第443話 港湾都市カーベル②

「リディーナ、頼みがある」


「なぁに? 改まって……」


「家が欲しい」


 街中を散策中、唐突にレイがリディーナにそう言い出した。


「い、家?」


「ああ。少なくとも二週間はこの街にいる訳だが、一つ問題がある」


「あっ、ひょっとしてブランでしょうか?」


「確かに、ずっと宿の厩舎にいてもらうのもアレだし、何より目立つから有名になっちゃうわね……」


「その通りだ。まあ、森で二週間時間潰して来いって言うのもアリかもしれんが、郊外に拠点が欲しいのもあるからな。別に購入じゃなくて借りるだけでいいんだが……」


「わかったわ。流石に二週間も放置するのはブランが可哀想だし、必要経費でしょ。なら、街に出る前にベッカー商会の人達に聞けば良かったわね」


「不動産……物件の取り扱いも商会がやってんのか?」


「そうね~ どの国も、大抵は商人が国から土地を借りて建物を建てるから、商店以外も運営してることが多いわね。城壁の外なんかは国によって規則や法律が違うからなんとも言えないけど……」


「レイ様、教会の暗部なら条件を伝えればご希望の物件を探してくると思います。お金を取られることもないでしょうし、面倒な手続きも任せられるかと……勿論、この街にどれだけ暗部が活動してるかにもよりますが」


「それなら、そっちの方がいいな。先に教会に行くか」


「「了解」」


 …


 港湾都市カーベル、アリア教会。


 街の住人に場所を尋ね、この街のアリア教会に訪れたレイ達だったが、今まで訪れたことのある教会とは違い、建物の手入れが行き届いておらず、人の気配も殆どしないほど寂れていた。


「随分荒れていますね……」


「まるで廃墟だな」


「というか、この街自体があんまりいい雰囲気じゃないわね~」


 リディーナの言うとおり、港湾都市というだけあって、他の街より肉体労働者が多く、水賊や冒険者の様な荒っぽい男達が多かった。その影響か、街の景観も洒落た雰囲気は無く、治安もあまりよくない印象だ。レイ達は認識阻害付きのフードを被っているが、それがなければ何度も絡まれていたことだろう。



 レイ達三人は雑草生い茂る教会の敷地に入り、聖堂らしき建物の中に入ると、司祭服を着た太った中年男が酒瓶を片手に祭壇で飲んだくれていた。周囲には空き瓶や空樽が放置され、これが常態化していることが伺える。


「あ~ なんだ~? 治療かぁ~ ちゃんと金持ってきたんだろうなぁ?」


「大分酔ってるな……」


「あん? お前他所モンか? 俺を知らんのか? 司祭のセルゲイ様だぞ!」


「ああそうかい」


 レイは首から『黒のロザリオ』を下げているが、セルゲイと名乗った司祭は何ら反応を示さない。セルゲイは手に持った空の酒瓶を乱暴に祭壇に置くと、レイ達を無視して祭壇の奥の部屋に向かって声を上げた。


「おいっ! ミリア! 早く酒を持って来い!」


 奥の部屋から、ミリアと呼ばれた若い修道女シスターが怯えるように新しい酒瓶を持って現れた。


「すみません、司祭様……」


 ミリアは司祭に酒瓶を渡すと、レイ達をチラリと見て軽くお辞儀し、また奥へと引っ込んでしまった。


「ちっ、辛気臭ぇ女だ……」


「クズね」

「同感です」


(うーん……)


「で? 治療か? それとも聖水か? 説教や懺悔はやってねぇから、罪を告白しに来たんなら他所へ行きな」


「いや、結構だ。今日は出直すことにする」


「ちっ、冷やかしが……」


 セルゲイはそう呟くと、レイ達に興味を無くしたようにそっぽを向き、酒を飲みはじめた。


「なんてヤツなの」


「リディーナ、一旦出るぞ」


「……わかった」


 …


 外に出たレイは、教会の入口で立ち止まり、二人を制止する。


「どうしたの?」


「多分さっきの連中は暗部の者だ」


「「え?」」


「二人共、俺のロザリオに一瞬だが視線を向け、その後に俺を見た。こちらに気付いてるが、迂闊に接触できない何らかの理由があるのかもしれん。だが、分からないのは二人共暗部なら、何故、あの場で声を掛けなかったのかだ」


「そうね。二人共暗部の人間なら気にする必要はないものね。……イヴは何か気付かなかった?」


「申し訳ありません。一応、暗部の者にはお互いを識別する符丁があるのですが……」


「お互いが合図を出してなきゃ意味無いだろ。まあ、俺も確信があるわけじゃない。二人共違うかもしれないし、どちらか一人だけということもある。何にしても胡散臭さ過ぎる。リディーナ、イヴ、油断するなよ。最悪、二人共始末することもあり得るぞ」


「「了解」」


「早速、一人接触してきたか……分かってると思うが、こちらから情報は出すなよ?」


「分かってるわ」

「承知しました」



「先程は申し訳ありませんでした……使徒様」


 レイ達が話している裏から、ミリアと呼ばれた修道女が近づいてきていた。


「ああいう聖職者は粛清の対象じゃないのか?」


 レイは敢えて気付いていない振りをして、とぼけて見せる。


「お見苦しい所をお見せして申し訳ありません。先にこちらへご同行頂けますか? 詳しくお話し致します」


 ミリアはそう言って、周囲に目を配りながら教会の脇の建物へ入って行き、レイ達もそれについて行った。


 …


 場所を移し、案内された部屋でミリアの話を黙って聞いていたレイ達。


「ふーん……じゃあ、教会の治療が必要な患者はみんなオブライオンに行っちまって暇ってことか。まあ、だからと言って飲んだくれてる理由にはならんが……」


「お恥ずかしながら。セルゲイは、私を除いてこの街に残る唯一の聖職者ですので後任が来るまでは処分を留保しております。……それに、あちらでは治療が無償で行われ、回復魔法以上の治療が受けられるとの噂が出回り、教会に訪れる者が殆どいない状況です」


「噂? 現地の確認はしてないのか?」


「……調査に行った教会関係者は誰も戻ってきておりません。それどころか、治療をしに行った者も戻ってくる者は僅かです。話を聞く限りでは、平民でも貴族並の暮らしが出来るとか……」


「教会関係者……それは暗部の人間もなのか?」


「いえ、現在、我々はオブライオン王国へ行くことを禁じられておりますので、調査には行っておりません」


 ミリアはチラリとレイの後ろにいるイヴを見るが、すぐに視線をレイに戻した。


「聖女タリア様の死去後、派遣された異端審問官はが消息を絶ちました。以降はダニエ様よりオブライオン王国には近づかぬよう厳命されております」


「まあ仕方ないか。勇者共相手に中途半端に送るのは悪手だろうからな。あのエピオンとかいう天使の入れ知恵もあったんだろう……ところで話は変わるが、ここの暗部はお前一人なのか?」


「は、はい……それが何か?」


「そうか、いや、何でもない。俺達はこれから宿を取って暫くこの街に滞在する。何か仕事を頼むかもしれんから、部屋が決まり次第また連絡する」


「承知しました。何なりとお申し付け下さい」



 その後、レイ達は教会を離れ、この街で一番の高級宿へ向かい、最上階の部屋を押さえた。

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