第426話 列車の旅①

 魔導列車。


 地球の電車に比べて震動や騒音も少なく、ドワーフの職人の手によって異常な精度で設置されたレールは、走行中に継ぎ目を感じることも無い。通常編成は十二両。先頭から魔導機関車、一等車両、二等、三等と客室車両が続き、中央に護衛部隊や客室乗務員、整備員用の車両があり、後方半分は貨物車両だ。


 魔導列車は、火、水、風の魔石を動力源とし、蒸気機関に似た方式をもつ機関で列車を動かしている。これはドワーフ達が製作したものだが、その開発には二百年前の『勇者』が関わっていた。動力源には属性を持つ魔物の魔石や、魔力を込めることができる魔晶石の二種類が使われており、列車の運用、維持には冒険者ギルドも大きく関わっている。


 運行当初は、列車が運行する度に冒険者や傭兵が警備に雇われていたが、路線や車両が増えるにつれて、当時の傭兵団の一つが組織化し、専門で警備にあたるようになった。


 その魔導列車専門警備の前身だったのが『獣王傭兵団』である。


 当時、『獣王傭兵団』は様々な種族の獣人が、その種族ごとに部隊を形成しており、それがそのまま魔導列車の各路線の担当警備にあてられた。魔素が濃く、危険な魔物が多い路線や、重要物資を運ぶことが多い路線は上位の優秀な部隊が担当し、比較的安全な路線などは下位の部隊が担当する。また、各国の要人や重要人物が乗車する際や、新たな路線開拓の為の遊撃部隊も存在する。尚、一部路線では神殿騎士が警備を担当するなど、例外の路線もある。


 …


 冒険者ギルド本部とジルトロ共和国の首都マネーベルを結ぶ路線は、利用者の殆どが冒険者ということもあり、列車の警備は傭兵団では下位の部隊とされる『灰猫』が担当していた。


「今回の運行はなんだかいつもと違うにゃ~ん」


「一等、二等客室が貸切なんざ、滅多にねーからなー グビリ」


「一部を除いて、A等級の連中が珍しく気を張ってるにゃー」


「この路線じゃ、冒険者なんぞ、いつも酒飲んで寝腐ってんのに珍しいこった グビリ」


 機関車両でそう会話を交わしているのは、ドワーフの機関士長であるスタンと、警備隊長の猫獣人コティだ。二人の後ろでは他の機関士であるドワーフや人間達が黙々と作業している姿が見える。


「飲んでんのはオメーもダロ」


「バーロー これはエールだ。酒じゃねぇ!」


「ギルドからも今回は気を付けろって言われてんだから控えろヨ、ジジイ」


「ギルドから? 聞いてねぇぞ」


「言ってたにゃーん」


 そう言って、コティは機関車両を後にする。その表情は終始笑顔だったものの、瞳孔は縦に割れ、鋭い眼光を放っていた。下位の部隊といっても人族に勝る膂力と俊敏性をもつ獣人の戦士であることには違いなく、国を超えた重要施設である魔導列車を警備するに値する実力は当然持っている。コティは今回の運行では何かが起こる、そう予感していた。


 …


 一等室。


 リビングでは志摩恭子がテーブルでいくつかの書物を開き、羽ペンで何やら紙に書き込んでいた。隣に座るアイシャは後ろを向いて窓に張り付き、食い入るように流れる景色に釘付けだ。


「何をしてるんです?」


 元神殿騎士や神官で構成されたA等級冒険者パーティー『クルセイダー』。そのリーダーであるジークが志摩に声を掛けてきた。一等車両の警備には『クルセイダー』のメンバーがついており、『アレイスター』と『ドラッケン』は二等室とその他の警備に別れている。


「大陸共通語と古代語の本を見比べて、文法のパターンなんかを見比べてるんです。トリスタンさんから借りてきた翻訳本なんですけど、所々意味が通じなくておかしなところが結構あるんですよね。道中やることもないし、気晴らしになると思って……」


「へ~ 凄いっすね~ 古代語が翻訳出来たらそれで食っていけますよ。なんせ、一文字金貨一枚って馬鹿みたいな相場ですからね~」


「そ、そうなんですか? ……すごいですね」


「それに、志摩センセーみたいな美人なら依頼が殺到しますよ?」


「な、なにを言ってるんですか! 冗談はやめて下さい!」


 そう言って、覗き込んできたジークからサッと目を逸らす志摩恭子。金髪碧眼の整った容姿は、中年とはいえまるでハリウッド俳優だ。英語教師として何人も外国人と接したことのある志摩でも、ジークの容姿は比較にならない程別格だった。


「おら、離れろオッサン。護衛対象に色目使うな」


 同じパーティーメンバーのエミューがジークの襟首を掴み、ぞんざいに志摩から引き剥がす。ジークと同じ金髪碧眼。若い見た目の女性で可愛らしい雰囲気を持つが、その容姿は驚くほど整っており、見る者に強い印象を残す存在感があった。


「色目なんか使ってねーっしょ、志摩センセーのやってることに興味があっただけだっつーの」


「嘘つけっ! 書物なんか興味ねーだろ」


「たはは、バレた?」



「エミューって言ったっけ。随分若いみたいだけど、アンタ歳いくつ?」


 紅茶を人数分運んできたオリビアがエミューに尋ねる。各パーティーが合流してからオリビアが気になっていたことの一つだ。冒険者の登録は人族の成人年齢である十五歳からしかできない。この世界には正確な戸籍があるわけでもなく、誤魔化そうと思えばできなくはないが、どう見ても十代半ばぐらいの女の子が、A等級冒険者パーティーにいる違和感がオリビアには拭えないでいた。


 無論、イヴのような例外もいるのは知っているし、獣人のように生まれながらの強者もいる。しかし、どんな強者であろうと、経験だけは才能では補えない。例え、竜を倒せる強さがあろうと、A等級が受けるような依頼は様々な知識や経験が必要だからだ。


「じゅ、十八ですけど……なにか?」


「ふ~ん……」


(嘘……ね。イヴと同じくらいかな? あの子は経歴を聞いたから納得したけど、この子も若すぎない? ジークの奴、子供なんてパーティーに入れて何考えてんのかしら? まさか、若い子が好きとかそんな理由じゃ……)


 オリビアはジークをジト目で見る。この世界では貴族や王族が年の離れた若い女を妻や側室に娶るのは珍しくない。若い女性を迎えるのは性的な趣向が理由ではなく、跡継ぎを残す為なのだが、中にはそういった趣味の者も少なからず存在する。


「なんだよ、その目は。……お前、なんか変なこと勘ぐってんじゃねーだろーな?」


「別に~?」


「言っておくが俺は色っぽい女が好みなんだ。志摩センセーとかお前さんなんかはいつでも歓迎な……痛っ」


「「死ね」」


 オリビアとエミュー、両者から同時に足を蹴られ、ジークが悶絶してる間にそれぞれが仕事に戻って行った。



「痛つつ……ったく本気で蹴りやがってあいつら。まったく、冗談だっつーの」


(情報通り、やはり子供に関しては鋭いな。エミューのことがバレる前に始末するか? いや、使徒様が気に掛けているということは迂闊なことはできんか。個人的にもそうはしたくないし、他の問題を先に処理するか……)


 …


 二等室。


 二等室の一室では、魔術師で構成されたA等級冒険者パーティー『アレイスター』の面々が寛いでいた。護衛中なので流石に酒を手にしている者はいないが、それぞれ気を抜いた格好でとても有事に即応できる体制ではない。


「ったくよ~ なんで、俺達が二等室なんだよ」

「しゃーねーだろ。直接の護衛は剣士共の仕事だ」

「そうそう。つーか、魔術師の俺らに護衛を頼むかね、普通」


「おい、お前等。この依頼が終わったら一人補充するから候補を考えておけよ?」


「そういや、『風』が足りねーのか……」


「「「……」」」


『アレイスター』のメンバーは、それぞれ複数の属性魔法を扱える高位の魔術師だが、各々得意な属性が異なる。風の属性が得意なメンバーは、先の戦いでグリフォンに殺されてしまっていた。


「『風』ねぇ~ 誰かいたっけ?」


 メンバー達は、自分達が知る魔術師の中で、風魔法が得意な者がいないか記憶を探る。『光』と『闇』を除いた四属性、その内の風魔法は習得者が少ない。目に見えない風という現象をイメージすることが困難だからだが、エルフ族が例外なく風魔法を扱えるので、習得困難な印象が一般にはあまり無い。人族で風魔法が得意な者は極少数に留まり、A等級の冒険者活動が出来る者は更に限られた。


「いっそ、エルフでも入れるか?」

「エルフっていっても、そこら辺にはいねーからなー」

「エルフなんて野郎しかいねーじゃねーか。それに、奴らは人間を見下してっから俺は気に入らねぇな」


「エルフは女、それも抱くだけに限るぜ」


「「「ちげーねぇ! ギャハハハハ!」」」


 …


 一方、同車両の別室では、竜王国ドライゼン出身の竜人ドラゴニュート達、A等級冒険者パーティー『ドラッケン』が各々瞑想や武器の手入れを行っていた。


「ゲイルさん、オブライオン王国っていったらドライゼンに近いですよね」


「そうだな。思えば近くに行くのも久しぶりか……」


 瞑想をしていたゲイルがメンバーの問いかけに答える。


「依頼が終わったら、帰りに寄るのもいいんじゃないですか?」

「こいつも、故郷に埋めてやりたいし……」


 一人のメンバーが手に持っていたのは先の戦いで亡くなったメンバーの角だ。この世界では遺体を運ぶ風習は無く、人が死んだ場合はその場で荼毘に付し、骨を砕いて埋葬される。街の外で死んだ場合、状況によってはそれをする余裕がないことも多く、骨の一部でも故郷に埋められるのは幸運と言えた。


「ああ、そうだな。だが、今は考えるな。依頼のことに集中しろ。余計なことを考えれば次は俺達が死ぬことになる」


「「はい……」」


 ゲイルはそう言ってメンバーの気を引き締めると、再び瞑想に入った。


(あの戦いの前に視た予知が外れた。先を視過ぎた所為もあるが、あれほど大幅に結果が変わったのは初めてだ……)


 リーダーのゲイルの右眼は、『竜眼』と呼ばれる魔眼の一種だ。通常、魔眼や竜眼というのは二対一組で、両目に発現することが殆どな為、ゲイルのように片目だけというのは特殊な目を持つ者の中でも稀だった。


 ゲイルはその『予知の竜眼』で、数秒先の未来が視える。それに、長い年月の訓練により、数十分先の未来も予知することができた。しかし、その予知は完璧ではなく、あくまでも高い可能性を示す未来でしかない。


 冒険者ギルド本部での戦闘がはじまる前、ゲイルが予知した未来では、あの場にいた冒険者の殆どが夥しい蟲に喰われ、死ぬはずだった。それに、今まで見たことの無い、青い髪の男も現れていない。蟲の大軍も、青髪の男もかつてゲイルが遭遇したことは無く、そのような未知の材料が現れたにも拘らず、その予知が外れたことに、ゲイルは引っ掛かりを覚えていた。


(いかんいかん、余計なことを考えているのは俺の方だったな……)

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