第430話 魔槍と聖弓

(一体何が起きてる?)


『アレイスター』とは反対側の森にいたゲイル達『ドラッケン』は、『アレイスター』がリーダーのロブを除いて全滅したことを知らなかった。


 ゲイル達は、森を照らす光が上がった際、足を止めて身を隠した。その後、森に光が走り、土煙が発生して視界が覆われてしまったのだ。


 牽制の為の魔法としては『土煙』は悪手だ。こちらの姿を隠すことは出来ても、自分達も相手の姿が見えず、連携もとれない。相手の手札が分からないうちは、気配を頼りに闇雲に突っ込むわけにもいかない。ゲイルはそう考え、セオリーを無視したロブ達『アレイスター』に悪態をつく。


(バカが……一体何やってる)


 しかし、直後に響いてきた破壊音に、ゲイルは『アレイスター』が襲われていることを察知する。木々が割れるような激しい音を耳にし、ゲイルは起き上がって走り出した。



 対魔物戦でも、未知の相手と戦う場合は相手の習性を知るのが第一だ。攻撃方法や身体能力を見極めなければ、膂力や体力、俊敏性で劣る人間が魔物と相対して生き残ることはできない。相手の習性を知り、弱点を突く。それは人間に対しても同じだ。だが、今回の様に突発的な遭遇においては、相対した状態でそれを行わなければならない。遠距離攻撃で相手の出方を探り、効果的な攻撃を繰り出す。これがこの世界のセオリーだ。


 ゲイルは『土煙』でそれが出来ない状況を作った『アレイスター』に憤慨するも、森を破壊する音を聞いてすぐに考えを改めた。冒険者ギルド本部での戦いから見ても、『アレイスター』は素人ではない。近接に弱いと揶揄される魔術師のみでパーティーを組み、A等級になった実力がその辺の駆け出しと同じ訳が無いのだ。ロブ達がそうせざるを得ない状況になっている、そうゲイルは判断した。


 そして、それはゲイル達にとってはチャンスでもあった。


 ロブ達が襲われているということは、自分達に注意が向いていないということだ。如何に強力な魔法や武器を持っていようと、同じ人間であればある程度の行動は読める。接近さえできれば自分達に負けは無い、そうゲイルは自信を持っていた。


 チッチッチッ


 ゲイルは、姿の見えない他のメンバーに口を鳴らして合図を送り、突貫する旨を伝えて、ゲイルは走る。


 生い茂る木々の合間を、視界不良の中で全速で走れるのは『予知の竜眼』のおかげだ。迫りくる障害物が事前に視界に入ることで、煙から現れる木々を避けながら、佐藤優子の元へ向かう。


 ゲイル達『ドラッケン』には、佐藤優子の居場所は大体の位置が分かっている。物音を出しているわけでもないのにそれが分かるのは、強烈な殺気が佐藤から発せられているからだ。明確な殺意が重圧となってこの場にいる者を襲っている。常人でなくとも重苦しい雰囲気だ。戦闘巧者であれば、その気配を辿ることはそれほど難しいことではない。


 そして、その煌々と光る弓は、煙が薄くなってきたことと相まって、佐藤優子の居場所を示していた。


 …


 深く被ったフードでその顔は見えないが、華奢な体格に胸の膨らみは、その者が女であることをゲイルに伝えた。煌々と光る弓を構え、そのまま静止した状態を維持した佇まいは、明らかに武の心得のある者の姿だ。


 ゲイルは佐藤の姿を確認すると同時にジグザグに走りながら佐藤との距離を詰める。弓は上下の軌道は瞬時に修正できるが、左右の動きに対しては遅れる。弓を保持している腕側に回り込むのが対弓士戦のセオリーだが、ゲイルは左右にジグザグに動きながらも、佐藤に回り込むことなく直進した。


 シュパッ


 佐藤優子の放った光矢が、ゲイルの左頬をかすめ、左耳をちぎる。


(?)


 その光景に佐藤は疑問を覚えた。自分の放った矢が外れたことよりも、矢を放った瞬間に相手が首を動かしたように見えたことに引っ掛かりを感じたのだ。


 そんな疑問を覚えつつも、すぐさま二射目をゲイルに放つ。矢筒から矢を取り出す必要も無く、再度、弓の弦を引くだけだ。普通の弓士とは違う動作に、弓に慣れてる者程タイミングが狂う。


 しかし、続く二射目もゲイルは同じように躱した。脇腹をかすり、無傷では無いが、佐藤としては外れたに等しい。


(…………予知?)


 佐藤優子の脳裏に、竜王国ドライゼンで捕らえられた白髪の姫が浮かぶ。竜眼、そして『予知』。親友に移植された新しい眼のことは忘れようもないことだった。ゲイルの右眼から僅かに漏れる光りに、佐藤は相手が竜眼の持ち主であると確信する。


 その間にも、ゲイルは瞬く間に距離を詰めてきた。


 片耳を削がれ、脇腹からも出血しているが、ゲイルは、顔色一つ変えずに佐藤の前に立った。その手に持つ槍『氷魔槍ヘーガー』の穂先には僅かに白煙が上がっており、様子見をする気は毛頭ない。


 自身の槍の間合いに入ったと同時に、ゲイルは全力の突きを佐藤に繰り出す。


 ―『新宮流 霞』―


 ゲイルの穂先を弓でいなす佐藤。その流れるような動きに、一瞬、ゲイルは何をされたか分からなかった。得体の知れないものとはいえ、弓で刃をいなすなど理解を超えた出来事だった。しかもゲイルの持つ槍はただの槍ではない。古龍の爪を素材に魔法を付与した魔槍だ。相手が同じ素材であれば、受けることはできるかもしれないが、接触した感触は必ずあるはずだ。


 しかし、ゲイルはまるで躱されたかのように手ごたえは感じられず、自身の突きの軌道がズラされ、空を切った。


 動揺を隠すように、尚もゲイルは攻撃を繰り出す。


「バカなっ!」


 無数に放たれる高速の突き。その全ての攻撃を弓でいなされ、堪らずゲイルは声が出る。『予知の竜眼』で数瞬先が視えても、だからといって、それに合わせて槍の軌道を変えることは出来ない。放った突きが相手に当たらない映像を何度も見せられるも、ゲイルは攻撃の手を止めない。


師匠妖怪ジジイより遅いし、下手糞」


「舐めるなぁぁぁああああ!」


 激高し、愚直に突きを繰り出すゲイル。


 怒りに任せ、一見、乱雑な攻撃だが、佐藤はすぐにその違和感に気付く。


(演技? ……武器が狙い?)


 佐藤優子の手にした『聖弓』が徐々にその光が弱まって来た。『霞』によってゲイルの槍は弓にあたっていないかに見えるが、触れていない訳ではない。魔槍の魔法効果により、弓が凍ってきていたのだ。


 その凍気はやがてそれを持つ手にも及び、ついには佐藤が弓を手放すに至った。


 ―勝機―


 それと同時に、森から『ドラッケン』のメンバー二人が飛び出し、佐藤に襲い掛かる。


 魔槍を携えた竜人による三方向からの連携攻撃。


 目の前の相手は武器を手放し、魔法を行使する気配もない。


 ―勝った―


 そうゲイルは思ってしまった。しかし、その未来の視界は光に覆われた。



 ―『聖剣・聖鎧召喚』―



 …

 ……

 ………


「ごほっ」


 ゲイルが気付いた時には、辺りの土煙はすっかり晴れ、夜空の星が見えていた。身体を起こそうとするが、思うように力が入らない。視線を下に向けると、袈裟切りにされた自身の胴体が見える。


「コイツのおかげか……」


 鎧の下に入れておいた『氷魔槍ヘーガー』の穂先。先のギルド本部の戦いで死んだメンバーの形見だ。それを懐に入れておいたおかげで、傷は浅くはないが、致命傷には至らなかったと思われた。


「ゲ……イル……さ……ん」


 ハッとしたゲイルは、すぐさま声のした方へ視線を向ける。


 そこには胴体を分断されたメンバー二人の姿があった。


 一人は既に息絶えているのか、微動だにしない。


「お、おい!」


 ゲイルがメンバーに声を掛けるが、声を発したその者も、やがて動かなくなった。


「うおぉぉぉぉおおお!」


 …

 ……

 ………


 ゲイルの慟哭が森に響き渡る頃、佐藤優子は横転した魔導列車に向かって歩いていた。


 その身に眩い光を放つ『聖鎧』と、手には『聖剣』を携えながら。


『聖剣』の形状は日本刀に近く、白石響の刀に酷似した『聖刀』だ。


 ―『優子ちゃん、キミの『聖弓』ってのは天使の基本武装の一つでしかないんだよ。その気になれば『聖剣』や『聖鎧』、『聖盾』だって生み出せるはずだ。勿論、『聖刀』だってね。元々、天使系の能力は、その天使の装備を顕現させるものなんだ。剣だの弓だのは、それぞれの得意なもの、願望が現れてるに過ぎないんだよ。頑張ればイケるはずさ』―


 九条彰の助言により、佐藤は己の『能力』を昇華するに至っていた。多くのクラスメイト達は与えられた能力に満足し、その先を考えない。それでもこの世界で無双できるのだから当然だ。しかし、中には能力にない魔法を習得する者など、自身の『能力』を超えた力を欲し、身につけた者もいる。佐藤もそれと同じように、自分自身を高める事をしただけだった。


「やっぱ、響ちゃんみたくはいかないか……」


 自身の鎧についた傷と『聖刀』を見て佐藤優子は自嘲する。ゲイル達の攻撃は佐藤に当たってはいたが、貫くには至らなかった。見様見真似で放った『聖刀』による斬撃も、竜人達を容易く両断できたものの、佐藤にとっては力任せに振るったに過ぎず、熟練した剣士のそれには遠く及ばないものだと思っていた。

 

 佐藤優子は『聖刀』を手元から消すと、再び『聖弓』を出現させる。強力な武器でも、慣れていないものに頼ることはしない。これから対峙するのは白石響を圧倒する剣術の使い手だ。そのような者と戦うのなら、自分が一番得意な武器で臨むのが当たり前のことだった。


 魔導列車に近づき、聖弓の有効射程内で足を止めた佐藤は、腰のポーチから『鍵』の探知機を取り出し、魔力を流して画面を起動させる。


 反応のあった一等車両に目を向けると、佐藤は上空に『垂桜』を再び打ち上げ、列車を照らした。


「さっさと出てこい……殺してやる」


 そう呟き、佐藤優子は列車に向かって光矢を放った。

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