第425話 魔王の残党②
「では、処置室に運びます」
「ええ、頼むわね、イリーネ」
昏倒した『真祖の吸血鬼』ヴァイゼックを、イリーネが担ぎ上げて部屋から運び出した。
「折角、用意した仕掛けは無駄になっちゃったわね。アイツ、あんな弱かったかしら?」
そうマレフィムが呟くと、部屋の至る所から仕掛けていた魔法陣が浮かび、それらが消えていった。流石に血に混ぜた薬はすぐに看破されると思っていたマレフィムだったが、予想外に飢えていたようであっさり飲むとは思わなかったのだ。
「あのチキン野郎のことだから、あれが分身体の可能性もあるか……まあ、聞いてみれば分かるわね」
…
……
………
「……」
ヴァイゼックが目を覚ますと、石造りの天井が見えた。身体は動かず、辛うじて目を左右に動かすと、先程いたエルフの吸血鬼の寝顔が隣に見える。
そこへ、マレフィムがヴァイゼックの顔を覗き込むように顔を出してきた。
「意識が戻ったかしら? と言っても、もう声が出せないだろうから返事は出来ないわね。アナタが眠ってる間に黒魔法で必要な情報は聞き出したから、もう用は無いんだけど、丁度いいからお使いでもお願いしようかしら……」
「……」
マレフィムが言うように声が出せないヴァイゼックは、首から下の感覚が全く無いことに違和感を覚える。
「……状況が知りたい? まあ、そりゃそうよね」
そう言うと、マレフィムはヴァイゼックに手を伸ばし、その髪を鷲掴みにすると、軽々と頭を持ち上げて、隣に寝ているイリーネの方へ向ける。
そこにはイリーネの身体とその奥に、首の無い男の身体が寝かされていた。
(ッ!)
「アナタの元身体よ。言ったでしょ? 身体を貰うって。生きてる『真祖』の身体とイリーネの首を繋げるの。ちょっと荒っぽいけど、私の魔術と吸血鬼がベースだから可能なのよね」
「……」
「まあ、そこで見てなさい」
ボチャン
マレフィムは液体の入った水槽のようなものにヴァイゼックの頭を放り入れると、そのままイリーネの元へ歩いていった。
(……再生が出来ない……これは……聖水? ……私をどうする気だ……?)
ヴァイゼックはマレフィムが何故、自分を始末しないのか疑問に思った。死にたいわけではないが、態々、高濃度の聖水につけてまで再生を阻害し、生かしておく理由に見当がつかなかった。
(……お使い)
ヴァイゼックの脳裏にマレフィムの発したその言葉が浮かぶ。自分を使い魔のように使役するつもりだろうか? しかし、それならまだ望みはある。何かしらの『呪』は刻まれるだろうが、自由になれればこちらのものだ。
そう、ヴァイゼックは思っていた。
しかし……
「それじゃあ、次はアナタの番ね、ヴァイゼック。今からアナタの首をイリーネのお古の身体に繋げるわ。先に行っておくけど、変な期待はしないでね。聖水に浸けたまま魔術で癒着させれば、アナタの身体のベースはイリーネの第二世代吸血鬼、しかも腐りかけの身体になるから『真祖』の力は失っちゃうから」
(なん……だ……と?)
「あとは予想してるだろうけど、色々仕掛けもプレゼントしてあげるから、お楽しみに。じゃあ、はじめるわよ」
(やめろぉぉぉぉおおお!)
…
……
………
「どう? 新しい体は?」
「はい、とても良いです。ありがとうございます、奈津美様」
ソファで紅茶を飲んでいるマレフィムの前に、イリーネが現れた。以前は蝋人形のような肌色が、いまは人間と遜色ない血色を取り戻していた。それに『真祖』の身体操作で男性の身体が女性の身体に変化しており、見た目は吸血鬼どころか、普通のエルフの女性と変わらなかった。
「フフフッ でもまだ無理しちゃダメよ? その身体に慣れるまで暫く無茶はしないようにね」
「承知しました」
「それにしても、『聖帝レイ』か……。ヴァイゼックから聞き出した話では、どうやら人間じゃなさそうね。ひょっとして、エタリシオンで私のホムンクルスと響を殺ったのはそいつかも。連れにエルフもいるらしいし。異世界人、しかも日本人なら女神が寄こした『勇者』の可能性が高いわね。そうであれば、同じ異世界人である
「どうかなさいましたか?」
「……記憶に無い」
「?」
「九条彰の記憶が私の中に……無い」
自身の記憶を慎重に探るマレフィム。マレフィムは客観的に東条奈津美の記憶を見ることで、東条自身が思い出せないような細部まで、記憶を鮮明に引き出すことができた。しかし、九条彰のことはこの世界に召喚される直前までの記憶しか無い。それより前の、学校生活の記憶に九条の姿が無いのだ。
「あの時……教室に魔法陣が浮かぶ直前、九条は教室に入って来た……そう、私達のクラスは三十一人のクラス……三十二人じゃない……九条はクラスメイトではなかった……何故、そう思い込んでいたの? 洗脳? いや、そうであれば皆あれほど自由に動けはしない……まさか、記憶操作? そんなことが……それにあの時の九条の表情、召喚されるのを知っていたようにも見える……」
「奈津美様?」
「どうやら、九条彰には何かあるわね。オブライオンにはいつでも戻れるけど、優子に会うのは流石に拙い。響が殺されたと知ったら怒りで覚醒しそうだし、まずは情報を集めないと……今は、私のワンちゃんがしっかり仕事してくれるのを期待するしかないわね」
…
その頃。
「な、なんてことだ……こ、この私が第二世代? それも腐りかけの女の身体だと? なんだ! この貧弱な身体はっ! おまけに碌に魔力も練れないじゃないかっ! なにが「てぃーえす」だ、あのクソ魔女っ! いぎゃっ」
ヴァイゼックは古城を出て、マレフィムの命令を遂行するべく大地を全力で走っていた。愚痴を漏らし、マレフィムに悪態をつく度に全身に激痛が襲う。
向かっているのは人の住む大陸、その先にあるオブライオン王国だ。ヴァイゼックはマレフィムの命令に逆らえない様、その身体に『呪』を刻まれ、反抗する態度をとる度に、抗えないほどの激痛が与えられていた。『真祖』の力も奪われ、飛翔魔法で飛行する魔力の余裕も無く、かつての超常的な身体能力も無い。以前であれば、身体操作で容姿や肉体を思うがままに操れた能力も、第二世代の吸血鬼には無かった。
ヴァイゼックは、男の顔に女の身体という歪な身体で、マレフィムの命令を実行せねばならなかった。
「くそっ! なんて走り難いんだっ! それより、拙い……こんな状態ではそこらの冒険者にだって殺られてしまうじゃないかっ! こんな身体で命令なんてこなせる訳がない! 何考えてんだあのクソ魔――あぎゃぁぁぁあああ」
男の顔に内股で走る様子と、激痛によって悶える姿からは、以前の紳士然とした面影は全くない。ヴァイゼックがマレフィムの命令を放棄した場合、この激痛が絶え間なく続くことになり、自分の姿を気にする余裕も無かった。
二百年前に魔王の劣勢を察して勇者から逃げ、形振り構わず生き延びてきたヴァイゼックに自ら死を選ぶ気概は無い。無様でもなんでも生き残ることが全てだ。マレフィムの命令を実行しつつ、どうにかこの状況を打開し、以前の力を取り戻す。そう考えながらヴァイゼックは走る。
(見てろよクソ魔女め……いつか必ず血を吸ってや――)
「あんぎゃぁぁぁあああくぅそぉがぁぁぁあああ!」
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