第453話 首輪
「「うっ……」」
カーベルの街一番の高級宿。その最上階に足を踏み入れたアイザックとターナーは、その光景に口元を押さえた。部屋の前の通路には、十数人のゴロツキらしき者達の死体が転がり、血と臓腑がそこら中に散らばっていた。
そして、その死体を避けながらベリウスが宿泊している部屋に足を踏み入れた二人は、再度、口を押さえた。部屋の至る所に裸の女が力無く転がっており、その数は数十人以上。中には息があるのかも怪しい女も散見され、廊下の死体と相まって異様な光景を作り出していた。
それを他所に、巨大なベッドの上では裸のベリウスが複数の女を侍らせ、その内の一人に激しく腰を振っていた。ベッド上の女達も皆疲れ切っているのか、うつろな表情で生気が無い。
部屋には汗と体液の臭いが充満しており、嫌でも二人の鼻孔を刺激する。
((うえぇ……))
「おう、おせーぞ。呼んだらすぐに来い。わかったな? わかったらさっさと外の
「つ、追加……?」
「あ゛ーーーっ!」
突然、ベリウスに腰を打ち付けられていた娼婦が泡を吹いて痙攣しはじめた。
「ちっ、また壊れやがった」
ベリウスは痙攣した女の足を掴むと、ベッドの上から乱暴に放り出し、隣でぐったりしている別の女の股を開いた。常人の何倍もある巨大なブツを強引に女に挿入すると、再度、腰を振りはじめた。
「あ、あの……娼館はもうこれ以上女は出せないと言ってまして……」
女に激しく腰を打ちつけているベリウスに、アイザックが恐る恐るそう切り出した。
娼婦の追加はこれが初めてではない。僅か数日でこの街の娼婦の半数を連れ込みながら、ベリウスは女を帰していなかった。派遣した娼婦を迎えにやった用心棒が帰ってこないと、娼館からギルドに苦情がきてアイザックとターナーはこの場にいる。
娼婦が帰ってこない理由は見てのとおりで、娼館の用心棒は廊下で死体になっている。そんな光景を見せられて、追加の女を娼館に頼めるわけがない。それに、ベリウスは女なら誰でもいいというわけではなく、容姿の良い女しか受け付けない。そのような女はもうこの街には残っていないのだ。
「そんなこと知るか。俺にとっちゃこんなのただの退屈しのぎなんだよ。娼婦が来ねーんじゃ、街に出てイイ女を見つけるか、強そうな奴をブッ殺して時間を潰すだけだ」
「そんな……それはちょっと……困ります!」
「なら、イイ女か、強い奴を連れてこい」
「「……」」
…
何も言えずにベリウスの部屋を出たアイザックとターナー。
「どうします?」
「どうしよう?」
「ちょっと、アイザックさん! しっかりしてくださいよ!」
人は、どうしようもない理不尽を強いられるとこうなる。そう思わされる程、アイザックは口が半開きのまま呆然とし、死体が溢れる廊下で立ちすくんでいた。
ターナーに両肩を揺らされながらも虚空を見つめるアイザック。
そこへ、同じ階の別の部屋の扉が開いた。
「うるせーぞっ!」
「「えっ?」」
部屋から顔を出し、アイザック達にそう叫んだのは、容姿端麗な若い女性だった。銀髪に褐色の肌、
ダークエルフだ。
「あ、あの……」
「あん? ギルマスのおっさんか? 丁度いい。ベリウスのクソと違う宿を用意しろ! うるせーし、臭ぇーし、こんなトコにいられるか! わかったな!」
そう言って、ダークエルフの女は部屋の扉を閉めた。
「あの声……それにあれは――」
「アイザックさん、あの声って前に会った『S等級』の女のですよね? ダークエルフだったんだ……初めて見ましたけど、すごい美人ですね……いや、エルフ族なら見た目どおりの歳じゃないんじゃ……って、アイザックさん?」
先程と同じように呆然としているアイザックだったが、頭の中では別のことを考えていた。
(以前は外套で分からなかったがあの首輪……同じ首輪がベリウスにもあった。あの男には首の他に手足にもついてたし、形も俺が知ってる『奴隷の首輪』とは違う……いや待て、奴隷の首輪? なんで俺はそう思った? 刻まれた
「どうしたんです? アイザックさん? アイザックさーーーん」
「あ、ああ、なんでもない……と、とりあえず、この死体を何とかしなきゃな……」
アイザックは頭に浮かんだ考えを振り払うように、目の前の死体に話題を切り替えた。
(まさか、魔王の残党なんてことは……)
アイザックの想像が正しければ、彼女達の機嫌は絶対に損ねるわけにはいかない。『S等級』であるということ以前に、その存在自体が非常に危険であるからだ。もし、彼らが奴隷の首輪の所為で依頼を受けているのだとしたら、彼らの主人は誰なのか? もう一人の女がそうであればよいが、そうでなければ……
(暴走したら、誰が止めるんだ?)
魔王の残党なら人間達のことなど何とも思っていない可能性が高い。『S等級』は何をしても罪に問われない特権がある。人を殺そうが女を犯そうが『S等級』を取り締まれないのだから仕方の無いことだが、度を越せば討伐の対象になる。人の社会や国家に害があると見なされれば、『龍』のように国やギルドが討伐に乗り出すことになるのだ。
しかし、それは甚大な被害が出た後の話だ。この街が滅ぼされた後のことなどアイザックにとっては関係が無い。今は自分と家族、この街の人間の命が彼らの機嫌一つで無くなるのだから堪ったものではない。他の『S等級』とは違い、彼らが 魔王の残党であれば、以前は人間の敵対者だったはずだ。今現在、彼らがどんな考えを持っているかは分からないが、人間を殺すことなど何とも思っていないだろう。
奴隷の首輪を制御する人間が近くにいなければ、機嫌を損ねた場合、どんな行動に出るか分からないのだ。
(本部は一体何を考えているのだ……というか、頼む! もう一人の女が主人であってくれ!)
「ターナー! ギルドに戻るぞ! 大至急、本部に確認する!」
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