第460話 暗黒属性
「他人を平気で殺すクセに、いざ自分がやられそうになると命乞いするような奴には反吐が出る」
レイはそう吐き捨てる。だが、ベリウスの動揺は殺されるという恐怖からではない。過去に見た暗黒属性の恐ろしさを思い出したからだ。かつて、魔王が行った凄惨な所業は、二百年経った今でもベリウスの脳裏に焼き付いていた。
全てを無に帰す暗黒の力。その力に抗えるのは聖属性だけだ。しかし、治癒魔法などで知られる聖属性を「力」に転化できる者は殆どいない。一部の高位聖職者が『聖炎』や『聖水』などを発動できるが、暗黒の力に対抗できるほどの威力を出すことは難しい。純粋な聖なる力を攻撃に使用することは特性の矛盾に繋がり、破壊衝動や殺意があれば聖属性の発動自体が困難だからだ。
意図して発動できる者は『女神』や『天使』の寵愛を受けた者、もしくは魔法の理を真に理解している者だけだ。『聖剣』を授けられた『勇者』や、あらゆる魔法を自在に操ったとされる『古代人』のお伽話以外に、ベリウスはその存在を知らない。
そして、もう一つ。ベリウスが恐れるのは、暗黒属性で殺された者は、死後も安寧は訪れず、未来永劫苦しむと信じていたからだ。聖なる天使と相対する悪魔の力が暗黒属性であり、天使を永遠に葬る力との認識が、当時、『勇者』と『魔王』の戦いを経験した者達の中ではあった。事実、暗黒属性で傷ついた者はどんな回復手段でも癒すことができなかったことからも、そう信じられていたのだ。
そのような迷信めいた考えなど知らないレイは、容赦なく黒刀を振るう。
「や、やめ……」
レイは鎖で繋がれたベリウスの腕に黒刀を差し込み、器用に下腕部を切断して肘から下の腕を切り取り出した。両足と同じように腕の傷にも血は一滴も出ていない。斬られた痛みと共に、もう二度と足や腕が再生されないという事実にベリウスは顔が青くなる。
「自己再生能力がある人間がいるとはな。
リディーナに切断された箇所が、普通とは異なる治り方の傷口をまじまじと見ながらレイが呟く。
『
唐突にレイの持つ黒刀、『魔刃メルギド』のクヅリから声があがった。
「クヅリ……前に見たのと随分違うぞ?」
竜人は以前、マネーベルで起こったスタンピードで見たことがあった。不死化した死体ではあったが、ベリウスと違い、額に角が生え、皮膚の形状も人間に近かった。ベリウスのように、一見して爬虫類を思わせるほど異形ではない。
『獣人と同じように竜人にも種族がありんす。獣人と違って魔素の影響を強く受けんすから、種族によって特徴が違いんす』
「リディーナが死の大陸出身かもと言ってたが、関係あるのか?」
『死の大陸が何のことかは分かりんせんが、魔素の濃い地域なら異形になりんす』
「……まるで魔物だな」
魔の森と呼ばれる魔素の濃い地域では、そこに棲む魔物は非常に強力な個体が多い。逆に魔素の濃度が低い平地などは魔物は獣と変わらない程脅威度が下がる。仮に魔の森のような魔素の濃い地域で人が生まれ育っていれば、強靭な亜人種が生まれてくるのは必然かもしれない。
「俺は魔物じゃねえ」
「……」
両足と片腕を切断され、顔が青くなっていたベリウスが呟く。何か癇に障ったのか、先程とは一変して語気を荒げた。
「その真っ黒な髪に暗黒属性……お前ぇも俺と同じ、魔王の末裔だろうが」
「黒髪? 魔王の末裔だと?」
「とぼけやがって……それとも何も知らねぇのか?」
「……まだ立場が分かってないようだな」
レイは黒刀を振ってベリウスの右目を斬り裂いた。
「ぎゃっ」
続いて刀の刃先をベリウスの片耳に刺し入れる。
「あぎ」
「さっきは始末すると言ったがな。両手両足、目と耳、喋る口を失って生き地獄を味わってみるか?」
ベリウスはそれを聞いて息を呑む。エルフの女に斬られた手は再生しつつあるが、黒刀で斬られた片腕と両足、片目と片耳は全く再生する気配が無い。暗黒属性なのは間違いなかった。目も見えず、何も聞こえず、手足が無くなる。声が出せなければ自分の意思を伝えることもできない。ひと思いに殺してくれた方が遥かにマシと思えることだったが、暗黒属性で殺されれば死んでも未来永劫苦しむことになる。そう信じているベリウスにはどちらも絶望しかなかった。
「理解したか? 死んだ方がマシだと思っただろう。だが、お前に死に方を選ぶ権利はない。勿論、生き方もな」
レイはベリウスの残る左目に刀を突きつけ、言葉を続けた。
「さっきの続きだ。今度は口の利き方には気を付けるんだな」
レイにとってベリウスのことなどどうでもよかった。無関係な人間を虫ケラのように殺し、リディーナを傷つけた男に生かしておく気など毛頭ない。必要な事を聞いたらさっさと始末したかったが、男の発した言葉が少し気になった。
レイの肉体は女神が作ったものであり、何らこの世界の人間の血統ではないので魔王とはなんら関係が無いはずだ。
「俺には魔王の血が入ってる。お前らが死の大陸と呼んでる地では、王族に魔王の血を迎えることが栄誉なことだった」
「魔王の血……つまりは子供を作らせたってことか」
「作らせたってのは少し違う……かつて、あの大陸には様々な国や部族が存在していた。それらを統一したのがお前らが魔王と呼んでる存在だ。当時は魔王じゃなく英雄と呼ばれていた」
その後、ベリウスは淡々と死の大陸の歴史を語りはじめた。
魔王は力や恐怖で国々を支配していた訳ではなかった。この世界に突如現れ、その強大な力で周囲の魔物を討伐し、国を平和に導いた。魔物の脅威に脅かされていた国々は、魔王を英雄と仰ぎ、その国の傘下に自ら下って庇護を受けていたのだ。
そして、各国の代表である王や族長は魔王の血を欲した。魔王と自国の王族との子を自領の王にすることで、魔王の国の庇護は受けつつも、強大な魔王の力を取り込みたいという思惑があったからだ。遺伝という概念が存在しないながらも、親の才能が子に受け継がれるという認識はどの世界も同じだ。各国の代表は魔王の元へ自国の王族を差し出し、子を作らせた。
「信じられないだろうが、当時の魔王は平和主義者だったらしい。力で国を支配してた訳じゃなく、大陸中で起こっていた戦争も止めてたって話だ。だが、傘下に入った国同士は違う。魔王の国の傘下には入ったが、戦争をしていた国同士は絶えず反目してた。魔王に戦争を禁じられてたはいたが、魔物が完全に駆逐されたわけでもなく、水面下では力を欲し、魔王の血を取り込んで他国より優位に立つことを考えた。優秀な王族を魔王の元へ送って子をせがんだんだ。だが、魔王はそれを拒否した」
「なら、お前の存在はなんだ? 直系とでも言いたいのか?」
「いや、最終的には十人の子が生まれた。俺はその内の一人、竜族の子だ。当時の経緯は知らねぇ。なんせその頃、俺は生まれてねぇからな」
「十人? 少ないな」
大陸中の国々を傘下に治める皇帝のような存在。それも、各国の代表にせがまれるような状況でたった十人しか子を残していないのは少なすぎるとレイは感じた。地球の古代史を知る者なら、力のある王ほど子孫を多く残しているからだ。
「お前のように性欲旺盛ってわけじゃなかったみたいだな。……いや、まて。魔王は女だったのか?」
「女なら王なんて言わねぇだろうが。男に決まってんだろ。大陸中からいい女が集まって来るのにヤらねぇなんて信じられ――あ゛ん゛」
レイの黒刀がベリウスの股間に突き刺さった。苦痛を与える為に、刀身に魔力は流していない。反応を見る限り、暗黒属性で傷つけた部分は元から無かったかのように消失し、痛みは少ないようだからだ。レイは刺した刀を左右に動かし、傷口を広げるようにしてベリウスの股間を甚振った。
「口の利き方に気をつけろと言った」
「あ゛んぐぅぅぅぅ」
ベリウスの顔が苦痛に歪む。
「続きだ。その平和主義者だった魔王がなぜ、暴走した?」
「し、知らねえ……です。あ、ある日突然、し、死の軍団が……自分の国も子も、全てを消しはじめた……」
「そして勇者が現れた、か」
「そうだ……んぐぅ! ……です」
その後のベリウスの話で、魔王と勇者の戦いで大陸にあった国と民が滅んだことが分かった。正確には勇者が現れた時には、既に死の大陸と化し、不死者が跋扈する世界になっていたらしい。あとはこちらの大陸のお伽話と似た話だった。
魔王とは何なのか、ベリウスの話からでは分かりそうもない。長く生きているようだが、魔王の存在を詳しく知っているわけではないようだ。魔王に対するイメージが少し変わったレイだったが、今知りたいのは魔王のことではない。
レイはベリウスの股間に刀を刺したまま質問を続ける。
「お前みたいなヤツが冒険者ギルドの言う事を聞いている理由と、連れの『S等級』のことを話せ。具体的にはその首輪の主人が誰なのかと、若い女とババアの特技、能力についてだ」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます