第444話 港湾都市カーベル③

 深夜。


 レイ達が宿泊する高級宿の部屋から明かりが消えて数時間後。


 一つの人影が音も無く部屋の扉を開けて侵入してきた。


 その影はリビングを抜け、寝室の扉に近づくも、数秒の間をおいてそのまま引き返し、何事も無かったように部屋を立ち去って行った。



「(気づいたみたいね)」

「(はい、やはり暗部で訓練を受けた者です。寝室に気配が無いことを察知したのでしょう)」


「(撃っちゃえばよかったかしら……)」

「レイ様の指示では明確な行動に出なかった場合は監視に留めるはずでは?」


「(冗談よ。でもほとんど確定だと思うけど?)」

「(それはそうですが……しかし、全ての窓のカーテンが開けっ放しなのを不審がらないのは少しおかしいです。私なら部屋に入った瞬間に違和感を覚えます)」


「(レイの予想どおりってトコかしら)」

「(やはり……)」


 リディーナとイヴは、自分達の押さえた部屋から数百メートル離れた建物の屋上にいた。認識阻害付きのフードの上からボロ布を被り、同じくボロ布で擬装カモフラージュした魔導狙撃銃を構え、強化した視力で自分達の部屋の様子を見ていたのだ。二人の姿は外から見れば屋上に置かれた資材の一部と化しており、夜間ということもあって遠目から見れば判別は殆ど不可能なほどの擬装を施していた。


 無論、その擬装を施したのはレイだ。レイは部屋の灯りを消した後、自分を含めた全員に光学迷彩を施して部屋を抜け出し、自分達を監視、狙撃できる場所に移って二人に擬装を施していた。


「さあ、移動するわよ」

「了解です」


 二人は銃を抱えたまま、建物を出た不審な者を追跡するように移動を開始した。


 …


 一方のレイは、一人単独で教会に潜入していた。


 光学迷彩を施し、隠形術をフルに使用してレイが真っ先に調べたかったのは、昼間訪れた聖堂の祭壇前、その床だった。


(やっぱりな……)


 周囲に散乱している酒瓶や酒樽から発せられるアルコール臭の中で、床からの臭いが一番強かった。床板の隙間に短剣を刺し込み、隙間を拭うようにして抜いた短剣の刃先を嗅ぐと、アルコールによって発酵した臭いがする。念の為、他の箇所も同じように調べるが、他ではそのような臭いはしなかった。


(やはりあのオヤジ、飲んでる振りして床に酒を捨ててやがるな……)


 レイは前世の表の仕事の経験上、セルゲイが酔っていないことをすぐに見抜いた。酔った顔色は化粧で誤魔化せるが、長期間の飲酒による眼球や体臭の変化を偽装するのは難しい。聖堂内は酒の匂いが酷いが、アルコールを常態的に摂取している者の体臭は酒の匂いとは異なる。しかし、セルゲイからはそのような体臭はせず、レイはそれを不審に思ったのだ。


(あのミリアって女も暗部にしちゃあ、所作や言動が拙く隙も多かった。少なくとも神聖国の連中やジーク、イヴとは雲泥の差だ。異端審問官にも練度の差があるかもしれないが、動きが散漫に感じる)


 レイは他の場所を調べるべく、聖堂を後にして住居部分に向かう。


 …

 ……

 ………


 教会を見下ろす建物に降り立ったリディーナとイヴは、先程と同じように擬装して魔導銃狙撃銃を教会に向けて構えた。リディーナは狙撃手、イヴは観測手の態勢だ。それと同時に、追跡していた不審人物は教会の中へ入っていく。


「(やっぱりあのミリアって修道女みたいね~)」

「(しかし、とても暗部の者とは思えません。罠だと気づいてるはずですが、素直に拠点に戻るなんて……)」


「(暗部っていうのが嘘なのか、それとも……)」

「(昼間に『鑑定』出来なかったのが悔やまれます)」


「(仕方ないわよ。ただでさえ、鑑定には十秒目を合わせる必要があるんだし、向こうがイヴのことを知ってれば目は合わせないでしょ?)」

「(しかし……)」


「二人共」


「「ッ!」」


 光学迷彩を解いたレイが、リディーナとイヴの背後に現れ、二人に声を掛ける。


「(レ、レイ! んもう! 吃驚させないでよ!)」


「(すまん、すまん。状況は?)」


「(現れました。不審人物は部屋に侵入し、寝室に行く手前で引き返しました。顔はフードで見えませんでしたが、体型からして昼間見たミリアという女の可能性が高いかと)」


「(レイの方は何か分かったの?)」


「(教会は無人だった。あの酔っ払いが演技だったってことは分かったが、暗部の者かどうかはまだ分からん。まあ、普通の司祭じゃないってことは確かだろう。暫く監視だな)」


「(暫くってこのまま?)」


「(ああ、このまま監視を続けてセルゲイ、ミリア以外に他にも怪しい奴がいないか調べる必要がある。まずは教会に出入りする人間からだな。二人を先に締め上げても、本物の異端審問官なら簡単に口を割るとも思えんからな)」


「(レイ様が仰られたように、やはり『洗脳』でしょうか?)」


「(さっきはそう言ったが、恐らく『魅了』か『催眠』かもしれない。ラークで城直樹が使ってた感じに似てる。洗脳なら自発的な行動はできないだろうしな。拉致してイヴに鑑定して貰えば確かめられるが、まずは他にもいないか確認するのが先だ)」


「(了解です)」


「(ここは俺が監視するから、二人は船に戻ってブランを連れてベッカー商会に宿と拠点を用意して貰ってくれ)」


「(レイが一人で残るの?)」


「(便所も何もないんだぞ? 俺一人の方がいい。三日は監視するつもりだから拠点を確保したら三日後迎えに来てくれ)」


「(……わかったわ)」

「(承知しました)」


 夜が明け、空が明るくなってきた為、リディーナは空気を読んで素直にレイの言葉に従い、イヴと共にその場を離脱した。



(さてと、監視任務なんて久しぶりだな……)


 レイは魔法の鞄からM4を取り出し、消音器サプレッサーを装着すると、ボロ布を巻いて擬装を施す。同時に自身も布を被って教会の監視に入った。

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