第452話 新たなS等級

 港湾都市カーベルの冒険者ギルド支部。その執務室に、またも『S等級』の冒険者が訪れていた。


 今度は伝説の鍛冶師である『大地のゴルブ』と、黒髪の大男だ。


「お、女……ですか?」


「はぁー……」


 ギルドマスターのアイザックは、そう男に聞き返した。男の隣ではゴルブが目頭を押さえて深くため息を付いていた。


 男の名前はベリウス。S等級冒険者『狂戦士』の二つ名を持つ男だ。褐色の肌に黒髪碧眼。長い髪を束形状に編み込んだドレッドヘアの身長二メートルを超すベリウスは、男らしい精悍な顔を歪ませてアイザックに再度要求する。


「だからよぉ、護衛対象とこの街で合流するまで暇だから女用意しろって言ってんだよ」


「ウ、ウチは娼館じゃないんですが……」


「知るか。別に女が無理なら野郎でもいいんだぜ? まあ、それなり強ぇー奴じゃないと暇潰しにはならねぇがな~」


「「……」」


 ベリウスの無茶振りにアイザックとその後ろにいる秘書のターナーは言葉が出なかった。冒険者ギルドは娼婦の斡旋など当然行っていない。いくら相手が『S等級』とはいえ、ギルドは御用聞きではないのだ。女の手配など便宜を図る範囲を逸脱している。しかし、ベリウスの放つ強者の重圧を前に、それを面と向かって言えるはずもなく、アイザックとターナーは困惑の表情をするだけだ。


「おい、ベリウス。そんなこと人に頼むな。まったく子供じゃあるまいし……グビリ」


「ジジイにとっての酒みてーなモンだ。ただ待ってるだけなんて退屈で死ねるぜ。女とヤルか、野郎をぶっ殺して発散することの何が悪い」


「儂は誰にも迷惑を掛けとらん。グビリ」


「テメーで飲み代払ってねー癖に何言ってやがる」


「うぐ……」


 …

 ……

 ………


「くそっ! 何が発散だ!」


 ゴルブとベリウスが退室した後の執務室では、アイザックが憤慨していた。それをなだめるようにターナーが紅茶を差し入れる。


「まあこれ飲んで落ち着いて下さい」


「ターナー! なんでお前はそんな落ち着いていられるんだ? 人を殺して時間を潰すと言われたんだぞ?」


「女を用意すればいいんでしょう? そんなの我々の仕事じゃないですが、あの野獣の様な男が女を抱いてる間は大人しくしてるなら安いもんでしょう。相手は『S等級』ですよ?」


「それはそうだが……」


「娼館には俺が行って話をつけてきます。娼婦を派遣するなんて宿も娼館も嫌がるでしょうが、あの男が直接街の娼館に行くよりマシです。そこら辺をふらふらされて面倒を起こされても、どうせ誰にも止められませんからね。隣にいた爺さ……ゴルブって言ってましたけど、あの『大地のゴルブ』ですよね?」


「前に本部で見たことがあるから本人で間違いない。冒険者ギルド創設以来の古株だが、さっき見たように飲んだくれたドワーフの爺さんで、下の者を上からまとめるような人間じゃない。他の『S等級』を諫める発言はしても、あのとおりだ。あの爺さんが通った後には大量の請求書が酒場から来るってんで有名だよ」


「請求書……ギルドにツケを回して飲んでんですか? まともそうに見えて、とんでもないですね。あの伝説の鍛冶師なら金に困ってないでしょうに……それにしても、あのベリウスって大男。大陸では見ない人種ですね。どこの出身なんでしょうか?」


「……サイラス帝国の先にあるもう一つの大陸。あの男は恐らくそこにいた者の末裔だ」


「え?『死の大陸』ですか? 人が住んでるなんて話は――」


「大昔のことだ。こっちの大陸に逃げてきた者達の子孫だろ。……俺にも少しその血が流れてるしな」


「初耳なんですけど?」


「そりゃあ、俺だって確証の無い話で本当かどうか分からんしな。二百年前に『勇者』と敵対した者達。お伽話じゃあ、魔王の暴走と環境の激変、その後の勇者によって生き残った者はいないとされてるが、流石に全滅ってことは無かったんだろうよ」


「その特徴が黒髪なんですか? アイザックさんは違いますけど……」


「いや、向こうには色んな国や民族がこっちと同じようにあったらしい。気候的に褐色の肌の者が多かったらしいが、全員が黒髪ってわけじゃない。俺も死んだ婆さんから聞いた話だから本当のことか分からんが、なんでも黒い髪は王族や部族の長に多かったらしいぞ? 高貴な血の証だとか何とか……」


「へぇ……ってことはあのベリウスって男は王族の末裔とかそんなんですかね? まあ、王族ってより蛮族って感じですが」


「さあな。話しといてなんだがあんまり真に受けるな。ただのお伽話だ」


「……その話が本当なら、ベリウスって男にとっては『大地のゴルブ』は先祖の仇ってことですからね。それが仲良く冒険者やってんですから確かにお伽話かもしれませんねぇ」


「おいおい、仇って、二百年前だぞ? どんだけ恨んでんだよ」


「そりゃそうですね。じゃあ、俺は娼館に行って話つけに行ってきます。……先に来てるあの二人の『S等級』にも男娼を用意した方がいいですかね?」


「欲しけりゃ言ってくるだろ。余計な事してぶっ殺されても俺は知らんからな。バカ言ってねーで、さっさと行ってこい」


「了解です」


 …

 ……

 ………


 数日後。


 カーベル郊外の屋敷では、レイがセルゲイから報告を受けていた。



「冒険者ギルドで動きがありました。正確には街の高級宿でですが……」


「動き? 宿?」


「『S等級』が四名。宿に滞在してるのを確認しました。内、一人の男が大量の娼婦を呼んで騒ぎが起こってます」


「ふーん。志摩恭子の護衛か。オブライオン王国内への護衛にトリスタンが招集した『S等級』だな。娼婦を呼んでるって、その男、まさかゴルブの爺さんじゃないだろうな?」


「いえ、『大地のゴルブ』は酒場で飲んだくれてます。娼婦を呼んでいるのは、異端のニオイがぷんぷんする黒髪に褐色の大男です」


「……」


(異端のニオイ? この世界でアリア教以外の宗教は聞いたことないが、異端の基準ってなんなんだ? 普通に考えれば女神アリアを信じてない者全般っぽいが、このサイコなオッサンの基準が分からんな……)


「それより、腕はどうした?」


 報告に来たセルゲイは片腕だった。痛がる素振りを見せず、厚手のローブで分かり難くはあったが、レイにはバレバレだ。


「お恥ずかしながら、宿に潜入した際に、女の『S等級』に見つかり斬られました。中々の手練れのようです」


 元とはいえ、異端審問官の隠密の実力はレイも認めている。その行動を察知したのは本人の言うようにかなりの者だと言えた。レイは気になって詳細をセルゲイに尋ねる。


「詳しく話せ」


「細心の注意を払っていたつもりでしたが、屋根裏の侵入を察知されました。どのようにして気付いたのかは分かりませんが、事前に知っていたように待ち伏せされ不覚にも……」


「知っていた? お前の他に暗部の仲間はいないんじゃなかったのか? 行動がどこから漏れた?」


「分かりません。現在、私に仲間はおりませんので、私がどう行動するか誰も知れるはずがありません。屋根裏で待ち伏せされるなど、勘が鋭いだけでは説明がつきません……屋根裏で寝泊まりするような者なら別ですが」


「そんな奴が態々高級宿に泊まるとは思えんが……ひょっとして未来でも予測できんのか? だとしたら面倒だな」


 未来予測。そんなことが可能かどうか、レイの中の常識ではありえないが、不可思議な能力や魔法が存在する世界なら何があっても不思議ではない。未来予測の能力や魔法、もしくは魔導具があるなら志摩恭子を尾行して『勇者』を始末するのに障害になる。『鍵』を奪いに『勇者』が志摩を襲って来ることが予測できるなら、それを回避するような行動はレイが勇者を暗殺する邪魔にしかならないからだ。


「始末しますか?」


「あっさり腕をぶった切られてよくそんなセリフが言えるなおい……」


「直接は無理ですが、宿に火を放てば――」


「まてまてまて、何シレっと言ってんだ? 関係無い人間を巻き込むな。それじゃあただのテロリストだぞ……」


「て、てろ? ですが、使徒様の障害はアリア様の障害と同義。使徒様のお役に立てるのであれば、巻き添えになる者は喜んで殉教するでしょう」


(喜ぶわけねーだろ……やっぱヤバイ奴だなこのオッサン)


「お前は『S等級』にはもう近づくな。他の情報を引き続き収集しろ。具体的には、この街からオブライオン王国に向かう手段だ。船か、馬か、それとも徒歩か、利用する交通機関によって俺達も追跡の手を考えなきゃいけないからな」


(女は俺が調べるしかないか……)


「はっ、畏まりました。すぐに!」



「その前に腕出せ」

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