第431話 抗う者達

 佐藤優子が放った光矢が、魔導列車の一等車両に突き刺さる。


 しかし、貫通はせず、矢の半分ほどを残したまま、刺さった矢はその力を失ったように霧散した。


「固い……」


 それでも構わず、佐藤は矢を連射し続ける。



 一等車両の装甲が穴だらけになる間、周囲の森や列車の陰からは、複数の目が佐藤を凝視していた。


 魔導列車の護衛部隊『灰猫』の獣人達。


 だが、獣人達は動けない。出れば死ぬ、そう誰もが本能で理解していたからだ。彼女達の仕事は魔導列車の護衛である。しかし、その列車は横転して一等車両以外は見る影もなく、今も攻撃に晒されている。その事は、彼女達の自尊心を強烈に傷つけていた。



「やめなさいっ!」



 列車の陰から声が発せられる。


 一等車両の後部扉の鍵を開け、そこから飛び出すように姿を現した志摩恭子の声だった。後から盾を持った『クルセイダー』のメンバーが、慌ててその後を追い、志摩の前に出て防御の姿勢を取る。


「やめなさい! 佐藤さんっ!」


「……先生?」


「佐藤さん、武器を下ろして! 話をしましょう? 貴方は九条彰に騙されているの! この世界に連れてこられ、私達の命が狙われたのは全てあの男の所為なのよ!」


「……」


 佐藤優子は、志摩の言葉を無視するように、弓を構えたまま周囲に視線を巡らし、レイを探す。レイが相手を油断させて隙を突く狡猾な男だというのは、白石響との戦いを見て佐藤は知っている。見知った顔が現れたからといって気を緩めるつもりは無かった。


 それに、志摩恭子が何故この場にいるのかという疑問よりも、ここにいるということは、『鍵』を持っているレイと行動を共にしているということだ。そのことの方が佐藤には問題だった。見たところ、志摩が拘束されてるようには見えず、それどころか、騎士崩れのような冒険者に守られている。


 佐藤は、志摩恭子が自分達を殺している人間に降ったことに嫌悪感を覚え、響を殺した男と共にいることが許せなかった。


 シュパッ


 佐藤の放った光矢が志摩の顔の横を通り抜ける。


「あの男は? この場にいるってことは、あの男と一緒にいるんでしょ? 答えないなら次は当てる」


「え? 男? ……ひょっとして、あのレイって人のことなの?」


「やっぱ、知ってるんだね。響を殺したあの男と一緒とか……やっぱ無理、もういいや」


「待って、話を聞いて――」


「最低だよ、先生」


 佐藤は矢を番えていた手を離し、光矢を志摩に放った。


 シュパッ


 光矢は、志摩の前で盾を構えていた『クルセイダー』の合間を縫い、志摩の腕に当たり、その腕を千切った。


「あ゛ぁぁぁあああ! ……ぁぐぅぅ」


 志摩は衝撃で仰け反り倒れ、無くなった腕の傷口を押さえて蹲る。護衛のメンバーは一瞬の光に何が起こったか分からず呆然とするも、悲鳴を上げる志摩を見て、即座に一人は盾を構え直し、もう一人は回復魔法を唱えようと志摩に駆け寄った。


 志摩の腕を吹き飛ばしても、佐藤は表情一つ変えない。最早、佐藤優子にとって、志摩恭子はレイを誘き出す為の餌としか見ておらず、志摩の悲鳴を聞いてレイが出てくるのを待っていた。探知機を取り出し、『鍵』が目の前の車両から動いていないのをチラリと確認し、視線をすぐに前に向ける。



「ぅあ……ぐぅう……だ、大丈夫、自分で……やります」


 ―『再生リジェネレイト』―


 駆け寄った『クルセイダー』のメンバーを制止し、自分の能力を発動させる志摩。みるみる腕が再生されていく様子に、駆け寄ったメンバーの顔が驚愕に染まる。



 そして、それを見て驚いたのは佐藤優子も同じだった。


「何それ? ……先生、そんな能力持ってたの?」


 立ち上がった志摩を見て、その腕が再生されてることに佐藤は驚くが、やがて沸々と怒りが湧き上がって来た。


「……なのになんで? ……なんで、響の目を治さなかったの? あの時……あの時、アンタが響を治してあげてれば……奈津美なんかに変なコトされずにすんだ……それで響はオカシクなったんだよ? あれがなければ私の前からいなくなることも……殺されることも無かった……」


 ブツブツと呟く佐藤の声は志摩には届いていなかった。仮に届いていたとしても、志摩に佐藤を納得させる言葉は出せなかっただろう。自分の生徒とはいえ、人を嬉々として斬り殺す白石を、命の危険があるならまだしも、失明だけならと志摩に治療する気が起きなかったのは事実だからだ。寧ろ、失明したままなら、それ以上、白石響が人を殺さなくて済むとさえ思っていた。そんなことを言われて納得する程、佐藤優子は論理的に動いてはいない。佐藤にとっては響が全てなのだ……。


「……佐藤さん? 今なんて言――」


 

「死ね」



 ―『新宮流弓術【改】 百花繚乱』―


 佐藤優子が光矢を打ち上げる。


 ヒュッ


 ガキンッ


 佐藤が矢を放った直後、森から短剣が佐藤に投げつけられる。しかし、佐藤はそれに気づきながらも、瞬時に身体をずらすだけで、そのまま『聖鎧』で弾き、短剣が飛んできた方へ弓を向ける。


「そこら辺の隠れてるお前らも、まとめて死ね!」


 佐藤の矢が森の上空に打ち上がる。先程と同様、光矢の雨が森に降り注ぎ、隠れていた一部の『灰猫』の獣人達を襲う。


 その後も矢を乱射し続ける佐藤優子。光矢の雨が周囲一帯に降り注ぎ、全てを薙ぎ払ったかに見えた。



 ―『絶対防御アブソルートガード』―



 志摩恭子を中心に、一等車両を含めた一帯に絶対防御の結界が張られ、佐藤の光矢を防ぐ。


「ッ!」


 その光景に、佐藤は目を見開く。今まで光矢を完全に防がれたことは無い。どんな魔法障壁や結界でも『聖弓』の矢は防げない、その確信が揺らぎ、佐藤は動揺する。


「そんなわけない!」


 志摩に向けて直接矢を放つ佐藤。しかし、その光矢は結界に当たるも貫通どころか突き刺さることも無く制止し、力を無くした矢はそのまま消えていった。


「ふざけんなぁぁぁこの裏切教師がぁぁぁ」


 己の絶対的な自信が崩れ、狂ったように矢を乱射し続ける佐藤。同じ箇所を何度も狙い結界を突破しようとするが、結界には傷も入らない。


「くっそ――」


 ガシッ


「ッ?」


 ガシッ


「「「にゃ……にゃぁ~」」」


「くっ、こいつ等いつの間にッ!」


 佐藤優子の足にしがみ付く『灰猫』の獣人達。乱射していた佐藤は周囲の警戒を怠っていたわけでは無かったが、いつの間にか接近され、その足に組み付かれていた。誰もが血だらけで満身創痍だが、佐藤の身体を掴む力に全力を込めており、佐藤がそれに気付いた時には複数の猫獣人達にその身体を掴まれていた。


 森に潜み、わざと気配を出していた者と、殺していた者。前者を囮に、後者が極限まで気配を殺し、距離を詰めていたのだ。


「このぉ!」


 佐藤は構えていた弓を足元の獣人に向けて矢を放ち、一人の息の根を止めると、弓を手放し『聖刀』を出現させる。


 ―『聖剣召喚』―


 ガシッ


 聖剣を出した瞬間に、その腕が『灰猫』隊長のコティに掴まれる。


「フーーー!」


「離せ――」


 コティを振りほどこうと腕を回すも、身体強化を施した獣人の力は簡単には引き剥がせず、そうしてる間にも次々と他の獣人達に組み付かれる佐藤優子。


「殺れにゃぁぁぁあああぁぁ」



 コティの叫ぶ方向、魔導列車の機関車両の陰には、他の者と同じように血だらけで『魔導砲』を構えていたスタンの姿があった。


「ワシの魔導列車をめちゃくちゃにしやがって……死ねや!」


 魔導砲から眩い光が発せられ、竜の魔石で出来た砲弾が佐藤優子に向けて発射された。


「うああああああ『聖盾召喚』!」


 瞬時に脅威を感じた佐藤は、その後の肉体への影響を顧みずに身体強化を最大にまで上げ、腕に組み付いた者達を強引に振りほどき、『聖盾』を生み出す。


 佐藤は砲弾が盾に当たったと同時に、砲弾をいなすように盾を逸らすが、その威力は凄まじく、砲弾が盾をえぐり、佐藤の腕が持って行かれる。


「あああああああああぁ……」


 …


「やったか?」


 土煙が上がり、標的の姿は見えないが、スタンには当たったという、確かな手ごたえがあった。


「ざまぁみやがれ! 魔導列車を舐めるとどうなるか……あん?」


 煙りの中から現れた人影を目にし、スタンは慌てて魔導砲を構え直す。だが、列車に備え付けられてる魔導砲には一発しか砲弾が装填されていない使い捨ての兵器であり、緊急時用のものだ。連続発射に耐えられる砲身でもなく、予備の砲弾も無い。


 しかし、ここで砲を捨てればこちらに攻撃手段が無いことがバレる。ここはハッタリでも魔導砲を向けるしか、他にスタンが取れる手段は無かった。


(くそがぁ……)



 煙が晴れ、現れたのは、ボロボロになった『聖鎧』と『聖盾』ごと左腕を無くした佐藤優子の姿だった。


「あう……ふぅ ふぅ ふぅ」


 佐藤は呼吸を整え、身体を動かそうとするも、砲弾の衝撃波により、身体がショック状態で思うように動かせない。立って意識を保っているだけでも奇跡の様な状態だが、佐藤は歯を食いしばり、震える手で腰のポーチに手を伸ばす。


「さ、佐藤さ――」


「……覚えてろ」


 佐藤が取り出したハンカチのような布から魔法陣が浮かび、一瞬で佐藤優子の姿が消えた。


「「「消えた?」」」

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