第454話 処理
急いで支部に戻ったアイザックは、通信室で本部の応答を待っていた。
「……お待たせしました」
しかし、通信機に出たのはトリスタンではなく、女性の声だった。
「グランドマスターは只今外出中です。いつお戻りになるかは分かり兼ねます。……緊急の案件ですか?」
「本部から派遣されてる『S等級』に関して、グランドマスターに確認したいことがありまして」
「緊急ですか?」
「いや、緊急というわけでは……しかし、人の命に関わる事です」
「では、グランドマスターがお戻りになりましたらその旨お伝えしておきます。では ガチャ」
ツー ツー ツー
「嘘だろ? 切りやがった……」
女性の塩対応に唖然とするアイザック。実は、武装した豚鬼の討伐に本部の冒険者は勿論、周辺の支部や国の騎士団に応援を要請している状況な為、本部の職員は多忙を極めていた。それに、女性は『S』に関する情報を持っていないし、それを知っていたとしても話す権限などなかった。
盗聴の恐れの無い魔導通信とはいえ、第三者が迂闊に『S』の話をするのは非常に危険な行為だ。自分達のことを噂していると知っただけで、『S』は何をしてくるか分からない。本部で働いている女性はそのことをよく知っていた。この世界では沈黙は金……ではなく、沈黙は命だ。
…
一方、ターナーは、ベリウスが殺したゴロツキの死体の処理をしに、口の堅い冒険者を引き連れて、高級宿に戻ってきていた。
大きめの厚手の布に一体づつ死体を包み、二人一組で宿から運び出す。全ての死体を運び出したら、浄化魔法を使える者が血の痕を処理する。これが死体処理の一連の流れだが、この場にある死体は五体満足の綺麗なものだけでなかった。千切れた腕や足、飛び散った臓腑などが散乱しており、一つ一つ拾い集めて布袋に入れていかねばならなかった。
「おうぇ」
惨殺死体に慣れていない者が、血と臓腑の臭いに耐え切れず嘔吐した。冒険者が皆、死体に慣れているわけではない。ターナーもこの稼業が長いとはいえ同じだ。他の冒険者の手前、気丈に振舞ってはいるが、吐き気を堪えるのに必死だった。
(くそっ、酷い臭いだ……それにしても、一体どうやって殺したんだ?)
ターナーは吐き気を堪えつつ、損壊した死体を見て思う。どの死体も刃物による傷は見当たらず、無理矢理引き裂かれたような死体ばかりだ。それに、胸や頭にこぶし大の穴が開いている死体もある。どんな武器を使用すればこうなるのか……。
「まさか、素手……なのか?」
人間を素手で引き裂けるような者の存在は魔物以外にありえない。そうターナーは思っていた。十数人を一度に素手で殺すには一人に対して一瞬でそれを行わなければならない。どんなに膂力のある人間が身体強化を施したとしても、そんなことが可能な人間など、長年、冒険者ギルドで働くターナーでも思い当たらない。しかし、遺体の状態はそうとしか思えなかった。
(ベリウスは素手で人間をバラバラにできる……)
ガチャ
そこへ、当のベリウスが部屋から出てきた。
「あ、あの、ベ、ベリウス殿、どちらへ?」
「あー? 退屈だから街へ出るに決まってんだろ……邪魔だ、どけ」
ベリウスの威圧するような声に、ターナーと冒険者達は作業をする手を止め、一斉に道を開けて黙ってベリウスを見送った。
「「「ぶはーーー」」」
ベリウスが去り、重圧から解放された一同は、大きく息を吐いた。
「あ、あれは一体、何者なんですか?」
「聞くな。次に見かけても目を合わせるな。ここの処理が済んだら支部で報酬を受け取り、全て忘れろ」
ターナーは冒険者達にそう言って、死体の処理に戻らせ、自身は躊躇しながらも覚悟を決めてベリウスの後を追った。
(くぅ……嫌だ……こんなことしたくない。けど、あの男が街で騒ぎを起こすのは分かり切ってる。せめてその確認だけでもしないと……)
…
……
………
高級宿の同フロアにある別室。
「ベリウスは行ったのかい?」
「みたいだね。全く、煩いったらありゃしない。なんで大人しくしてられないかね、アイツは」
「未だに昔が抜けてないんだろーさ。放っておきな……どうせ、今だけさね」
「今だけ? いまなんて言った? まさか、視たのか?」
「……」
「答えろババア」
「……視た。ただ、詳細は分からない。アタシの『占い』でも視えなかったのは……とにかく、ベリウスは長くない。放っておきな」
「分からない? あんな奴のことなんかどうでもいい。だけど、ババアの『占魔術』で視えないってのはただ事じゃない……だろう?」
「アタシに視えないってことは、関わってるのは『勇者』や『魔王様』のようなこの世界の人間じゃないってことだ。……ひょっとしたらオブライオンの勇者がこの街にいるかもしれないねぇ」
「視えないのに、ベリウスが長くないってなんで分かんのよ?」
「『勇者』本人か、その関係者が関わってるんだろーさ。分かってるのはベリウスはもうこの宿には戻らない。いや、戻れない……か。まあ、それだけさね」
「オレ達は?」
「今のところはまだ先が視える。だけど、前にも言ったとおり、オブライオンから先は分からないねぇ」
「ちっ、ならまあいい。このまま護衛対象が来るのを待って、予定どおりに依頼を遂行する」
「本当にいいのかい?」
「どの道、オレ達に選ぶ余地なんてないだろ」
「そうだったねぇ」
そう言って、ソファに座っていた小柄な者は、外套の内側から真っ黒な球体を取り出し、ブツブツと呟いた。
「おや? 前に視た人数より数が減ってる……誰か死んだかねぇ?」
「合流予定の護衛対象か?」
「いや、護衛の冒険者さね。ヒヨッコの魔術師共がいない。途中の街で離脱したか、あるいは死んだか。視えなかったってことは『勇者』に殺られたかもしれないねぇ」
「『勇者』に襲われて生き残りがいるとはな。どうせなら全滅してくれてれば面倒な依頼を受けずに済んだのに……幸運な奴等だ」
「やはり、トリスタンの言うように、以前の『勇者』とは大分違うようだねぇ」
「オレ達にも殺せるってことか?」
「さあてね」
(ふーん。占い師のババアに、褐色のオレっ子エルフの女……問題はババアの方だが、未来予知ではなく占いとはな。地球の占いとはレベルが全く違うが、異世界人のことは占えないならここで始末する必要はないか……)
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