第429話 神童
横転した車両で安全ベルトが設置されているのは、一等車両と二等車両だけだ。三等車両はバスの座席配置のように固定した椅子が並べられているだけであり、警告があってもそこにいた者は、座席に座って何かを掴んで耐えるしかなかった。
この路線の乗客の殆どは冒険者だ。しかし、追突と横転の衝撃に耐えられた者は殆どおらず、三等室の車内は阿鼻叫喚の地獄絵図と化していた。
席から投げ出され、頭や首、背骨を折って即死した者は苦しむことなく死ねた。しかし、それ以外の者の多くが身体を投げ出されて揉みくちゃになり、打ち身や骨折だけで済んだ者から、身体があらぬ方向に曲がって辛うじて息のある者、内蔵破裂を起こして血を吐く者まで、悲鳴や呻き声があちこちで上がっており、無傷で済んだ者は極僅かだった。
無事だったのは身体強化を咄嗟に施せた者だけだ。しかし、あまりにも怪我人が多く、呆然とする者や身近の怪我人の様子を見る者、外に出ようと出口を探す者など、めちゃくちゃになった車内で冷静な者は一人もいなかった。
「クソッ! 一体どうなってんだ!」
「た、助けて……」
「ちくしょう! 誰か回復薬をっ! 回復術師はいねーのかっ! こいつが死んじまうよぉ!」
「誰かぁぁぁああああ!」
「外だ、とりあえず外に……」
無事だった者の一人が、ひしゃげた防護壁をこじ開け、車両の外へ出ようとする。
男が窓に手を掛け、車外に顔を出し外の空気を吸って一息つくと、次の瞬間……
シュバッ
光の矢が男の頭を吹き飛ばした。
「「「ッ!!!」」」
頭を失ったその身体は、首から血を噴き出しながら、よろよろと力無く車内に倒れ込んだ。
「ひっ!」
「何?」
「攻撃されたぞっ!」
「外に敵がいる!」
「迂闊に出るな!」
「ちくしょう! 列車の護衛は何やってんだっ!」
…
暫し前。
佐藤優子はその場から一歩も動かず、『聖弓』を構えたまま、横転した魔導列車をじっと見つめていた。能力の恩恵で視力が上がっている佐藤だったが、月明かりがあるとはいえ、暗闇を見通せるわけではない。しかし、佐藤は全神経を集中させて感覚を研ぎ澄まし、動く者の気配を探っていた。
ギギッ
一つの車両から金属を押し曲げるような音が聞こえる。
そこへ視力と聴力を集中し、動いているモノに向け矢を放つ。光る矢が周囲の景色を照らしながら動くモノへ急速に迫り、冒険者の顔が照らされたと同時にその頭を吹き飛ばした。
「……」
自身の放った矢にやや不満顔の佐藤優子。
光る弓の欠点。それは光を発することだと佐藤優子は常々思っていた。弓という静粛性に優れた遠距離武器にも拘らず、弓と矢自体が光を放ち、射手と矢の軌道が嫌でも目立ってしまう。夜の暗闇ではそれが一層顕著だった。弾丸並の速度で放たれる矢を躱せる者など殆どいないが、対峙する相手が手練れだった場合や、敵が複数の場合は、この特性が致命的な欠点になり得るのだ。
冷静に自己を分析し、最適な戦闘行動を模索するその姿は、以前のような明朗快活な面影はない。佐藤は、幼少より培った新宮流の弓術と『弓聖』の能力を総動員し、目的を達することだけしか考えていなかった。
幼馴染の白石響と共に始めた新宮流の武術だったが、剣術を選んだ響に対し、佐藤優子が弓術を選んだのは決して弓が好きだったからではない。弓を選んだのは剣で響と打ち合うことが嫌だったからだ。弓なら幼馴染を傷つけることはない、それだけが理由だった。佐藤が武術を続けていたのは白石響と一緒にいたかっただけに過ぎず、武術に興味があったわけではなかった。
響と同じ高校、同じクラスになったことで、武術を続ける理由も薄れ、元々興味も無かった為、次第に自身は鍛錬をせず、響の側にいることしかしなくなった佐藤優子。
しかし、今ここには、かつての『勇者』、新宮幸三が『神童』と称した天才が、復讐の為にその才能に初めて力を注ぐ姿があった。
佐藤優子は、新宮流弓術を完全に修めている訳ではない。鍛錬もサボり気味で、飄々とした性格も相まって、真面目に取り組んできたとは言えなかった。しかし、時おり道場に顔を出し、様々な技の手本を見せてくれた師の姿や、奥義が記された古文書を響と一緒に盗み見た内容は鮮明に覚えていた。それを思い起こして自分のものにすべく、ここ数週間を全て鍛錬に費やした。佐藤は、能力の恩恵と元々の才能で脅威的なスピードで腕を上げ、能力で生み出した弓をただ撃っていただけの頃とは別人となっていた。
―『新宮流弓術【改】 垂桜』―
佐藤は夜空に向かって一矢を放つと、それが無数の矢に分裂して地面に降り注がれた。ゆっくりと散るようにして落下してくる光る矢は、あたかも照明弾のように周囲を照らした。
『新宮流【改】』とは新宮流の弓術と聖弓技を組み合わせた佐藤優子オリジナルの技だ。本来は火矢を複数まとめて上空に放ち、敵の真上から攻撃するのと同時に戦場を照らす技を、『聖弓』の特性をミックスして独自にアレンジして生み出したものだった。
複数の矢を一度に射る技は、新宮流にある弓術の一つだが、正射必中を旨とする現代の弓道家なら決してやらない外道だ。しかし、新宮流弓術は弓道ではない。戦場の戦いを第一に突き詰めた流派である。一定距離にある静止した的に当てるのは基本中の基本として、当然、動く相手に当てる技術や距離に応じた技、複数の敵に向けての奥義、味方を援護する技など多種多様な技が存在する。
横転した魔導列車が無数の光る矢で照らされ、その姿が露わになる。
その中で、二等車両の陰から複数の人影が周囲の森に素早く散開する姿を佐藤は捉えた。
(左右に散った……回り込んで囲む気か……)
佐藤は飛竜から降り、その体を叩いて飛竜を上空に飛び立たせて退避させる。飛竜に乗って上空から攻撃しないのは小回りの利かない飛竜に乗っていては、複数の敵からその巨体を守りながら戦うのは面倒だからだ。佐藤にとっては、帰りの足を殺られるくらいなら、地上で一人で戦う方が遥かに楽だったからに過ぎない。
…
車両から素早く脱出し、森に散開しながら佐藤優子に向かう『アレイスター』と『ドラッケン』のメンバー達。佐藤を中心に左右に分かれ、木々に身を隠しながら、間合いを詰めていった。
両パーティーは当然のように身体強化を施し、座席の安全ベルトにより脱線事故を無傷で乗り切っている。それぞれが車両の外に出る前に注意深く周囲を観察し、飛竜と飛竜に乗った者が光の矢で冒険者を攻撃した様子を見て、即座に討伐体制に移ったのだ。
(何者だ、ありゃあ……光属性魔法の『
『アレイスター』のロブは森の中を駆けながら考えを巡らせる。先程見た光を魔法によるものと推測するが、自分の知っているモノとは比べ物にならない程の威力に内心で舌打ちする。トリスタンからの事前説明にあった『勇者』の存在が頭をよぎるが、実際に対峙したこともない存在の脅威度合いを計りかねていた。
(もう少し近づいて射程距離に入ったら、軽い魔法をぶち込んで様子見だな。その間にトカゲ共が間合いに入るだろ……)
ロブは周囲にいるメンバー達に、魔法攻撃は牽制に留め、相手をその場で足止めするよう指示を出す。
…
ロブ達『アレイスター』と反対側の森に散開した『ドラッケン』の三人は、『アレイスター』と同じように佐藤に向かって迂回するように動いていた。リーダーのゲイルは右眼の眼帯を既に外しており、『予知の竜眼』を戦闘モードで発動させている。先程の佐藤の攻撃で、相手をただならぬ存在と即座に認識し、全力で掛からねば全滅するとメンバー二人に指示を出していた。
『予知の竜眼』の戦闘モードは、僅か一秒の半分程の未来しか視えない。しかし、実戦ではそれでも長い時間であり、刹那の判断が要求される近接戦闘では十分な時間だ。竜眼の発動中は魔力を消耗し続けるが、それに構ってられない状況だとゲイルは判断していた。
(魔法バカ共、上手く合わせろよ……)
ロブの思惑通り、ゲイルも『アレイスター』の魔法攻撃の隙に、相手に接近するつもりだった。見たところ、遠距離特化の術師と推測していたゲイルは、『氷魔槍ヘーガー』の間合いに入りさえすれば、相手が単独なら十分勝機があると考えていた。
そこへ、再度、佐藤優子が『垂桜』を自分の真上へ放った。
無数の光の矢に森が照らされ、佐藤は木々の影の中で動く物体を捉える。
―『新宮流弓術【改】 飛鷹』―
動く物体に向けて佐藤は矢を射る。放たれた光矢は猛スピードで木々の合間を縫って、森の中を駆けていた『アレイスター』のメンバーを追尾し、その胸を貫いた。
「か、か、か……」
回避する間もなく胸を貫かれたメンバーは、その場で膝を着き、風穴が開いた自身の胸を見ながら絶命する。
(バカなっ! ……おい、待てっ! 動くなっ!)
その光景を目にしたロブは即座にその場に伏せて身を隠し、倒れた仲間に駆け寄ったメンバーに注意しようとするも、次の瞬間には続けざまに放たれた光矢がそのメンバーの頭を吹き飛ばしていた。
(クソがっ!)
「冗談じゃねぇ! バケモンだっ!」
メンバーの一人がそう叫んで走り出した。佐藤とは反対方向へと駆け出し、森の奥へと逃げ出したのだ。
「バカヤロウっ! クソっ!『土煙』」
ロブは慌てて土魔法の『土煙』を発動し、土埃で周囲の視界を遮る。自分達も相手を見失うことになるが、自分とメンバーが狙われないことを優先し、咄嗟に魔法を行使する。発生した煙は瞬く間に森に充満し、互いの姿は完全に見えなくなった。
―『新宮流弓術【改】 百花繚乱』―
逃げ出したメンバーの進行方向の上空に矢が放たれる。その矢は上空で無数に分れ、広範囲の地上に降り注いだ。先程の『垂桜』と異なり、発生したその無数の矢は高速で地面に突き刺さり、一帯を吹き飛ばす程の威力があった。逃げ出したメンバーは、その身体に無数の矢が突き刺さり、悲鳴を上げる間も無く命を散らす。
同じ技を何度も放ち、逃走予測範囲一帯を掃討した佐藤優子は、逃走を図った者の死体を確認することもなく、弓を構えたまま周囲の気配を探る作業に意識を戻した。
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