第467話 小太刀

「クヅリ、小太刀だ」


『コダチ?』


「十センチ程短くなれ」


『了解でありんす』

 

 レイは、イヴの持つ新しい小太刀を『魔炎の小太刀』と名付け、クヅリに短くなるよう指示すると、新宮流の小太刀術の型をイヴに見せた。小太刀を軽々と片手で操り、流れるような動きは、その場にいた者達を魅了した。


「基本は短刀術と変わらない。新宮流の小太刀術は、いかに刀を短刀と同じようにイメージできるかがポイントだ。だが、小太刀は短刀と違い刀身が長く、重い。片手で扱い刃の可動範囲を広げるから、自分を傷つける可能性も高くなる。逆手の際は特に注意しろ」


「は、はい!」


 イヴはレイの見せた型をなぞるように、見様見真似で型を繰り返した。


「体がブレてるぞ。ゆっくりでいい。まずは刃の長さに慣れろ」


「はい!」


 刃の長さに戸惑い、自分を傷つけないようにと無意識に体が硬直し、動きがぎこちないイヴ。一般的には打刀の刃長が七十センチに対し、小太刀は六十センチ前後と言われるが、イヴの『魔炎の小太刀』はゴルブがイヴの体型に合わせたのか、四十五センチほどしかない。厳密には小太刀というより、脇差サイズだ。


 短刀が扱えるからといって、同じように扱えるかといわれれば、答えは否だ。今までイヴが使用していた二本の短剣は刃の長さは二十センチ程。倍以上になった刀身と重さに戸惑うのは当然だろう。


 本来、剣は和洋問わず、銃よりも遥かに長い期間の修練が必要だ。剣の長さや重さ、重心のコントロールなどを完璧につかめなければ、簡単に自分を傷つけてしまう繊細な武器だ。剣は素人が見様見真似ですぐに扱えるような武器ではなく、剣を己の一部にできて、初めて『武器』になる。

 

 しかし、徐々にイヴの動きが変化してきた。


(やはり間違いない。イヴは俺の動きを真似…… いや、真似なんてレベルじゃない。完全にコピーしてる)


 イヴがレイの型とシンクロするように型を合わせてくる。


 レイは黙って速度を徐々に上げ、実戦さながらのスピードのまま型を続けた。



 その様子に、リディーナとゴルブは揃って息を呑む。


 …


 一時間後。


「止めっ!」


 レイは終了の掛け声を上げた。イヴはその声にピタリと小太刀を止めるも、その刃先はブルブルと震えていた。


「はぁ はぁ はぁ ……ま、まだ、やれます」


 普段なら、一時間程度の運動で息が上がるようなイヴではない。だが、慣れない動きと、慣れない武器。それも、触れれば容易に腕や足が切断される程、鋭利過ぎる武器の重圧は半端ではない。当然、疲れもするだろう。


 しかし、疲労の本当の理由はイヴの『魔眼』にあった。


 イヴは無意識にレイを『魔眼』で鑑定し、その動きを模写コピーしていた。視覚から入った情報を体現する為、無理矢理身体を動かしていたのだ。


 長年の鍛錬により培ったレイの動きを、僅かな時間で模倣できたのはそれだけでも驚愕に値する。しかし、肉体まで模倣することはできない。『魔眼』により無理に動かされた肉体は筋肉の断裂を引き起こし、腱を痛めた。


「いや、今日はもうここまでだ。屋敷に帰るぞ」


「は、はい……ありがとう……ございました」


 息も絶え絶えのイヴを連れ、レイは今日の訓練を早々に切り上げた。



「……」


(才能なんてモンじゃない。いくら天才でも僅か数時間で型を極めるなど有り得ない。考えられるのは『魔眼』しかないが、『鑑定』したからといって動けるもではないはずだ。いずれにせよ……)


「ねぇ、レイ」


「ん?」


「どうしてそんな怖い顔してるの?」


「そんな顔してたか?」


「してた」


「別に怒ってないぞ? ちょっと考え事をしてただけだ」


「ならいいけど……考え事ってイヴのこと? 今日はなんだかいつもと違ってたけど……」


「まあな」


 前を歩くイヴを見ながら、リディーナは心配そうな顔でレイに言う。


 リディーナも、イヴの変化に驚いていたのだろう。天才的なセンスでレイの剣術を吸収しているリディーナには言われたくないだろうが、それ以上の早さで型を習得するなど、今まで見られなかった現象だ。素直にイヴの成長だと喜びたいが、レイからすれば異常と言わざるを得ない。


(急激な成長は危険だ)


 感情をあまり表に出さないイヴが、僅か一時間の稽古で息を上げるのはそれだけ負担が大きいことを示している。地球の人間なら有り得ない現象を目にして、レイも困惑していた。


(今後のメニューは考えないといけないな……)



「なあ、一つ聞いてもいいか?」


「なんだ? 爺さん」


「本来は剣を二本使うんじゃないか?」


「何でそう思った?」


「お主、ワシが『剣聖シン』、シングウコウゾウと共に旅してたの忘れとるだろ?」


「そういや、そうだったな」


「「えっ! 二本?」」


 イヴとリディーナが揃って振り向いた。


 戦場において、武器の射程距離はそのまま強さに繋がる。同じ技量なら拳銃よりも小銃や狙撃銃の方が有利なのと同じ様に、近接武器においても、武器による間合いの広さに強さの優劣があるのは変わらない。無論、環境や状況、お互いの技量によってその優劣は変化する。しかし、小太刀というのは近接戦闘において中途半端な武器と言わざるを得ない。


 狭い室内でも小太刀が使えるような状況では打刀も当然使用でき、短刀有利な超接近戦でも小太刀が有利とは限らない。刀を扱える程の筋力のない子供や女性の武器と言われるのは、成人男性が態々小太刀を選ぶようなメリットが無いからだ。


 その欠点を克服し、戦場において有利な武器に昇華したのが『新宮流』の新宮幸三だった。


 ―『新宮流小太刀二刀術』―


 かつての『剣聖』新宮幸三が、新宮流の小太刀術を改良したオリジナルの剣術だ。新宮家に伝わる過去の古文書にその存在は無い。それまでの新宮流の小太刀術は補助的な剣術として伝わっていただけであり、レイも極めようとは思わなかった。それに、師が生み出したからといって、レイが修行しなかったのには理由がある。


「爺さんの言うとおり、本来は同じ小太刀を二本使う。だが、二刀流は特別な才能が必要で俺には無い。俺に教えられるのは型と小太刀の扱いまでだ」


「特別な才能?」


「左右どちらの手足も同じように扱える器用さと思考、それに膂力だ。多くの人間は左右どちらかに偏りがあるし、別々のことを同時に考えられる人間なんて殆どいない。それと、相手の打ち込みに対して片手で受け止める膂力がなければ、両手それぞれに武器を持っても真にその力を発揮できないんだ」


 二刀流には様々な流派が今も伝わるが、剣と盾という攻守の役割を二本の剣で体現する技法が殆どであり、万人向けの技術でもない。本来両手で保持する打刀を片手で扱い、相手の攻撃を受け止められる膂力と、左右それぞれ別に考えられる思考能力も必要で、それが自然に出来る者は更に限られるからだ。


「試してみれば分かるが、二刀流をいくら訓練しても、常人は咄嗟の動きや全力を込める際は、左右同時に同じ動きをしてしまう。それだと二刀のメリットが無くなるんだ。生まれ持った才能が無い者が二刀流に手を出せば、極端に言うと弱くなる。やらない方がマシなくらいな」


 二刀流が強いのは二撃を同時に放てる者に限られる。左右で時間差があればそれは単なる二連撃であり、片手である以上、両手持ちより威力も劣る。二刀流は一刀流に比べてリスクが大きく、技量の劣る剣士に後れをとる可能性も高いのだ。


「じゃあ、コウゾウは……」


「その特別な才能がある人間だ。二刀流ってのは、一人の人間の中に二人分の思考と力がある奴だけの特別な剣術だ。俺が教えられるのは小太刀の使い方だけで、二刀流の奥義までは無理だ」


「同時に別々なこと……?」


「不思議に思うならやってみればいい。別々に動いてる相手に、左右の手で短剣を同時に投げて殺せるかってことだ。大抵の人間はやろうとしても時間差が生まれるし、集中もできない。元からそれを自然に出来る人間じゃないと、修行しても中途半端で終わる。教えられたとしても教える気にはならないな」


 思考の分割ができるかは分からないが、イヴは右利きであり、人より膂力があるわけでもない。二刀流を極める才は無いと言える。


「「「……」」」


「イヴ、気にするな。魔法剣ってことは魔力コントロールも必要になる。まずはソイツを自分のモノにすることだけを考えればいい。二刀流は両手で短剣を扱うのとは訳が違う。忘れろ」


「……はい」


「レイにも無理なことがあるのね~」


「当たり前だ」


「ホントか~? お主はコウゾウより器用そうだがな」


「何言ってんだ? 爺さんも師匠ジジイを知ってんなら分かるだろーが。ありゃ、バケモンだ。器用とかそういうレベルじゃない」


「お主が言うか、それ?」

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