第462話 警告

 数日後。


 冒険者ギルド、カーベル支部の執務室では、そこに集められた誰もが口を閉ざしてテーブルに置かれたを見ていた。誰がいつ置いたのかも分からず、発見したままの状態にしてあったそれは、ベリウスの生首だ。


 執務室にはギルドマスターであるアイザックと秘書のターナー、ゴルブ、S等級冒険者『処刑人』の二人、そして、本部にいるはずのトリスタンの姿があった。


 トリスタンは、前日にカーベルに来ていた。『S等級』の三人に志摩恭子の護衛の指令は出していたものの、本部から出発した魔導列車にレイ達が乗っておらず、その行動を予測する前には動けなかった。また、武装豚鬼の対処や各国への根回しで奔走していたこともあり、すぐには本部を離れられなかったのだ。


 トリスタンとゴルブが志摩達より早くカーベルに来れたのは特殊な方法によるものだが、誰でも使える方法ではなく、現在では二人にしか使用できない。カーベルに到着したトリスタンは、ゴルブと合流しベリウスが消えた経緯は聞いている。話を聞きながら支部に訪れた二人は、出迎えたアイザック達と共に執務室に入った時に首を発見し、トリスタンは慌てて『処刑人』の二人を招集した。



「「「……」」」


 ベリウスの生首を前に、誰も声を発しない。高級宿でのベリウスの所業を知っているアイザックとターナーは、特徴的なドレッドヘアと顔から生首がベリウスであることは分かったが、うろこ状の皮膚に変貌している不可解なことと、あの男が殺された事実に驚いていた。


 アイザックとターナー以外の者はベリウスのことを知っており、苦痛に歪んだ死に顔と変質した皮膚を見て不意を突かれたわけではなく、ベリウスが滅多に見せない戦闘モードで戦い、殺されたのだと分かっていた。うろこ状の皮膚は周囲の景色に擬態できるだけでなく、硬度も飛躍的に上がる。ベリウスは圧倒的な膂力と防御力、再生能力を持つ。そして、ベリウスの気性を知る者は、苦痛とも恐怖ともとれる表情のまま殺されてることに驚いていた。


 無論、トリスタンとゴルブはそれを誰がやったのかは分かっている。生首と共に置かれている一枚の紙を見てもそれは間違いなかった。


 紙には『勇者リスト』と表題にあり、名前と特徴、能力などが大陸共通語で書かれていた。当然、判明していないものについては書かれていない。


 しかし、トリスタンと『処刑人』の二人だけは、欄外にあるエルフ語で書かれた『処刑人』二人の名前と能力に目を見開いていた。


「嘘だろ……?」


 ダークエルフの見た目が若いガーラは呟いた。ベリウスが自分達のことを喋ったことも驚きだが、ベリウスも知らない内容も書かれており、それが不思議だったのだ。


「どうやら宿での行動が知られていたようだねぇ」


 そう言って、老婆のバヴィエッダは驚くガーラとは逆に落ち着いており笑みさえ浮かべていた。書かれていた内容は自身の能力について詳しくは書かれていない。ベリウスも全ては知っておらず、この街での自分達の行動を振り返り、老婆はそう判断していた。


「見張られてたと言いたいのか? オレがそれに気づかなかったと?」


 バヴィエッダの言葉に、ガーラは信じられないといった感情を露わにする。


「彼なら可能だ。何故ならこの僕も彼には気づけない。信じられないだろうが、密室で背後から殺されかけたこともある。過去の『勇者』達より遥かに実力は上だよ。キミ達を彼が監視していたとしてもおかしなことじゃない」


 二人の間にトリスタンが口を挟んだ。


 エルフ族は精霊が見える。無論、はっきり見える者から感じることしかできない者まで個人差はあるが、それはダークエルフも変わらない。精霊がはっきり見える者にとって、周囲の精霊の密度により異変に気づくことが出来る。巧妙に姿を隠していても、人が存在する周囲には精霊の密度が異なり、精霊が見える者にとっては姿を誤魔化すだけではその存在を隠せない。


 しかし、レイの場合はまるで精霊に意思があるかのように、レイが隠密行動時にはそれに呼応するように自然の状態に同化する。精霊が見えるエルフ族が注意深く警戒していても、精霊の有無や密度からでは異変に気づけないのだ。過去に「精霊を従えるように」とリディーナがレイを評したが、精霊が自発的にそのようなことをするのは、精霊の存在を認識できる者の常識には無い。


「バカな……」


「誰なんだい?」


 信じられないといったガーラを他所に、バヴィエッダがトリスタンに尋ねる。


「……」


「まあ、言えんだろうなぁ グビリ」


 ジョッキを片手に、ゴルブが言う。


「ひょっとしたら、今もこの部屋にいるかもしれんぞ?」


「「え?」」

「「「ッ!」」」


 慌てて席を立ち、訳も分からず辺りを見回すアイザックとターナー。二人以外の者は視線だけ動かし周囲を見る。しかし、部屋内におかしな点はない。


 トリスタンはゴルブに言われるまでも無く、ベリウスの首が置かれてる時点でレイに監視されてることを想定している。ゴルブから聞いたベリウスの行動を考えると、怒りを買ったのはベリウス個人だと思われた。リストの存在と『処刑人』の二人がまだ生きていることがその証だが、レイの思惑が分からないトリスタンは言葉を選ぶ必要があった。


 神妙な面持ちで黙るトリスタンに代わりゴルブは言葉を続ける。


「ベリウスのことは自業自得だ。こやつは止めるのも聞かずあの娘を追って行ったからな。それに、その途中で無関係な人間を何人も殺したらしい。同情はせん」


 街中でのベリウスの所業は多くの人間に目撃されており、街の衛兵からも冒険者ギルドに問い合わせがあったりとアイザック達はその処理に追われた。『S等級』の冒険者は何をしても罪には問われない。しかし、それを知るのは一部の限られた者だけだ。


 カーベルはジルトロ共和国の一都市であり、ジルトロは議会制の国である。街の運営も議会によって決められ、議会を構成する地方議員は何人もいる。その中でも『S等級』の存在と特権を知る者はこの街の代表議員だけだ。ゴルブから経緯を聞いたアイザックは代表に会い、事情を説明した。幸い、この街の代表議員が元は高位貴族の古参議員で『S』の脅威を知っている者だから良かったが、そうでなければ穏便に事を収めることは難しかっただろう。


 取り締まれないから罪に問えないことに納得できない為政者は多い。強大な魔物の存在や、人外の力を実際に体験したことのある者が少ないからだ。いくら強いといっても無法を容認することなどまともな為政者なら容認できるものではない。だが、人の手では対処が不可能な事態を知る者にとってはそうではなかった。


 ベリウスのような者も必要悪として容認せざるを得ないのがこの世界の現状だった。『龍』のような街一つ消滅させられる存在と、それに対抗する手段が無いからだ。仮にベリウスを始末しようとすれば多大な被害が出るだろう。並の人間では何百人いても皆殺しになり、優秀な者も大勢失われる。街を守る戦力が失われれば、後に待ち受けるのは魔物か野盗に蹂躙されるか、食料を確保する手段を失い住民が飢餓に苦しむ未来しかない。


 討伐か自由か、どちらを選んでも損害がでるなら自由を与えた方が被害は少なく、危機的状況に備えた戦力と考え飲み込むしかないのだ。


 しかしながら、全ての『S等級』がベリウスのような無法者ではない。魔王の残党である『処刑人』の二人が分別のある行動をしているように、問題を起こす者は稀だった。トリスタンが問題のあるベリウスを始末しないのは単純に手が足りないからだ。『龍』のような人間が対抗できない魔物は大陸中に存在する上、A等級冒険者のような強者に対処できる者も少ない。大陸全土の人間社会を守る為には殺人鬼であろうと利用せざるを得ないのが現実だった。



「ベリウスのことはもういい。犯人のことも詮索は無用だ。それより、この紙を残したということは僕達、いや、キミ達二人への伝言だ。護衛の際に役立てろということだろう」


 ガーラとバヴィエッダ、二人のことを人間には読めないエルフ語で書かれていたことからトリスタンはそう判断した。それと同時にお前達を知っているという警告でもある。ベリウスの首を残していたのも、お前達も殺せると言いたいのかもしれない。


「馬鹿にしやがって……」


 ガーラが呟く。ベリウスごときを殺したからといって自分より上に立っているような主張に苛立ちを隠せなかった。


「よせ。今世の勇者は過去の勇者に劣るとはいえ、『勇者』であることには違いない。その『勇者』を彼は既に十人以上殺してる。僕達が総出で掛かっても勝てない男だよ。彼は一人でメルギドの炎古龍を討伐してるんだ。『勇者』も『古龍』も単独で討伐できる者を僕は他に知らない」


「なん……だと?」


 ガーラだけでなく、バヴィエッダも驚いた顔になった。


「これ以上は言えない。ゴルブじゃないが、彼が今ここにいて聞いてても不思議じゃないんだ。彼に、いや、彼等に対して何かしようとは絶対に思うな」


 額に汗を浮かべるトリスタン。レイが他人のことをなんとも思ってないのは十分理解している。レイの恐ろしいところは怒りを買えば単純に殺されるだけでは済まないということだ。ベリウスの苦悶の表情もそう訴えている。


 ガーラは信じられないという思いはあったが、トリスタンの表情と反論しないゴルブの態度に思考を切り替えた。真偽はどうあれ、これ以上、ベリウスを殺した犯人について追及した場合のリスクを察したからだ。かつて『魔王』と『勇者』の戦いに参加した者にとって、自分より強い者などいないという考えを持つ者はいない。相手が自分達より強いなら、深く詮索するのは危険だ。ガーラとバヴィエッダ自身、自分達を調べようとする者を始末してきたのだから当然だった。



 バヴィエッダがテーブルに置かれた紙を手に取る。


「私らの知らない能力ばかりだ。これは死ぬかもしれないねぇ」


 リストに書かれた内容を読んで、バヴィエッダはガーラを見た。


「ふん、死ぬことなんかどうでもいい。問題は死に方だ。そこにある『暗黒騎士』に殺られるのだけはごめんだ」


「たしかに。『魔剣士ライアン』のようにはなりたくないもんだ」


「「……」」


 今もフィネクスの地下遺跡で彷徨っているであろう、かつての戦友のことを思い、トリスタンとゴルブの表情が曇る。暗黒属性の持つ恐ろしさは二人も理解していた。リストにあるナツキ・リュウ・スミルノフにだけは殺されたくないと思うのは二人も同じだった。


「まあ、依頼人でもある護衛対象がここへ到着するまであと五日ってとこだが、護衛計画はそれからになるねぇ。なんせ、オブライオンへ行ってからどうするのか何も知らきゃどうしようもないからね」


「五日後……オババが言うならそうなんだろうね。それじゃあ、それまではくれぐれも大人しくしていてくれ」


 トリスタンの言葉に無言で頷いたガーラとバヴィエッダは席を立ち、執務室から出て行った。


「さて、アイザック。それとターナーだったかな? 困惑してると思うけど、今からちゃんと説明する。でも、ここでの会話は他言無用だ。漏らせばこうなっちゃうかもしれないから気を付けてね」


「「はい!」」


 テーブルの生首を見ながら、アイザックとターナーは二人揃って泣きそうな顔で返事した。

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