第451話 護衛達の事情

 ラルフが倒した豚鬼オークの数は五体。その全てが金属鎧を身に纏っており、内二体が大剣を装備していた。しかし、ラルフはそれを全く問題にせず、『女鬼の戦槌メンヘラ』を軽々と振り回して、豚鬼をそれぞれ一撃で屠った。


 戦槌が鎧を砕いて豚鬼の身体に触れると、皮膚から戦槌の毒が浸透して豚鬼は痺れるようにして動かなくなり、すぐに死亡した。その毒の効果は凄まじく、急所に当てずとも腕や足に僅かに当てるだけでも大柄な豚鬼がその場で死に至る程、強力だった。


 遠目から戦闘を見ていたバッツ達『ホークアイ』の面々は、襲ってきた全ての豚鬼が動かなくなったのを確認して、ようやくラルフの元に向かった。


 ここに至るまでに、バッツ達は『女鬼の戦槌』の検証を当然行っている。それで分かったことは、ラルフが戦槌で攻撃中は迂闊に近寄れないということだった。敵を攻撃中は戦槌が独自に毒を発してるらしく、ラルフが制御できているわけではないからだ。それに、戦槌自身の発言から周囲に毒をバラ撒く能力もありそうなため、危険で近寄れないのだ。


 それでもラルフの持つ『女鬼の戦槌』の力は絶大だった。一度戦闘になれば、その重さを自分で変え、さほど力の強くないラルフでも小枝の様に振り回せた。その上、少しでも触れれば相手を即死させることが出来るのだ。


 しかし、絶大な武器を手にしてもラルフがそれで驕ることは無かった。


 今のところ『女鬼の戦槌』はラルフを所持者として認めてるのか、本人に危害を加えるような気配は無い。時折、自虐的な発言が飛び出すが、言葉を実行に移すことは無かった。だが、解毒に関することは何一つ分からず、戦槌の機嫌を損ねればいつ自分や仲間に害を及ぼすか分からないのだ。しかも、戦槌を捨てたり、どこかに置いておくこともできない。そのような素振りをすれば、毒を撒き散らして自分も死ぬと騒ぎだすのだから、ラルフを含めてバッツ達『ホークアイ』は強力な武器を手にして浮かれるどころではなかった。



 だが、今のバッツ達の話題は豚鬼のことだ。


「まさか、本当に魔物が武装してるとはな」

「豚鬼の体格にぴったりだ。一体誰が作ってどうやって着せたんだよ……」

「前にドミンゴ達が遭遇したって言ってた件が本当だったってことか」



「そいつは、冒険者ギルド本部を襲った豚鬼に似てる……が、違うな」


 豚鬼の死体を検分していたバッツ達の後ろからジークが近づき会話に入ってきた。


「剣や鎧の形状が微妙に違うし、錆の具合からしてかなり前のモノだ。第一、本部からここまで俺達より早く来れるはずが無い。別の個体群だな……」


「本部を襲ったっていう豚鬼の話か? 数万の大軍、しかもそれが全て武装してたなんて話、とても信じられなかったが……実際に目にすると信じるしかねぇみたいだな。あんたは本部で見たのか?」


「ああ。その場にいた。数万の大軍も本当のことだ。だが、全てを殲滅できずに数百体の豚鬼がその場から逃げ出した。周辺から冒険者をかき集めて対処させてるらしいがどうなってるやら……」


「本部周辺は山が多い。いくら腕利きを大量に揃えてもそう簡単には討伐できねぇだろうな」


「冒険者だけじゃない。周辺国の騎士団にも協力を要請してる。たった数体でも村を襲えば爆発的に増えちまうからな」


「この辺りにこんなのが出るってことは、オブライオン周辺はかなりヤバイことになってるんじゃないか?」


「……かもな」


「かもなって……これから向かうカーベルがどうなってるか気にならねーのか?」


「大事になってたらとっくにマネーベルに情報が入ってるはずだろ? お前さんが想像してるような酷い状況にはなってねーよ(オブライオンは知らんがな)」


(こいつらの着ている鎧の劣化具合からして、かなり前から豚鬼の繫殖、戦力化を行っていたということは明らかだ。使役していた『勇者』が死んで、オブライオン王国はどうなってるかと思ったが、カーベルにスタンピードなどがあったという報告はない。まあ、カーベルなんて辺境では暗部の人間はほとんど活動してないと聞いているから情報が回って来てないだけかもしれんが……どうも王国の動きが掴み難い。こちらの人間が取り込まれたと考えた方がいいな)



「……それより、お前、ちょっとこっちこい」


 ジークはバッツを他所へ連れ出し、他の者に聞こえないように小声で話しはじめた。


「(お前んトコのアレ、大丈夫なのか?)」


「(アレって、アレか? 大丈夫って何がだよ)」


「(惚けてんじゃねぇよ。あの金ぴかの戦槌とあのラルフって奴のことだよ。あの戦槌、ひょっとして『呪具』なんじゃねーのか?)」


「(じゅ、呪具? でもそう言われてみれば確かに……いやいや、あれは『大地のゴルブ』から貰ったモンだぞ? そんな危ねぇモンなわけねーだろ(いや、あぶねーけど))」


「(あの爺さんから?)」


「(これ以上は言えねぇよ。あんたも冒険者ならわかんだろ。自分達の手の内をそう簡単に話せるかよ。……ただ、一つだけ言っとくが、ラルフが戦ってる時は、あいつに近づくな。巻き添えになるぞ。アンタの仲間にも言っとけ)」


「(急所にあてたわけでもないのに、一撃で豚鬼を殺すなんて普通じゃないぞ? ……まあ、あの爺さんがやったんじゃ危険なモンじゃないかもしれんが、もし、何かあったら俺らのとこに持ってこい。呪具なら浄化してやれる。ここまで来て護衛を降りろとは言わんが、くれぐれもこっちに火の粉を飛ばすんじゃねーぞ?)」


「(浄化だ? なんだ、アンタんとこは坊さんでもいんのか?)」


「(そんなとこだ。まあ、それ以上は……冒険者ならわかんだろ?)」


「(ちっ)」


 バッツは自分のセリフを言い返され、軽く舌打ちをして仲間の元へ戻った。


 複数のパーティーが合同で依頼を受けることは珍しいことではない。護衛依頼の場合は襲撃される可能性が当然あり、戦闘に関することは必ず事前に話し合う。互いの情報を交換して護衛計画を立てるのだが、自分達の情報を全て相手に伝えることはしないし、それを咎められることもない。情報を交換するのはあくまでも使用武器や使える魔法のメインだけだ。


 命が掛かっている職業なだけに、ベテラン冒険者や高位の冒険者ほど、自分の切り札や苦手分野が公になるのを嫌がる傾向がある。冒険者同士では必要以上に相手のことを詳しく聞き出そうとする行為はタブーだ。


 バッツ達『ホークアイ』にとっては、ラルフの戦槌の特性はあまり公に知られたくないものだが、呪具とまで疑われては残り数日の付き合いとはいえ互いの不信に繋がる。依頼中に勝手に浄化され、戦槌が暴走するようなことがあっては堪らない為、本意ではないが、ゴルブの名前を出したのだ。


 二百年前の勇者と行動を共にした伝説の鍛冶師のゴルブの武具は、その性能だけでなく、ゴルブが作ったという付加価値により市場では破格の値がつく。バッツ達にしてみれば、ゴルブの名もなるべく出したくはなかった。


 一方のジーク達『クルセイダー』は、メンバー全員が元教会関係者であることが公にしたくない情報である。大陸唯一の宗教であるアリア教。その教義に仕える者がその職を辞する、もしくは追放されたとなると、敬虔な信者からは疎まれる。下手をすれば異端者として迫害される事態にも発展しかねない為、なるべく公にはしたくないのだ。無論、付き合いのある人間には周知のことだが、A等級の冒険者に面と向かって文句を言って来る者はいない。あくまでもいらぬトラブルを避ける為だ。


 冒険者が回復魔法を使えることはさほど珍しいことではないが、呪具を浄化できる程の者は非常に珍しい。ジークがバッツに『浄化』の提案をしたことにより、メンバーに司祭並の元聖職者がいることを暗に伝えることになってしまったが、ジークにとっては仮にあの戦槌が『呪具』だった場合のリスク回避の方が重要だった。万一、『呪具』を制御できずに暴走でもされれば護衛に支障があるばかりか、自分達も危険だからだ。


(ちっ、本当に大丈夫なんだろうな、アレ……でもまあ、危険を孕んだ武器だが、強力なのは間違いない。ありゃ毒魔法、闇の属性魔法が付与されてんな。暗部の暗殺者にも毒を使う奴はいるが、魔法を使える奴はいない。魔法の毒は、薬物と違って術者以外に解毒は不可能なほど難しい。勇者相手には役に立ちそうだ。これは使徒様に報告だな……)

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