第441話 船旅
翌朝。
レイ達が泊まっている水上コテージのある桟橋には、ベッカー商会が用意した大型船が停泊していた。以前、水賊から奪った船より一回り小さいサイズではあるが、地球のクルーザーのような豪華で立派な船だ。レイ達はオブライオン王国の国境手前で船は乗り捨てるつもりであり、このような船は求めていない。その事はしっかりベッカー商会のハロルドには伝えていたはずだった。
「おい、こんな豪華な船は頼んでない。それに、俺達は三人で乗るんだ。大き過ぎるぞ」
「いえ、レイ殿。我々ベッカー商会にも面子というものが御座います。一人息子のレオナルドの命を救われて、みすぼらしい船など提供できません。それに、操船並びに航行中のお世話は商会の者が行います。是非とも快適な船旅をお楽しみ下さい」
そう言って、ハロルドは船の出航準備をしていた乗組員と、給仕のメイド達と共にレイ達に頭を下げた。
「快適な船旅……?」
「レイ、甘えちゃっていいんじゃない? 移動中にゆっくりできるのは私達にとっては助かるんだし、一週間以上も見張りと操船を交代でするのは結構大変だと思うんだけど……それに、今から違う船を用意するのも時間がもったいないし……ね?」
にこやかな笑顔でそう話すリディーナ。既にこの船を使用することは決定事項のようだ。
「確かにそうだが……しかし、帰りはどうするんだ? 行きは俺達がいるから護衛は必要無いが、ここへ戻って来る時には誰がこの船を魔物や水賊から守るんだ? こんな豪華な船、水賊のいい標的だぞ……」
「レイ殿の目的地である『カーベル』で冒険者を雇うので心配いりません(それに、レイ殿が通った後の復路で水賊が出るとは思えませんし、大丈夫かと……)」
「すまん、後半何て言ったか聞き取れなかったんだが?」
「な、なんでもありません! と、とにかく、ご心配には及びません! 是非ご利用頂きたく存じます!」
レイはキラキラした目で船を見ているリディーナと、呆然としているイヴを見て、渋々承諾することにした。
(操船や他の雑務をやってくれるなら、空いた時間でやりたいこともあったし、まあいいか……)
「はぁー 分かった。……有難く乗らせてもらうよ」
「「「ありがとうございます!」」」
再度、頭を下げるハロルドとベッカー商会の面々。
レイとしては、当然、ハロルドの思惑は分かっている。この世界は何をするにも暴力の後ろ盾が必要だ。実力のある冒険者との繋がりは、商人として確保しておきたいのだろう。自分の息子を救ってくれた礼も勿論あるだろうが、自分の商会をレイ達に売り込みたい想いもあって、こうして接待するのだ。
こういう場合は自分の中で譲れる部分とそうでない部分の線をしっかり引き、一定の距離を保たねば食い物にされるだけなのだが、レイは当然理解している。
ハロルドは『S等級』という冒険者の等級については理解していないが、レイ達が『竜』に匹敵する巨大な魔物も意に介さず、冒険者ギルドのギルドマスターが怯える実力というのは分かっている。そのような規格外の者達と懇意であるというだけで、この世界では大きな意味を持つのだ。
しかし、こういったことはハロルドが商人で、そういう男だからという訳では無い。これは、地球でも同じことが言えるし、人の社会というのは性善説では成り立たないのが当たり前だからだ。世界的な大企業も裏では私設軍隊や警備組織を保有、または契約して繋がりを持ち、理不尽な暴力に対する手段を当然持っている。日本でいえば、警察OBが企業の顧問になるというのが、まさにそれであり、特別珍しい事ではない。法が機能している国といえど、反社会的な人間や組織は必ず生まれ、存在するからだ。
…
……
………
数時間後。
レイ達は広大な河川のど真ん中を航行する豪華クルーザーの船上にいた。
船首甲板では、まるでクルージングを楽しむように、リディーナとイヴが水着に近い格好でベッドチェアに寝そべっている。
「リディーナ様……いいのでしょうか、このような……」
「いいのよ、偶には。周囲の監視はこの船の乗組員がやってるし、私達が四六時中気を張ってても仕方ないでしょう?」
「それはそうですが……」
「それに、航行禁止だった所為か、周りに行き交う船も無いし、何か不審なものがあったら私達じゃなくてもすぐ気付けるでしょ」
リディーナは、トロピカルドリンクのような果実水を手に、イヴに肩の力を抜けと促す。これはレイとも先程話していたことだが、この船旅が終われば、いよいよ『勇者』の支配地域に入ることになり、気を抜くことはできなくなる。心身共にゆっくりできるのはこれが最後になるかもしれないのだ。最低限の備えは怠らないが、英気を養うという意味でもこの状況に甘えようということだった。
「しかし、他の乗組員もいますし、この格好は少し恥ずかしいです……」
「折角、作ってもらったんだし、普段着れないんだから偶にはいいでしょ。大丈夫、ちゃんと似合ってるわよ」
二人共、メルギドで手に入れたユマ婆手製の露出の激しい格好だが、二人の周囲にそれを覗く人間はいない。乗組員は全員、冒険者ギルドでのレイの所業を聞いており、二人に邪な考えを持てばどうなるか、誰もが知っていた。
しかし……
(ううぅ、凄い美人だ……しかもあんな格好で……み、見たい……)
(変な気起こすなよ! 彼女達に目を合わせただけで腕を折られるぞ?)
(わかってるよ!)
(バカ、折られるんじゃなくて切断だろ?)
(いやいや、声を掛けただけでもやられるらしいぞ?)
(マジかよ! 俺、さっきおかわりいかがですかって聞いちゃったよ……)
(((お前、死んだな)))
一方。
(はぁ~ん、レイ様カッコイイ~)
(あんなイイ男、見たことないわよね~)
(しかも、すごく強いんでしょ?)
(なんでも、ギルドの冒険者達を全員半殺しにしたみたいよ?)
(あの下品で汚い連中なんてどうでもいいけど、強くて格好いいなんて最高だわ)
(((でも、あんな美人が隣にいるなら望み薄よね……)))
船の乗組員と給仕のメイド達の思惑を他所に、レイはリディーナ達の隣で
魔導銃の方は殆どメンテナンスの必要は無いが、本田宗次から鹵獲した装薬式の銃器は、弾薬が燃焼した際に火薬の残りカスがススのように銃身を中心に内部に残るので、使用後は清掃する必要がある。時間が経てばススが固まり、動作不良や錆の原因になるからだ。普通は専用のクリーニングロッドで銃身の汚れを落とし、布やブラシで銃の内外を掃除してガンオイルを塗布するのだが、この世界に化学合成油など存在しないので、植物油で代用するしかない。
銃は弾に限りがあり、製造もできない。その為、レイは銃を長期間使用するつもりはなく、油は高温に強く、揮発性の低いものなら何でも良かった。
……『勇者』を始末すれば銃の必要性は低くなるからだ。
レイは、銃の使用後はチェックも含めて必ず整備をしていたが、今回は使ってない銃もこの機会に全て分解整備し、動作確認もするつもりだ。腰回りのベルトやプレートキャリアにも弾倉や弾、各種手榴弾のホルダーを縫い付け、装具の改良も合わせて行う。魔法の鞄は欲しい物を即座に取り出せて便利だが、魔法が使えない環境では使用できない欠点があるからだ。
「あの大きい銃は設置しないの?」
「
「残念?」
「なんでもない……それより、リディーナ、イヴ」
「なぁに?」
「な、なんでしょう?」
「その格好……」
「「……」」
「フッ まあ……偶にはいいか……似合ってるぞ、二人共」
「「ッ!」」
レイはそう言って、赤くなった二人から手元の銃に視線を戻した。
…
……
………
冒険者ギルド、ロッカ支部の通信室。
『じゃあ、レイ君たちは『カーベル』に向かったのかい?』
『はい。そう聞いてます』
『うーん、志摩さん達と同じ目的地、しかも大分早く到着するな……しかし、何故『カーベル』なんだ? 魔導列車を使わずにオブライオンへ行くなら他にもルートがあったはずだけど……まさか』
『何か?』
『いや、何でもないよ、こっちの話。ところで、レイ君にラーク王の手紙を渡して返事も貰ったんだろ?』
『はい。なんとか……』
『なら、しっかり届けなきゃね』
『そ、そのことなんですが、今『ギルド便』を任せられる人員が不足してまして……その、応援を……』
『うーん、悪いけど本部も人手不足でね。豚鬼の問題も解決してないし、出せる者がいないんだよ』
『えーーー……』
『ドレーク、キミが直接持って行けばいい』
『へ?』
『レイ君達が『水竜』、いや『水蛇』だったかな? それを討伐してくれたんだろ? それに、彼等の通った後には水賊なんかも全滅してるだろうし、暫くキミが支部を離れても大丈夫だろ? それに、適当に若いのに任せて手紙を紛失しちゃったらどうすんの? 彼にもう一回書いてくれって言うのかい?』
『うっ』
『まあ、ラーク王国の王様も癖が強くて大変みたいだから丁度いい。本部はギルマスの出張を許可するから宜しく頼むよ』
『は、はい……(クセが強い? まさか噂は本当なのか?)』
(しかし、レイ君は一体どういうつもりだ? 志摩さんと合流するとは思えない……何か嫌な予感がする……やはり、ボクも行った方が良かったか?)
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