第464話 酒場②
「欲しいのはリディーナの細剣だ。代替品はあるのか?」
古龍の素材をイジれると興奮して先走るゴルブに、レイは声を一段低くして尋ねる。
「むぅ……あの娘の細剣か……」
席に座り、気を取り直したゴルブは、天井を見上げて考え込む。ゴルブの持っている魔法の鞄には武具が大量に入っているが、リディーナに適した剣があったか思い出すように頭の中で探していた。
「……アレならあの娘でも……いやダメだな。そういえばアレが……いや無理か……おっ、アレだったら…………やっぱ無いな。 グビリ」
メキッ
「殺すぞ」
ブツブツ呟きながら勿体ぶったゴルブに、レイは思わずジョッキを握る手に力が入り悪態をついた。
「ま、待て! そもそも、あの娘の力に耐えられる素材なんか殆どないんだぞ? 無茶言うな」
リディーナが妖精の力を身に宿せることを知っているゴルブは、リディーナについてそう評価していた。妖精は自然の力であり、古龍と同等、もしくはそれ以上の力を持つ。仮に、龍が武器を使ったなら、人間が扱うような素材では到底耐えられない。逆をいえば、それに耐え得る素材であれば、妖精の力を最大限に発揮できるということだが、そのような素材など、ゴルブの長い人生でも殆ど目にすることはなく、その上、相性の良いものとなれば、そう都合よく持っているわけはなかった。
「風や水、いや、あの娘なら風が最適だが、風属性の龍の素材なんて絶対手に入らんからな」
「絶対? 何故言い切れる」
「そりゃ、常に空を飛んどるからだ。風の属性を帯びた竜は地上に姿を見せん。古龍ともなれば尚更、人が目にすることはないだろう。記録にもないしな」
「いくらなんでも……」
生きている以上はそんなわけないだろう、レイはそう言葉を続けようとして止めた。魔素をエネルギーに転換する魔物の特性を考えれば可能性としてはあると思えたからだ。ずっと飛行し続けることができるのかという疑問も、飛翔魔法で人が飛べる以上、ありえない話ではない。
目撃情報がないのも、この惑星は大地より海の面積が圧倒的に多いことを考えれば不思議なことではないのだ。
「それで実在すると確信してるのが俺には理解出来んな。『火』がいるから『風』もいると思ってるのか?」
「実在はする。風の属性を帯びた『龍』の鱗が発見されとるからな。ほれ」
そう言って、ゴルブは鞄から
レイは、鱗を見てチラリと腰の『
「居場所が分かればとって来るが、どこにいるか分からんなら考えても仕方ない」
「まるで、居場所が分かれば龍を倒してくるように聞こえるな。普通なら笑い飛ばしてるとこだが、お主ならやりかねんから恐ろしい……というか、この『風龍の鱗』はワシでもこれ一枚しか持ってない超貴重素材なんだぞ? もっと、うわーとか、すごーい、とかないんかい」
「スゴーイ。これでいいか? それに、風属性の龍がいたとしても、殺すとか心外だ。俺は密猟者じゃないんだぞ? 俺が動物を殺すのは自分に危害を加える奴か、食う為だけだ。メルギドの時だって素材をくれって頼んだんだぞ? 言葉が分かる癖にいきなり襲ってきたから殺っただけだ。どうせ生えてくるんだから角の一本や二本どうってことないだろうに……あれは正当防衛だ」
『(不法侵入して殺人、いや、殺龍でありんす。宝も持ち帰ってるので強盗殺龍でありんすねえ~)』
「(シャラーップ! あの龍は人里を襲って金品を集めてたんだから逆だ。俺は悪くない)」
『たしかに……』
「?」
小声で話すレイとクヅリの会話が聞こえなかったゴルブは、レイの様子に首を傾げる。
「龍についてはもういい。爺さんが持ってるモノで何かいいのはないのか?」
「細剣なら何本か持ってるが、あの娘が使ってもすぐに壊れるようなモノしかないぞ?」
「ちっ、使え……仕方ない。じゃあ、もう一つの要件だ」
「なんだ?」
「どうやってここに来た? トリスタンはまだ分かる。あいつも空を飛べるからな。だが、爺さんは飛べないだろ? この街に志摩達より早く来れた移動手段はなんだ?」
レイの本題はそれだった。ギルドの執務室でゴルブとトリスタンの姿を見た時に疑問に思ったことだ。二人が志摩達と一緒に魔導列車に乗っていないのは知っていた。レイ達のように川を下ってくる以外に地理的にも近道はないはずだった。
「…………
ゴルブは答えるのを躊躇したが、レイに対しては無駄だと悟り、素直に答えた。
「転移門?」
「古代の遺跡だ。特定の場所間を瞬時に移動できる施設がこの大陸にはいくつかある。だが、使えるのは今はもう、ワシとトリスタンしかおらん」
「そんなもんがあったのか……しかし、お前等二人しか使えないのはなぜだ?」
「原因は分からん。遺跡は、二百年前に当時の勇者達と発見したものだが、その場で利用したワシら以外は発動せんのだ。施設内にあった魔法陣は『魔術』の知識が必要で解析はできなかった。それに、する気も無い。魔術はアリア教で禁じられ、資料が残ってないから調べようがないのもあるが、勇者達にも危険だから封印するよう進言されてたこともあるからな。施設の存在を知るのはワシとトリスタンだけだ。どちらかが死ねば、残ったもう一人が施設を破壊することになってる」
「……まあ、当然だろうな」
なんともファンタジーな話だが、離れた地点に瞬時に移動できる設備や技術など、研究して実用化するのは危険だ。普通の者なら、その技術が普及すれば社会が便利になると考えるかもしれないが、軍事に携わる者からすれば、リスクを先ず考える。
転移の技術があれば、軍隊や暗殺者を瞬時に送れるだけでなく、爆弾などの兵器そのものを直接相手に送ることが可能だ。戦争や殺人が絶対起こらないなど人間社会では有り得ない。九条彰や吉岡莉奈のように、悪用する者は必ず現れる。当時の勇者達は大戦中の軍人、それも将校だった可能性が高く、戦略的観点から施設の危険性をすぐに予測できたのだろう。
転移技術には対策、もしくは阻害する手段があるかもしれないが、それが分からなければ公にするにはリスクが大き過ぎる。防御手段のないモノ程、危険な代物はない。それ自体の危険性もそうだが、それを巡った争いも必ず起こる。人間とはそういう生き物だからだ。
冒険者ギルド本部の書庫にあった古代書で、転移の魔法陣に関して知っていたレイも、転移技術に関して、世の中が便利になるという楽観的な見方はしていない。間違って宇宙と繋げてしまえば星が滅ぶ可能性もあるのだ。女神が禁忌とするのも無理はない。
当時の勇者達とゴルブなど限られた人間しか利用できないないのは何かしらのセキュリティが働いたと思われる。誰でも利用できるものなど普通は考えられない。何故、ゴルブ達だけしか使えないのかは不明だが、設備の利用登録や条件を偶然満たしたのかもしれない。
しかしながら、通信や交通網が発達していないこの世界で、冒険者ギルドが大陸中に支部を置き、組織化できた理由もこれで納得できた。当時の勇者達とゴルブ達は、密かに転移門を使って各地をすばやく移動し、ネットワークを構築できたのだろう。
因みに、レイとゴルブの会話は誰も聞こえていない。店主も酒瓶を二人の前に置いて端の方で洗い物をしている。関わりたくないのだろう。
「お主も過去の勇者達と同様、転移門が危険なモノだという認識があるようだな」
「当たり前だ。悪用されれば国どころか星が滅ぶぞ。お前らが限定的に使ってるから女神も見逃してたんだろうが、研究して公開してたらどうなってたかわからんぞ?」
「いかにも。大昔にアリア様から神託で同じような忠告を受けている。人々の生活を安定させ、戦争を無くす為にワシらは冒険者ギルドを作ったが、その為だけにしか施設は使っておらん」
「ともかく、まずは現物を見ないとだな。すぐに案内しろ」
「話聞いてたのか? ワシとトリスタンしか使えんのだぞ? それにこのことはお主だから話したんだ。アリア様からも公にするなと言われとるんだぞ!」
「だから? 俺を誰だと思ってる、女神の使徒だぞ? いいから案内しろ」
そう言って、レイは席を立った。その隣で、ゴルブも仕方ないとレイに続いて席から離れ、店の出口へ向かった。
「あの、お客さん、お勘定は……」
「「ギルドにツケとけ」」
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