第463話 酒場①

 グビリ


 トリスタン達との会合を終えたゴルブは、一人街の酒場に訪れ、カウンターの隅に座ってジョッキを傾けていた。


 店には四人用のテーブル席が三つとカウンター席が十席の小規模な店である。日が暮れてきてはいたが客はゴルブを含めて数人しかいない。カウンターにいる中年の男性店主はゴルブからお替りの催促に黙って酒を注ぐものの、あまりの飲む早さに徐々にその顔が引き攣っていった。ゴルブがこの酒場に訪れるのは初めてなので、店主が驚くのも無理はない。


「爺さん、ひょっとしてドワーフか?」


「見て分からんか?」


 トントンッ


 ゴルブはカウンタの上を指で叩いて早く注ぎ足すよう催促しながらそう答えた。ゴルブは他のドワーフ族の平均より一回り大きな体をしているので、一見して人族の老人と間違えられてもおかしくはなかった。


「ちゃんと金はもってんだろーな?」


 目の前に座るドワーフの老人が『S等級』冒険者であり、冒険者ギルドの創設者に名を連ねる生きる伝説などとは夢にも思っていない店主は、ゴルブを訝し気な目で見ながら酒を注いだ。


 ゴルブはカウンター裏にある棚の酒瓶を種類を問わず端から飲み干しており、支払う金があるのか店主は不安になった。客が酔いつぶれ、酒代を払えないことはよくあることだが、相手が顔見知りでない場合は衛兵に突き出し、家にある金目の物で支払わせるか、無ければ誰かが代わりに支払わせる。払えなければ男なら奴隷に、女なら娼館に売られる。だが、老人は売り飛ばしても金にならないので、財産がなければ大損なのだ。


 ゴルブが身に着けているモノは、見る者が見れば目を丸くするほどの高級素材で出来ており、この街の酒場を全て買い取ってもおつりが出るほどの超高級品なのだが、一般人からすればただの地味な格好にしか見えない。



 チャリッ


「ゴルブだ。支払いはギルドに回せ」


 カウンターの上に冒険者証を置いたゴルブは自らの名前を告げ、支払い先を店主に告げた。黒と金の二枚重ねの内、金色の魔金製オリハルコンのものは冒険者ギルドのある街の酒場で働く者なら誰でも知っている。


 それを目にした主人は目を見開き、引き攣った顔が笑顔に変わった。


 C等級以上の冒険者は銀行のようにギルドに金や装備を預けることができ、金については全ての支部で記録が共有されている。無論、オンライン化などされていないので、定期的なギルド便によって行われる関係上、データの更新は地球に比べて遥かに遅い。


 店側は冒険者がその場で現金を所持していなくても、ギルドに請求することが可能だ。仮に本人の口座に金が無い場合、客の支払いをギルドが立て替え、その代わりにギルドは当人に相応の依頼を強制的に受けさせることが出来る。勿論、請求された額や当人の等級によってはその限りではなく、D等級以下はそういったシステム自体を利用できない。


 C等級でも一般平民より平均所得が高く、B等級以上からは一般人からすれば大金を持っているというのがこの世界に住む者の認識だ。A等級ともなればその報酬は桁外れであり、中には下級貴族並の資産を有する者もいる。『A等級冒険者』を示す魔金製の冒険者証は地球でいえばクレジットカードのブラックカードと同じで、酒場の店主が笑顔になるのも当然だった。



「俺にはこの店で一番良い酒をくれ」


「「ッ!」」


 突然、現れた黒髪の青年に、ゴルブに酒を注いでいた店主とゴルブが揃って振り向いた。青年はゴルブの隣に座り、カウンターを指で叩いて早くしろと主人に促した。


「吃驚させるな。老い先短い老人の寿命を縮める気か?」


 現れたのがレイだと分かり、すぐに平静を取り戻したゴルブ。


 一方の店主は、レイの入店に気づかず動揺しながらも、木製のジョッキを取り出し、カウンター裏の棚に目を向けた。


「お、おい、兄ちゃん、一番良い酒ってウチじゃあこれなんだが……金あんのか?」


 店主は店で一番高いボトルを見せてレイにそう言うと、チラリとゴルブを見た。A等級の知り合いなら払ってくれるんだろうかと言いたいのだろう。


 レイは先程のゴルブと同じように自分の冒険者証をカウンターに置き、店主を再度驚かせた。


「し、失礼しました」


 店主は態度を一転してレイの前にジョッキを置き、酒を注いだ。A等級なら支払いの心配は無いが、並みの者では太刀打ちできない強者でもある。レイのような若者が高等級である場合、プライドが高く横柄な者が多い。難癖をつけて暴れでもしたら対処ができないのだ。それなりの腕っぷしと度胸が無ければ酒場で働くことなどできないが、B等級以上の冒険者を相手にできる者など殆どいない。店主が遜るのも無理はなかった。


「寿命を気にするなら酒なんか飲むな」


 店主を無視してレイはゴルブにツッコんだ。ドワーフ族が酒に強いのは知っているが、ゴルブの飲み方は他のドワーフに比べても異常に早い。


「これぐらい茶みたいなもんだ。お主こそ酒の味が分かるのか?」


 店で一番良い酒と注文したレイにゴルブが言葉を返した。


「俺が見た目どおりの歳じゃないと知ってるだろ? 以前は酒場も持ってた。爺さんより酒には詳しいし味にはこだわりもある」


 酔えない体とはいえ、レイは安く作られた粗悪な酒を口に入れる気は無い。


 表の仕事として東京でバーを経営していたレイにとって、この世界の酒の種類や品質は素人の密造酒レベルだ。二百歳以上のゴルブに比べれば四十過ぎのレイは若造ではあるが、酒の味や知識はゴルブ以上にあると思っている。いつ死ぬか分からない傭兵にとって、食事や酒にこだわりを持つ者は多い。生きて帰って美味いメシや酒を飲むのを戦場で生き抜く活力に変えるのだ。家族や恋人を思い浮かべる者もいるが、そういう者は何故か長生き出来ない。



「聞いてたのか?」


 ゴルブは正面を向いて呟くようにレイに尋ねた。冒険者ギルドでの会話を聞いていたかという意味だ。ベリウスの生首が置かれ、メッセージを残していた以上、レイなら必ず成り行きを見届けていたに違いないとゴルブは思っていた。無論、それはトリスタンも同様だ。


「……」


 レイは無言でジョッキに口をつけ、否定しないことでそうだと答えた。


「全く、とんでもないヤツだ」


 ゴルブは予想はしていても、あの場にいた誰もがそれを察知できなかったことに自嘲するように首を振った。


「それで? ワシに何の用だ? ただ、飲みに来たわけじゃあるまい。あの場にいたのならワシに会いに来る必要は無いだろう」


 無駄な話や行動をレイが嫌っているのを知っているゴルブは、レイの思惑が分からなかった。


「用件は二つ。一つはこいつだ」


 レイはカウンターの上にリディーナの『龍角細剣』を置き、その刀身を鞘から僅かに抜いてゴルブに見せた。


「こいつは……」


 刀身にある無数のひび割れを見てゴルブは目を見開いた。古龍の角から削り出した刀身に傷がつくことなど尋常ではない。それを傷つけられるものは優れた刀匠が鍛えた魔金剛アダマンタイト製の武器か『聖剣』、もしくは一部の『魔剣』だけだ。


 しかし、ひび割れた刀身を見て、ゴルブは即座に過剰な魔力が流されたか、相性の悪い属性の魔力を流した所為のどちらかだと見抜いた。素材が古龍の角である以上、こうなるには古龍の素材が耐えられない以上の大魔力を流す必要がある。細剣の持ち主がハイエルフと分かっていても、そのような大魔力を流せるとは思えない。自ずと原因は後者だとゴルブは判断した。


「これの修復、もしくは同等の剣が欲しい」


「修復なんぞしても無駄なのはお主にも分かってるだろう?」


「まあな。それについては期待してない」


 刀剣の修復など無意味なのはレイも承知だ。どんな名工や刀匠でもここまで亀裂が入れば元の強度には戻せない。装飾用として見た目だけを直すならともかく、実戦では到底使えない。だが、剣は完全に折れたわけではなく、レイはこの世界の常識を知らないので修復についてはダメ元で聞いてみただけだった。本命は代替品の方だ。


 リディーナは魔法の鞄内に予備の細剣を何本か持っている。しかし、どれも魔銀ミスリルの純度が低く、今のリディーナには役不足だ。冒険者ギルド本部にあった過去の勇者の装備にもリディーナに適した剣は無かった。天才的な射撃センスと銃があっても、近接用の武器は今後絶対に必要だ。



「ワシなら改良はできる。無論、元の強度には戻せんし、炎属性の魔法剣としてだがな。しかし、それではエルフのあの娘には合わんだろう。元々、炎古龍の素材をつかった剣をあの娘が使う事自体に無理があったんだ。むしろ、よくもったといったところだろうな」


 エルフの種族特性として風・水・雷の適性が強く、『風の妖精』に愛されるリディーナにとって火属性は非常に相性が悪い。火属性の魔法剣にリディーナが魔力を流しても、まともに発動させるには適性のある者が流す量の倍以上が必要になる。それに、得意な属性を流せない事の方が戦闘では致命的な問題だ。


「炎の魔法剣として作り直すか? 短剣なら二本は作れるぞ? リディーナには合わんが、イヴには適性があるだろう?」


 古龍の素材をイジれるとあって、ゴルブの顔がほころぶ。ドワーフの職人にとって、この世界最高の素材を扱えるのは至上の喜びであり、それはゴルブも変わらない。酔ってもいないのに細剣を手にしてゴルブは興奮を隠しきれない。


「じゃあ、イヴ用に頼む」


「それなら、あの娘に直接会って特注してやらなきゃな!」


 剣は使用者の技量や身体に合わせて、形や長さ、重量、重心の位置などを決めて作成した方がいい。既存の武器に身体を合わせることも出来るが、使用者専用に特注した方が習熟期間が短くて済むからだ。イヴのように未成年で身体が成熟してない者なら尚更だった。刀剣などの近接武器はそれを手足のように扱えなければ到底実戦では使えない。あまり時間の無いレイ達にとって、武器の習熟期間は短いに越したことは無い。


「リディーナの――」


「娘はどこだ? 何してる、早く行くぞ!」


「待て」


 席を立ち、早く取り掛かろうと興奮してレイを急かすゴルブ。レイはその襟を掴み、強引に席に引き戻した。


「まだ話は終わってねえ!」

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