第428話 列車の旅③

―『弓聖』佐藤優子―


 光る弓と矢を能力で生み出し、通常の弓を遥かに超える威力と射程、連射性を誇り、放った矢には標的を追尾する能力も付与できる。その能力は魔力由来ではない為、魔法防御の障壁や魔法を封じる結界でも防ぐことは出来ず、矢も尽きることは無い。


 その佐藤優子から、魔導列車へ向けて煌々とした一矢が放たれた。


 放たれた矢は途中で無数の矢に分裂し、まるで散弾のように魔導列車の先頭車両に突き刺さる。


 バリンッ


「おぶっ」


 先頭の機関車両の窓ガラスを突き抜け、無数の矢が車内を破壊し、機関士達を襲った。機関士長のスタンにも複数の矢が突き刺さり、その場に倒れる。


「うっ ごふっ い、一体、何が……」


「うう……」

「ぎゃああああ」

「あう……」

「……」


 車内に呻き声や悲鳴が木霊する。光る矢は、窓ガラスはおろか、車体までも貫通し、機関士達を襲った。無事だった者は一人もおらず、半分以上の機関士はその場で倒れたまま動かなかった。


「……クソが」


 スタンは傷ついた身体を無理矢理起こし、列車の速度を調整する加減圧ハンドルに手を伸ばして、それを回した。魔導列車の速度を最大に上げて、相手を轢き殺すつもりだ。


 …


「スタンっ! 誰か返事しろにゃ!」


 伝声管に向かってコティが叫ぶが、機関車両からの応答はない。


 前方から光が発せられて先頭車両を襲い、割れたガラス片が監視車両の窓に当たる。何かしらの攻撃を受けたことに間違いないと判断したコティは、急いで部下達に指示を出す。


「全車両に緊急警報! 防護壁を下ろして衝撃に備えるよう伝えるにゃ!」


 指示を受けた猫獣人の部下達が、緊急用のレバーを引いて車両の全窓の防護壁を下ろすと、伝声管で緊急事態を知らせる車内アナウンスを発した。


 先程から列車の速度が増し、スタンが相手を轢き殺すつもりで上げたのか、故障によるものかが判断できなかったコティは、最悪、脱線する可能性も考えていた。


「二人ついてくるにゃ! 残りはここで対衝撃体勢のまま待機!」


「「「はっ!」」」


 護衛部隊の最優先事項は、大陸の重要インフラである魔導列車の安全確保であり、乗客の安全ではない。無論、列車の安全を第一に行動すれば、自ずと乗客を守ることに繋がる。だが、仮に列車強盗に遭ったとしても、列車を守る為に犯人の排除が優先され、乗客が人質になったとしても、乗客の命は二の次とした行動も護衛部隊には許可されている。基本的には利用する客は自分の身は自分で守れというスタンスだ。地球のように、人の命は平等という考えは無く、人命第一とした考えも、この世界にはない。


 コティは魔導機関車の状況を確認するべく、部下二人と共に、先頭車両へ急いだ。


 …


 一方、佐藤優子は列車の速度が下がるどころか、上がる様子を見て、再度、弓を構えて、今度は地を這うような軌道で矢を放った。その矢は先程のものより数倍大きな槍の様に変化して、レール間の枕木を吹き飛ばしながら地面に突き刺さり、直後に爆発した。


 破壊された線路にはクレーターが出来ており、そこに列車が猛スピードで突っ込んだ。先頭車両が前のめりになって出来た穴にぶつかり、急制動が掛かった列車は後部車両を巻き込んで脱線した。


 ぐちゃぐちゃになりながら横転した車両が佐藤優子に迫るも、佐藤は動じる事なく深く被ったフードの下からその光景を冷静に見ていた。


「こんなんで死ぬわけないよね。……早く出てこい『鈴木隆』」


 そう呟き、佐藤は『鍵』の探知機を取り出し握りしめる。


 …


 暫し前。


 鳴り響いた警笛にすぐさま行動したのは、機関車両のすぐ後ろにあった一等車両にいた冒険者達だった。A等級冒険者パーティー『クルセイダー』の面々と、B等級冒険者のオリビアだ。


 警笛が鳴り、機関車両の受けた攻撃が振動となって一等室に伝わると、冒険者達は確信をもって行動を起こした。


 オリビアは志摩とアイシャと同じ寝室にいた為、すぐに二人を叩き起こし、座席に座らせて身体をベルトで固定させる。万一の事態に備えた安全ベルトは一等室と二等室にのみ設置されており、魔導列車内で護衛に就いた者なら当然その存在と使用方法は知っている。


 魔導列車での護衛は、魔物や野盗の襲撃だけでなく、脱線事故や衝突事故をも考慮に入れねばならない。地球の路線のように、線路に立ち入られないような柵があるわけが無く、大型の魔物や倒木、落石などが線路を塞ぐ事態は普通にあるからだ。大抵の場合は、列車の護衛部隊や機関士達の手で事故は未然に防がれるが、それを当然と考え油断するような冒険者は、この世界では長生き出来ない。



「なぁにー……お姉ちゃん……眠いよぉ」


「アイシャ、起きて! 志摩さん、荷物は貴重品だけでお願いします。列車が完全に止まるまでベルトは外さずじっとしててください」


「な、なにが起こったんですか?」


 志摩は、アイシャを抱き起して座席に座らせ、ベルトを着けてあげているオリビアに尋ねる。寝間着のまま叩き起こされ、訳も分からず座席に座らされて安全ベルトを着けさせられたが、志摩も寝起きで状況がまったく分からなかった。


 再度、警笛が鳴り響き、窓に防護壁が下ろされて、車内にアナウンスが流れた。



『緊急事態です。乗客の皆様は速やかに身体を固定し、衝撃に備えて下さい。繰り返します……』



「一体何が?」


「分かりません。先程から列車の速度が上がってます。魔物を轢き殺すつもりかもしれませんが、それならそうと案内があるはずです。……私もすぐに状況を確認したいところですが、列車が止まるまでは動かない方がいいです。幸い、この一等室は竜に襲われても壊れないのが謳い文句の特別車両です。脱線した程度では潰れることはないでしょう」


「だ、脱線ですかっ?」


 脱線事故を想像した志摩の顔が青褪める。それと同時に、「脱線した程度」という日本に住んでいた者ならあり得ないオリビアの認識に、恐怖を覚えた。


(こんなベルトだけで無事に済むわけない……)


 志摩は、鞄を床に放って、隣で眠そうにして座るアイシャを覆うように抱きしめ、祈るように衝撃に備えた。


 …


「志摩センセーは? ジーク!」


「センセーは大丈夫だエミュー。オリビアがいる、あいつも素人じゃねぇ、任せろ! それより、お前等も早く座って身体を固定しとけ! さっきから警笛が鳴り止まねぇ! こりゃあ、脱線もあり得るぞ!」


「くそっ! 列車の護衛共は何やってんだ!」

「機関士共、居眠りでもしてんじゃねーだろーな?」

「……一等室で良かったぜ、ちくしょう!」


 志摩達と部屋は違うが、同じ一等車両にいた『クルセイダー』の面々は、志摩達と合流するのは諦め、オリビアと同じように、列車が完全停止するまで身体を固定して耐えることを選んだ。


 魔導列車とはいえ、護衛任務の最中に寝間着に着替えて就寝している者などいるはずもなく、オリビアと交代で起きていた者を含めて、一等室にいる冒険者の誰もがすぐに戦闘ができる格好で席に座り衝撃に備えた。



 そして、強烈な衝撃が車両全体を襲う。



 有事の際、常日頃から万一に備えて訓練している者と、そうでない者。その明暗がこの時別れた。

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