第459話 引継
「お帰りなさいませ」
リディーナとブランが屋敷の門を潜ったと同時に玄関からイヴが出てきた。
その手には地球のM60重機関銃に似た、魔導重機関銃が握られ、黒光りした予備の弾帯を体に巻きつけており、腰には各種手榴弾がいくつも装備されていた。
「あら、何その格好? 私が殺られると思った?」
「い、いえ、これは……」
「俺が武装しておけとイヴに指示したんだ。リディーナを疑ったわけじゃない」
「レイ!」
『アニキ!』
光学迷彩を解除したレイがリディーナのすぐそばに現れた。屋敷の敷地に入り、イヴの姿を確認したからといって、リディーナは気を抜いていたわけではなかったが、レイが姿を現すまでブランと共に気付けなかった。
風を操り、動く者を捉えられるからと言って、意識して行わなければ気付けない。しかしながら、普段の訓練でもリディーナはレイを捉えることが未だできないので軽い自己嫌悪に陥る。風を利用して動く者を捉えようとしても、レイ自身が風魔法を使えばそれをかく乱することが出来てしまうので、室内ではともかく、野戦においてはリディーナはまだレイには敵わない……と、本人は思っている。
因みに光学迷彩は対獣人用に臭いを遮断する仕様になっているのでブランの鼻でも気付けない。
レイは『光学迷彩』という便利な魔法を生み出した一方で、それが自分しか使えないとは思っていない。自分にできることは相手もできると想定するのはベテラン兵士なら当然の考え方だ。リディーナやイヴにも常日頃そう指導しているし、実際に訓練も行っている。全ては慢心による油断をしない為だ。
レイの接近に気付けなかったことで、バツの悪そうなリディーナは、話題を逸らすように事の顛末をレイに話そうとする。
「落雷のあったあたりから見ていた。随分タフそうな相手だったみたいだな」
「むぅ……」
自分の行動を見られていたことにも気づけなかった自分にむくれながら、リディーナははじめから経緯を話した。
…
「なるほどね……」
「あのまま放っておけなかったし、私達を狙ってきたから始末しようとしたんだけど、コイツって本部がよこした志摩恭子の護衛でしょう?」
「そうだな。俺が宿で確認した奴の容姿とは随分違うが、背格好と髪型は同じだ」
白目を剥いて、意識を失っているベリウスは、皮膚が鱗状で純粋な人間では無いように見える。しかし、レイ達が気になったのは斬り落とされた手首からは既に血が止まっており、傷口が盛り上がっていたことだ。
「再生能力もあるみたいだな。まるで蜥蜴だ」
「こんな種族は見たことないわ。……多分だけど、『死の大陸』出身かもしれない」
「死の大陸……」
「この大陸とは別の大陸。かつて、魔王が支配していた大陸で、二百年前に当時の勇者が旅したところよ。そこにはこことは違う生態系があって、人が住めない大地が広がってるらしいわ」
「人が住めないのに、そこ出身ってのは訳がわからんが……」
「私だって詳しくは知らないわ。魔王がいた時代はこの大陸と同じように国や集落があったって話だし、なんで『死の大陸』なんて呼ばれてるかもわからないもの」
「誰も行ったこと無いのか?」
「勇者一行以外は聞いたことないわ。その大陸に行くには『サイラス帝国』領を通らなくちゃいけないらしいけど、閉鎖的な国で私も実際には行ったことないから詳しくは知らないわ……あ、お爺ちゃんなら知ってるかも」
「……ゴルブの爺さんか」
リディーナとイヴはこの男に投げ飛ばされて遠くに消えたゴルブのことを思い出す。
「あの後、どうなったんでしょうか?」
「まあ、死んではいないと思うけど……」
「爺さんがどうした?」
「この男に投げ飛ばされて街はずれに消えちゃいました」
「何やってんだ、あの爺さん。まあいい、先にコイツから話を聞くか……」
そう言って、レイはベリウスに繋がれた鎖を持って屋敷の外へと引きずる。
「ここでやらないの?」
「あんまり汚したくないからな。二人は屋敷にいろ。コイツの他に『S等級』が二人いる。コイツとは仲が良くないみたいだが、ここへ来る可能性もあるからな。警戒はしておいてくれ」
「どんな奴?」
「灰色の外套を着た若い女とババアだ。詳しくは戻ったら話す」
「……わかったわ」
「すぐ戻る……が、その前に」
「あ……」
レイはリディーナの頬に手を当て、擦り傷を綺麗に治すと、残りは後でゆっくり診ると言って、ベリウスを引きずって森へ消えた。
…
……
………
人気の無い森の中へ、ベリウスを引きずってきたレイは『魔封の鎖』をベリウスの胴体に巻き付け、腰の黒刀を抜いた。
「足はいらないな」
レイはベリウスの両足をひざ下から切断すると、足首につけられた『魔封の手錠』を回収する。レイがベリウスに巻いた鎖は神聖国で暗部の人間が使っていたもので、ダニエから手に入れていたものだ。レイは密かにダニエから暗部の使用している技術や器具を受け取っていたが、それはリディーナ達には内緒だった。
「とっくに意識が戻ってるのは分かってる。足を切断されても呻き声すら上げないのは感心するが、再生するのを見越してるなら無駄だ」
「……」
レイの言うとおり、ベリウスは既に意識が戻っていた。魔封の手錠をはめられ、魔力が出せなくとも己の膂力なら鎖を引き千切ることは容易い。それに、失った両手も時間は掛かるが種族特性により再生できることは事実だった。隙を見て掴めばあの素早いエルフを殺せると思っていた。
しかし、腕ごと巻かれた『魔封の鎖』は巧妙に力が出せないように巻かれており、身体強化無しでは厳しかった。なにより、自分の足を軽く振っただけで切断するような剣は完全に計算外だ。
「……あのエルフといい、なんなんだテメーらは」
「質問するのは俺でお前じゃない。さっきはああ言ったがな、実は街でお前が無関係な通行人を殺してるとこから見てた。まともに死ねると思うなよ? 聞きたいことを聞いたら始末するが、素直に話せば苦痛は少なくなるかもな」
「馬鹿かテメー。死ぬと分かってて誰が素直にしゃべるんだ?」
「お前のようなタフガイ気取りの口を開かせるのは結構簡単なんだよ。手足を斬られても再生できるからそんな自信満々でいられるんだろうが、永遠に失われたままだとしたらそんな態度でいられなくなるだろう……話すさ」
肉体に自信がある者程、体が欠損時にはあっさり心が折れる。力で他人を屈服させてきた者は特にそうだ。肉体派でなくとも、権力者も同様だ。信念もなく、力が己の根幹にある者はそれを奪うだけで自信を失う。レイは今までの経験でそれをよく知っていた。
「……は?」
ベリウスは斬られた両足に違和感を覚える。再生するどころか出血すらしていない。そのことに、ベリウスは初めて動揺する。
「な、何をした?」
「さあな。だが、お前の足は二度と再生しないとだけ言っておこう。まあ、これから死ぬんだから再生しようがしまいが関係ないがな」
レイの持つ『
暗黒属性の特性、それはあらゆる存在の破壊。消滅の力だった。
「バ、バカな…… ま、待て! やめろっ!」
ベリウスの目に、怪しく光る黒い刀身が映り、恐れおののく。その力の特性をベリウスは良く知っていた。
そして、それを扱えた唯一の存在を。
……『魔王』だ。
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