第465話 転移門

「お主に案内するのは構わんが、ここから三日は歩くぞ?」


 酒場を出たレイとゴルブは、日が暮れて人通りが少なくなった街中を歩いていた。


「徒歩で三日の距離か。飛んでも数時間はかかるな……先にリディーナ達に説明して一緒に連れて行く」


「むぅ……一応、言っておくが、転移門の存在はワシとトリスタンしか知らないんだぞ?」


 あまり施設の存在を知られたくないというゴルブの思惑はレイも理解しているが、『勇者』と対峙しているリディーナ達も転移の施設は知っておいた方がいいのだ。


「ギルドに残したリストには書いてないが、勇者の一人は古代人の知識を持ってるし、空間転移魔法が使える勇者もいる。転移に関して情報を隠してもいいことは何一つない」


 九条彰が古代人であることはリディーナとイヴにも話していない。二人には、あくまでもその知識があるだけだということにしてある。九条が古代人そのものと説明するには次元時空間転移のことを話さねばならないからだ。



「なんだと! なら、なぜそれを……」


「教えて対処できるのか? あの占いババアも異世界人に関しては占えないのは知ってる。それに、転移するには条件があるのは分かっているが、俺にも詳細は分からないからな。不確定な情報は混乱を招くと思って書かなかった」


(ビビられてオブライオンに行くのを躊躇されたら囮にならんしな)



「だが、爺さんの話で状況が変わった」


「?」


「転移門は古代に作られたものだろ? 勇者の中に古代の知識を持つ者がいるなら、それの利用を考えないわけない。言っておくが、爺さんとトリスタンしか使えないと思い込むのは楽観的過ぎるぞ。施設には必ず他の者が利用できる方法があるはずだ。それを解明されれば、大陸中に豚鬼のような魔物の軍団を送ることも可能になる。今こうしてる間にも向こうは施設を利用できるように作業してるかもしれないぞ?」


「な……」


 レイが転移施設の存在を知らなかったように、ゴルブ達も勇者の中に古代人の知識を持つ者がいることを知らなかった。転移門を利用される、もしくはすでに利用されてるかもしれないことに気づき、ゴルブも事の重大さを認識した。


「相手が既に転移に関して知識と能力がある以上、施設を至急調べる必要がある……乗れ」


 レイはしゃがんでゴルブに背に乗れと促す。ジジイをおんぶするのは抵抗あったが、それより時間が惜しかった。


「わ、わかった!」


 …

 ……

 ………


 数時間後。


「あれじゃない?」


 上空から森の一点を指差すリディーナ。他の者からは何の変哲もない森しか見えないが、精霊が見えるリディーナには違和感があったのだろう。


「たぶんな」


 レイの背でゴルブが自信無さげに答える。


「おい、爺さん、本当に知ってるんだろうな?」


「当たり前だ。だが、空からなんか見たことないから確信なんぞない。ただし、方角は間違いない。この辺りで降ろしてくれ」


 レイ達は、森の中へ降り立ち、レイは即座に探知魔法を展開して周囲を警戒する。魔の森ほどではないが、魔素が濃い。それに、ブランがいないので魔物の襲撃があるかもしれない。


 探知魔法に複数の動体反応を感知するが、レイ達に近づいてくるものはない。


「行くぞ。爺さん、案内しろ」


「ああ。たしか、この辺りに目印が……あったあった、こっちだ」


 ゴルブが先導するように森の中を歩いていく。



「なんかおかしいな」


 探知魔法の反応と周囲の景色でレイはおかしなことに気づいた。


「森が動いてる……?」


 自分達が歩いてきた道を振り返ると、微妙に景色が変わっている。木々が動いているのだ。それに、頭上の木々の枝や葉が邪魔するように太陽を覆い隠していた。


樹木人トレントよ。信じられないけど、この辺りの木が全部……」


 リディーナも周囲を見渡し困惑している。


「樹木人?」


「意思を持って自由に動くことができる魔樹よ。魔の森で偶に見かけるけど、こんなに群生してるなんて見たことないわ。道理で精霊の様子がおかしいと思った。木を切り倒したり、火を使わなければ無害のはずだけど、これだけいるとどうなるかわからないわね」


「意思を持った樹ですか……」


 イヴも木々を観察して呟いた。この世界の人間にとっても樹木人は珍しいのだろう。よく見ると大きな木の根や枝が四肢を思わせるような形に見えてくる。


「心配いらん。施設の存在を隠すために過去の勇者とトリスタンが配置したトレント達だ。襲われることは無い」


「確かに邪気は感じないわね」


「こりゃ、空を飛べなきゃ迷ってたな」


 レイは懐からコンパスを出したが、針が狂ったように回って方位を特定できない。恐らく磁力を含んだ土地なのだろう。森の木々が自らの意思で動けるなら何かを目印にもできない。


 人間は何か指標が無ければ真っ直ぐ進むことは出来ない。真っ直ぐ進んでいるつもりでも徐々に左右どちらかに偏ってしまうのだ。知らずにこの森に踏みこんだ場合、目印になるモノはあてにならず、太陽や星も見れない為、方向が分からず森をグルグル彷徨うことになる。


 無論、空を飛べるレイ達には関係ないが、転移門のある施設を見つけることは案内がなければ難しかっただろう。


「エタリシオンの結界とは違うけど、たしかに厄介よね」


「遺跡自体が動いてるわけじゃないから子供だましだけどな」


「「「?」」」


 ゴルブの後に続いて歩くレイが小さく呟いた。手段を選ばなければこの程度のまやかしはどうとでもなる。モラルも何もない者なら、森を樹木人ごと焼き払うことに躊躇しないだろう。空から建物らしき建築物が確認できなかったことから、施設は地下にあると思われる。他の古代遺跡の多くが過去の軍事施設であったことから、地上の森が火事で焼失しても機能は失われないはずだ。


 過去、多くの紛争に参加してきたレイにとって、目的の為には手段を選ばない連中を嫌という程見てきた。自然環境の保護や歴史的建造物など、戦争中の者にとっては二の次だ。守る側はともかく、攻め手側は気にもとめない。



 ゴルブが二本の巨木の前で立ち止まると、その巨木が左右に分かれるようにして動き出し、その間から石造りの門が現れた。


「まあ、ファンタジーではあるよな……」


 木が動くという地球ではあり得ない光景に今更ながらここが異世界なのだと思い知らされる。どうやら樹木人はゴルブを認識しているらしい。


「こっちだ」


 ゴルブは入り口から地下へ続く階段を歩き出し、レイ達を案内する。


「レイ、これって……」


「ああ、古代の遺跡で間違いないな」


 遺跡の壁は六角形のタイルで覆われており、仄かに光を帯びていた。メルギドの地下遺跡や、魔導船の内壁と同じような造りだ。千年前では一般的な建築素材だったのかもしれない。



 階段を降りた先には広いホールのような空間に出た。四方を壁に囲まれ、このフロア以外に他に部屋はないようだ。


 部屋の中央には四角い箱のような台があり、ゴルブはその台に魔力を流した。


 すると、周囲にいくつも光る魔法陣が浮かび上がった。中には消灯している魔法陣もあり、機能してないものもあるようだ。


「光が灯っていない魔法陣は使えん。あっちの魔法陣が本部方面にある施設と繋がっている。こっちはエルフ国方面だ」


「爺さん、ちょっと見せてくれ」


 レイは、ゴルブが魔力を流した台を調べた。魔導船のコンソールのようにタッチパネルのようだ。浮かんでいる文字は全て古代語で、レイは、苦もなく操作した。



 レイ達の目の前に、この大陸の精巧な地図と、駅の路線図のような映像が浮かんだ。


「転移門の路線図だな。赤い部分は恐らく使用不能を示すものだろう。設備が壊れたか、魔法陣が破損でもしてるんだろうな」


「お主、分かるのか?」


「まあな……オブライオン方面の路線は使用不能になってるが、向こうに直せる奴がいれば終わりだな」


 オブライオンの地点からいくつも伸びる路線が赤く点灯しているのは、オブライオン方面の施設自体に何かしらのトラブルがあって使用できないからだろう。


(こりゃ、破壊しても無駄だな。ここを潰しても他が生きてれば意味はない。ここはただの駅の一つなんだからな……)


 見る限り、ここは単なる駅の一つで、統括センターのような中枢ではなさそうだった。一つの駅を潰したところで、勇者の悪用は止められない。古代人である九条がどれほど知識があるのか不明だが、こういった重要インフラの存在を知らないはずはない。オブライオン方面の路線を修復していないのは、修復する知識がないか、現在の技術や素材の関係で不可能なだけなのかもしれない。


「これが使えれば、私達も便利なのにねぇ……なんでお爺ちゃん達だけしか使えないのかしら?」


「俺達も使えるぞ?」


「「「えっ?」」」


 レイは台のパネルを操作し、路線図を消して別の画面に切り替えた。


「生体登録と魔力登録をすれば利用可能になる。爺さん達は偶々この状態で起動させて訳も分からず使ってたんだろうな」


 仮に古代語が読めても、当時の勇者達とこの世界の人間では理解できたかは微妙だろう。第二次大戦中の地球にタッチパネルなど存在しないし、古代語に対応するような用語も無かったはずだ。七十年前の人間に「スマホ」と言っても通じないのと同じだ。


「なんと……」


「じゃあ……」


「俺達も利用出来て便利と言いたいが、とりあえずここは潰す。俺は旅の途中で後ろから襲われたくないからな」


 九条彰が復活させないのは不可能だからではなく、今尚、修復中とも考えられる。オブライオンに向かう途中でこことオブライオンが開通されれば、挟撃されることもあり得るのだ。それを考えれば、ここを残しておくメリットは全くない。


 パネルを操作し、レイはかねてからの転移に関する疑問が少し解消できた。転移には移動する地点を結ぶ二点に魔法陣を設置しなければ転移できない、もしくは非常に難しいと推測される。アニメや漫画のように思い描いた場所に瞬時に移動できるほど便利なものではなく、やはり、高度な計算が必要だと魔法陣の文字を見て分かったのだ。


 魔法陣の文字には数字が刻まれており、GPSのような経度や緯度だと思われた。それに加えて、計算式のような記号や文字は天体の動きとその予測を示していると推測される。その記号の意味はレイには理解ができないが、星は自転しながら宇宙を高速で移動しているので、宇宙規模での座標がなければ、空間を縮めただけでは転移は不可能だ。


 この計算を自動で行うようなプログラムが魔法陣には刻まれており、レイが思っていた以上に高度な知識が必要なものだった。


(物を転移させる魔法陣とは複雑さが段違いだ。生体を転移させるには更に高度な知識が必要みたいだな。目視できる極短距離ならともかく、距離が離れるほど転移には危険が伴う。少しでも座標が狂えば宇宙に放りだされることになるんだからな)



「爺さん、トリスタンにも言っておけ。この設備を放っておいたら、いつ勇者に利用されるか分からんとな。オブライオンの設備が修復されれば、大陸中に豚鬼のような軍勢を送られるかもしれんぞ?」


「しかし、遺跡の場所は……」


「勇者の中に古代人の知識がある奴がいるのは話したな? この設備は言わば千年前の魔導列車みたいなもんだ。当時の記憶があれば、ある程度、駅の場所は絞れる。今頃必死に探しててもおかしくない。オブライオン方面の施設は使用不能っぽいが、直せる可能性もある。少なくともここと、ここ、それとここのオブライオンの路線と通じてる地点は潰さないと拙いぞ?」


 レイは先程の路線図を再度表示させて、オブライオン方面の施設から伸びる地点の設備を指差した。九条彰と吉岡莉奈は、能力や魔法で空間転移が行えると知っているが、個人で出来る範囲は限られるだろう。転移できたとしても、単独か数人規模が精々で、大量の人や物を転移させるほどの魔力やエネルギーがあるとは思えない。


 九条彰や他の勇者達の目的は今一はっきりしないが、豚鬼や不死者の軍勢で街を攻めるような奴らに、この施設を使わせるわけにはいかない。



「ここは爆破する」

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