第461話 始末

「な、なぜそれを……」


 ベリウスは目の前の男がなぜ『処刑人』の二人を知っているのかに驚く。それに、特に仲が良いわけではないが、二人のことを話すわけにはいかない。仮に二人のことをレイに話した場合、話す前に死ぬことになる。ベリウスが今まで二人に手を出さなかったのは自分では絶対に勝てないばかりか、戦いにすらならないからだった。


「その様子だと知ってるな? 一つ言っておくが、あのババアは、お前のことは見捨ててるみたいだぞ?」


「なにっ!」


「センマジュツだったか?」


「ッ!」


 ベリウスは大きく目を見開いた。『占魔術』のことを知って、目の前の男が生きてるはずがないからだ。それを調べようとした者で生きている者はいない。調べようと行動を起こす前に察知されて事前に始末されるからだ。自分が見捨てられるのは構わない。そこまでの仲ではない。だが、あの占いを知って、今も生きて行動している男の存在が信じられなかった。


『占魔術』が通じない相手は過去に『魔王』か『勇者』しかいない。そう、聞いたことがあるベリウスは自分の予想が外れたことに気付く。黒髪に暗黒属性を使うレイを、ベリウスは当初、自分と同じ魔王の血を引く者だと推測した。しかし、いくら魔王の子孫とはいえ、暗黒属性を扱えた者はいない。それに『占魔術』のことを知っていながらその詳細を聞いてくるのだからあの二人の仲間でもない。今も殺されていないことから、考えられる可能性は一つしかなかった。


「ま、まさか、い、異世界人……なのか?」


「……」


 レイは答えずに、刀を捻った。


「んぐぅぅぅ」


 激しい苦痛が襲う中、ベリウスは覚悟を決める。相手が異世界人なら『魔王』や『勇者』と同じだ。自分がどう抗おうが無駄だと悟った。『魔王』や『勇者』に対しては隷属か死、そのどちらかしか選べないからだ。



「ん?」


 ベリウスの口から血が溢れ出した。自分の舌を噛み切り、自殺を図ったのだ。全てを喋っても、目の前の男が自分を殺すつもりなのは分かっている。どうせ助からないのなら、暗黒属性で殺されるのだけは何としても避けたかった。


 しかし、その望みは叶わない。


 ―『再生』―


 レイはベリウスの下顎を掴み、力ずくで口を開かせると手を入れて舌の肉片を取り除き、再生魔法を施して舌を再生させた。


「知らないようだから教えてやるが、舌を噛み切ったぐらいじゃすぐには死ねない」


 ベリウスは得体の知れない恐怖に襲われる。暗黒属性を行使する者が回復魔法を使えるはずがない。相反する属性を扱える者など存在するはずがないのだ。自殺を阻止されたことよりも、理解不能な力を振るうレイに激しく混乱し、恐怖を覚えた。


「だが、何度も噛まれちゃ面倒だ」


 そう言って、レイは身体強化を施し、ベリウスの上あごの歯を一本一本手で抜いていった。


「があ゛ぁぁぁあああ」


 悲鳴を上げながら無理矢理歯を抜かれていくベリウス。馬乗りになり尋常ではない力で身体と顎を押さえつけられ、身じろぎすらできずに上あごの歯を全て抜かれた。レイはご丁寧に抜いたそばから軽く回復魔法を掛けており、ベリウスが気絶しないよう調整していた。歯を麻酔無しで抜かれる激痛と、回復魔法による安らぎが交互に訪れ、誰もが経験したことの無い拷問にベリウスの心は粉々に打ち砕かれた。


 上あごの歯を全て抜き、鞄から取り出した布で手を拭きながら、レイは再度同じ質問をする。



 知る限りのことをしゃべり、暗黒属性で殺すのだけはやめて欲しいと懇願する姿は以前のベリウスとは別人のようになっていた。


 …

 ……

 ………


「ま、待っへくらはい! 全へ話ひまひたっ! 暗黒属性たへは――』


「自分だけ望み通りに死ねるなんて虫が良すぎる。あの世でも苦しむんだな」


 斬ッ


 全ての質問に答えたベリウスは、暗黒属性を帯びた黒刀で首を刎ねられた。暗黒属性で殺されれば死後も永遠に苦しむなどレイは信じていないが、ベリウスがそう信じているのなら利用するまでだ。


 首を刎ねた後に『魔封の鎖』を取り払ったレイは、ベリウスの首を魔法の鞄に仕舞うと、残った死体を燃やして灰にし、刀を鞘に納めようとした。


『わっちも拭いてくんなまし!』


「お前は汚れないだろう? 血糊もつかないのに何言ってんだ?」


『汚いモノを何度もグリグリしたでありんしょう!』


「……」


 レイは黙って鞄から取り出した布で刀身を拭い、鞘に納めた。クヅリに指摘されてそのまま仕舞う気にならなかった。汚れていないからといって、野郎の股間を突き刺してたのだから気分の問題だ。


 そして、話題を逸らすようにクヅリに呟いた。


「しかし、ダークエルフか……あの若い女も三百歳以上とはね。女は見た目じゃわからんな」


『リディーナも見た目どおりじゃないでありんす』


「……言うな。俺よりちょっと年上なだけだ。今の話は忘れろ。それより、予想はしてたが、奴らの主人はトリスタンか。エタリシオンで死ねないだのぬかしてたのはそういうことだったってわけだ」


『殺してたら面倒だったかもしれないでありんすね~』


「かもな」


 奴隷の首輪は主人が死ねばその効力が一時的に失われる。宿にいた二人の女は分別のある行動をしていたようだが、ベリウスと名乗った男は縛りが無くなればどんな行動をとっていたか分からない。レイにとっては力と頑丈だけが取り柄の存在など脅威ではないが、普通の人間にとっては違う。現に街では無関係な人間が犠牲になっている。トリスタンが死ねば、奴隷から解放され脅威になるのは目に見えていた。


 そんな危うい人間を冒険者ギルド、トリスタンが使っていることに普通の者なら疑問や反発を抱くだろう。だが、現代地球において、レイはベリウスと同じ立場だった。紛争地域における暗殺任務を傭兵時代に行ったことがあるレイは、その依頼主が政府だったこともある。正規の軍隊が使えない地域や状況で、レイのようなどこの国の軍にも所属してないフリーランスを雇うことは珍しいことではない。正規軍を使ってそのことが露見すれば国際問題になるケースも多く、作戦によっては法を犯す必要もあるからだ。万一、作戦が失敗して死亡したり捕虜になっても依頼元は責任を追わずに済むし、正規軍よりコストがかからない。今尚、使い捨ての傭兵は腕がいいほど需要があるのだ。


 強大な魔物の脅威があるこの世界では、ベリウスのような男にも利用価値があるだろう。かつて『古龍』と対峙したことのあるレイからすれば、普通の騎士が数千人で対処しても討伐は不可能だと思える。傍若無人な振る舞いに目を瞑っても、ベリウスのような男を確保していたのはこの世界ならではの理由に理解はできた。街の人間が気まぐれで何人殺されても、数百、数千の人間が犠牲になる『龍』に対抗できるのなら始末するより利用する方がいい。世の中は綺麗事だけでは成り立たないのはどの世界も同じということだ。



ベリウスコイツなら『勇者』の何人かは殺せたかもしれないが、全員は無理だし、相性によってはすぐに殺られるだろう。残り二人の『S等級』も話を聞く限り暗殺向きではあるが、異世界人を占えないなら勇者の攻撃に対しては受け身になる。有利には戦えないだろうな。それに……」


『それに?』


「女神が異世界人には異世界人をぶつける理由だ。こっちの人間は魔力に頼り過ぎてる。俺のいた世界で『科学』が無ければ何もできないのと一緒で、魔力を封じられた場合、こっちの世界の強者ほど無力になるからな」


『魔力に由来しない『能力』を持つ勇者の前では無力になりんすね』


「そうだ」


 仮に、リディーナが魔力を封じられた場合、天使系の能力持ちの勇者には勝てる可能性は低いだろう。川崎亜土夢や佐藤優子のような者が『魔封の結界』を展開した場合、素の体力や技術が勝敗を分けることになるが、『聖剣』や『聖弓』などの武装を考えると、技術に差があっても圧倒的に不利なのだ。


 以前、対峙した九条彰のように、魔力を封じる有効性は勇者側も分かっている。レイ達は魔力を封じられた状況を想定した訓練も行ってはいたが、『聖剣』に対抗できる近接武器はレイの『魔刃メルギドクヅリ』しかない。


「S等級を何人揃えても一部の勇者には敵わない。が、一人でも殺せればこっちの手間は省ける。勇者の情報をあの二人に渡すのもいいかもしれんな」


『囮にするんじゃないんでありんすか?』


「それは変わらない。あの二人なら、相手の情報があれば勇者の何人かは殺せるだろう。相手が川崎や佐藤なら無理だろうが、それ以外の勇者なら可能性はある。勝てないまでも善戦してくれれば情報収集が捗るからな」


『相変わらずでありんすね~』


「俺は正義の味方じゃない」


 レイは自嘲気味にそう言うと、屋敷に向けて歩き出した。


『そう言えば、何で首は燃やさなかったんでありんすか?』


「少し気合を入れてやろうと思ってな」

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