第440話 襲撃の原因

「アレの討伐報酬は私達『レイブンクロー』のパーティー口座に振り込んでおいてちょうだいね。回収できた素材は全て売却で。まあ、『水竜ウォータードラゴン』じゃなくて『水蛇サーペント』みたいだったけど……」


「……はい」


 リディーナの発言に、そう返すしかないドレーク。水竜だと思われていたのが水蛇だったのだ。しかし、二十メートルを超える巨大な水蛇など、今までロッカ支部に記録は無く、目撃した者が竜と誤認するのは仕方ないことだった。それに、ドレークは出現した魔物を『水竜』と断定したわけではない。目撃された情報の一部は証言がバラバラで、魔物の大きさで『竜』の可能性が高いとし、航行の禁止命令を出して詳しく調べるつもりだったのだ。本部に『水竜』の可能性が高いことを報告したのも、ベテランの冒険者を支部に戻す為だった。



「リディーナ様、魔石は確保しなくて良いのですか?」


「今から確保しても、メルギドに送って砲弾にして私達の手元にくる頃には全てが終わってるっていうのがレイの見立てだからいらないんじゃないかしら? そもそも『竜』じゃないんだし」


「それはそうかもしれませんね……」


「ハロルドさんって言ったかしら、今見たとおり、私達の航行の心配はしなくていいの。至急、船の手配をお願いね」


「「は、はいっ! 大至急手配しますっ!」」


 先程の光景を見ていたハロルドとレオナルドはリディーナに即答する。あのような巨大な魔物を一撃で討伐する者達に対し、魔物が出て危険やら、出航禁止など関係が無かったのだ。


「アナタも、ギルドに戻って素材の回収の指示してきたら? レイはまだ書き終わるまで時間が掛かりそうだし」


「はい……そうします」


 …

 ……

 ………


「書き終わったの?」


「ああ」


「見せて」


「ダメだ。心配しなくてもちゃんと言葉を選んで書いた。手紙自体もそうだが貴族や王様になんか書いたことないから文章がおかしいかもしれんが、意味は伝わるはずだ……多分」


「分かったわ。じゃあ、封を閉じちゃって」


「閉じる?」


「ほら、あのドレークが持ってきた一式に入ってたでしょう? 封筒を蝋で閉じて印章を押し付けて閉じるのよ」


「封蝋ってやつか……やったことないな。リディーナ、頼む」


「しょうがないわね~」


 そう言って、リディーナは指先に魔法で火を灯して蝋を溶かすと、レイが書いた手紙を入れた封筒に押し付け、その上から冒険者ギルドの印が入った判を押した。


「意外にアナログなんだな」


「あなろぐ?」


「いや、魔法かなんかで封印でもするのかと思った」


「重要な小包なんかはそれ用の魔導具で封印することもあるけど、態々、手紙なんかでそれを使うのは見たことないわね」


「そんなもんか……それにしても、興味が無いことに集中するのは疲れるな。もう二度と手紙なんぞ書きたくない」


「フフフッ お疲れ様。今、イヴがお茶を淹れてるから、ゆっくりしたら? 船は明日朝一番にこの桟橋までベッカー商会が持ってくるそうだし、夜までにはドレークも顔を出すみたい」


 そう言ってる間に、イヴが人数分の紅茶と茶菓子を用意して持ってきた。


「そう言えば、あの水蛇に銃が効かなかったわ。二百年前の『勇者』が銃を置いていったのも理解出来るわね。水蛇であれじゃあ、竜なんか相手にならないもの」


「水中では更に威力が落ちるからな。それに、水面に物体があたる速度と角度、面積によっては水面で弾丸が弾かれる場合もある。跳弾ってやつだな。水ってのは思ってる以上に着水時に衝撃があるんだ。人間が高い所から飛び込む場合でも十メートルの高さまでが安全に着水できる限界って言われてる。それ以上はちゃんと足から着水しないと怪我じゃ済まない。六、七十メートルの高さから落ちれば大体は死ぬだろうな」


「なんか不思議ね。水は水でしょう?」


「桶に張った水で試してみろ。ゆっくり手を入れても抵抗はないが、叩きつけるように水面に手を入れれば手に衝撃があるだろう? 銃弾にも同じ現象が起こるし、水中では空気中よりはるかに抵抗を受けるから威力も減衰しちまうんだ」


「ふーん、じゃあ、水の中ではどう戦うの?」


「態々、自分が不利な環境で戦うつもりなんてないが……なんでだ?」


「さっき、イヴとも話してたんだけど、あんな大きな魔物がこんな人の領域まで出て来るなんて、どこかで何かが起きたってことだと思うのよね」


「ギルマスもこの辺りの水域で大型の魔物が出たことは無いと言ってました」


「魔の森のような魔素の濃い場所から薄い場所に出てくる理由があるってことか。まあ、原因はわかりきってるけどな」


「「オブライオン王国……」」


「だろうな。冒険者ギルド本部で『魔物使い』が死んだからな。林香鈴が使役テイムしてたのは豚鬼オークだけじゃないはずだ。オブライオンの王都で飼われていた、もしくは使役していた魔物達が何かしら影響してるかもしれない。それによってオブライオンがどうなってるのか予想もつかないが、少なからず被害も出てるだろう。だからといって、今はどうしようもないがな」


 レイは『魔物使い』である林香鈴が死亡した場合、使役していた魔物がどうなるのかは知らなかったが、支配から解放された魔物が暴走や離反するのは当然だろうと予測はしていた。しかし、だからといって、それで林香鈴を殺すのを躊躇したり、他の方法を模索することはしない。これは、殺し屋という職業上、当然の精神構造で、目標と目標を殺した後に起こる弊害や影響を殺し屋は考えてはならないからだ。殺す相手の事や殺しの善悪を考えるようになれば、精神を病み、まともに仕事を遂行することなどできなくなる。仕事に疑問を持てば失敗やミスにつながり、そういう者は警察に捕まったり、報復されて長生きできない。


 仮に、林香鈴が命乞いをして、自分を殺せば王都の人間が数千人死ぬぞと脅しても、レイは躊躇せずに首を刎ねる。それがプロの殺し屋の仕事だ。



「強力な魔物が暴走したり、逃げ出したりして付近の魔物がその影響で逃げ出してるのかもしれないわね。川のことはあまり詳しくないけど、水生の魔獣も使役してたのかしら?」


「かもしれないな。今までブランのおかげで魔物との遭遇は無かったが、錯乱状態や逃げ出して混乱してる魔物が今後は襲って来るかもしれないな」


「そもそも、ブランがいるとなんで魔物が近づいてこないかも分かってないのよね……」


「だな」

「ですね……」

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