも、佐藤優子と同時に転移されて、勇者達に捕らえられた場合は、逆に、レイや教会の暗部の情報が相手に伝わってしまっていただろう。訓練を受けた暗部の人間でも、洗脳や不死化からは逃れられない。腕の立つ諜報員ほど抱えている機密情報は多く、自害しても無駄な以上、賭けのような英雄行為は決してしてはならないのだ。


(ビビッてやれなかったわけじゃないだろう。目を見れば分かる。ジークコイツも死ぬのを恐れていない人間だ。期待して無かったが中々使える奴だな)



「明日はギルドを訪れ、シマキョウコを『S等級』の護衛に引き渡す予定です。オブライオンまで同行できるかは『S』次第ですが……」


「拒否はされない」


「は?」


「それと、こいつを持ってけ」


 レイは魔法の鞄から一振りの長剣を取り出すと、ジークの前に置いた。長剣は冒険者ギルド本部の倉庫にあった過去の勇者の持ち物の一つだ。銘は『エクスカリバー』。なんとも大層な名前だが、ゴルブが勇者の『聖剣』を模して作ったもので、勇者の一人が名付けたらしい。だが、性能は実際の『聖剣』には遠く及ばない。


 それでも、人が作り出した剣の中では最高峰なのは間違いなく、おいそれと人に譲渡していいものではないのだが、重過ぎてリディーナやイヴには合わないし、二人共、聖属性の魔法は使えない。レイには『魔刃メルギド』があるので、レイ達には必要無いものだった。


(クヅリも浮気だのウルセーしな。死蔵するより有能な奴に使わせた方がマシだ)



「こ、これはっ! ……い、頂くわけには……」


 ジークは剣の刀身の輝きを見て目を見開き、慌ててレイを見た。


「持って行け」


「しかし!」


 長年、A等級冒険者として、また、異端審問官として活動してきたジークでも、これほどの業物は見たことがなかった。それに、聖職者なら見ただけで聖属性を帯びてるのが分かる。どんなに金があっても手に入れられない代物だ。おいそれと受け取れるようなモノではなかった。


「いいから受け取れ。だが、勘違いするな。こいつは本物の『聖剣』には敵わない。報酬ぐらいに思っておけ。過信して無理はするな、いいな? 今後の指示はまた連絡する。行け」


「……承知しました。では、有難く頂戴致します。失礼します」


 ジークは恐縮しながら『エクスカリバー』を受け取り、屋敷を去った。




「使徒様、私にも何か仕事を……もっとお役に立ちたいのですが……」

 

 ジークを羨ましそうに見送ったセルゲイが恐る恐るレイに懇願する。決して報酬が欲しいわけではなく、自分より役に立ってそうなジークが羨ましいのだ。


「お前にはオブライオンまでの交通手段と現地の資料を集めろと言ってあっただろ? 確保できてるのか?」


「はっ……資料はここに。交通手段に関しても、全て確保しております」


「なら、もう他に仕事は無い。ご苦労」


「……」


「どうした?」


「できれば、ご一緒させて頂ければと……身の回りの世話など必ずお役に立ってみせます!」


「ダメだ」


「そこをなんとか! 死ねと言われれば喜んで死にます! 私の命を自由にお使い下さい! お願いします!」


「今日はもう帰れ」


「そんな……」



 コイツなら自爆ベストとか喜んで着そうだな……と、思ったレイだったが、テロ行為をするつもりなど当然無いので、あくまでも思っただけだ。


(面倒臭ぇ)

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