第421話 要請?

 ―『ラーク王国 王都フィリス 冒険者ギルド支部』―


「へっくしゅーーーん!」


「大丈夫ですか、マリガンさん?」


「誰かが噂しているようだ。多分、妻と娘が」


「どうせ、ラーク王かテスラー宰相じゃないですか?」


「くっ、相変わらず辛辣だね、ステファニー君」


「それより、本部からの要請はどうするんですか?」


「どうするもこうするもない! 豚鬼が大量発生につき、応援を寄こせだの出来るわけ無いでしょ! それも、剣と鎧で武装してる豚鬼とか、危なくてC等級以下なんか出せないし、こっちは無理矢理奴隷にされて、逃げ出した冒険者の問題だって片付いてないんだよ?」


「おまけに、ラーク王への返事の手紙はまだ届いてませんしね」


「うっ」


 レイにご執心のラーク王がしたためた手紙ラブレターは、レイ一行が立ち寄りそうな冒険者ギルドの支部にばら撒くように複数が送られた。その手紙を書くのに、度々マリガンは王宮に呼び出され、王との謁見を強要されていた。


 ラーク王と謁見する度に、その後にテスラー宰相に呼び出されて愚痴や無茶振りをされるまでがセットで、日々のギルド業務の繁忙さもあって、マリガンの精神は限界にきていた。


 そのラーク王の書いた手紙はレイの元へはまだ届いておらず、当然、返信は無い。手紙の郵送業務は冒険者ギルドが担っており、ラーク王はレイからの手紙が来ていないかを連日ギルドに使者を寄こして確認する始末だ。


「そんなに返信が欲しいなら、使者に手紙を持たせて直接レイ殿に向かわせればいいんだっ! ギルド便は庶民用なんだぞ? 貴族や王族が手紙を出すなら自分のところの人間を使うのが普通でしょうがっ!」


「なら、そう王様に伝えればいいのでは?」


「できるわけないでしょ……」


「知ってます」


「くっ!」


「しかし、王様って凄いですよね。反乱した貴族や騎士を自ら処刑するとか……」


「ああ、先日の公開処刑のことか。ジルトロ共和国の議員連中には無理だろうね。だが、君主国とはいえ、あれが普通なわけじゃないぞ? 王自ら罪人の首を刎ねるなんて聞いたことないよ。それに、ラーク王は簡単に首を刎ねてるが、いくら魔金オリハルコン製の剣でも、あんなにアッサリ首なんか落とせないからね普通」


「そうなんですか?」


「どんなに斬れ味の良い剣だって、刃の入れ具合によっては骨に当たったりして身体強化をしてても一撃で両断なんて簡単じゃないんだよ。なんでも、ラーク王は幼少の頃から近衛騎士団長から剣の指導を受けてたらしいけど、それでも女性王族があんな平気な顔してズバズバ首を刎ねるなんてちょっと普通じゃない。才能もあるんだろうが、堕落して圧政を強いた前王と王太子、実の父親と兄も自ら処刑したらしいし、見た目に反して、おっそろしい王様だよ」


「王都ではあの美貌もあって民衆から物凄い人気ですよ? それに、騎士団や近衛騎士団の募集も、出自や経歴を問わないって異例の応募条件の所為でギルドの冒険者も試験を受けに行っちゃいましたし……」


「それだよ! よりにもよってなんで今なの? いや、わかるよ? 反乱騒ぎで国の騎士が大幅に人員不足になっちゃったからね! でも今じゃないでしょう! まだ違法鉱山から逃亡してる冒険者の問題は片付いてないんだよ? この支部だって人員不足で周辺国のギルドから応援呼んでんのに、そこから引っ張っちゃうって何でなのYO!」


「そりゃあ、根無し草の冒険者が騎士、それも、近衛騎士になれるかもしれないなら、みんな応募しますよね。王様も超美人だし。といっても、殆どが試験に落ちて戻ってきましたけど」


「腕利きや、将来有望な者が引き抜かれて、ボンクラが戻ってきただけだがね!」


「ですよね。ドミンゴさん達、早く帰って来てくれないかな……高等級の冒険者達がいなくて困っちゃいますよね」


「次から次へと本当に頭が痛い……」


 コンコン


「失礼します、ギルドマスター、お客様がお見えです」


 ギルドの執務室のドアがノックされ、受付嬢が三人の客人を伴い、入室してきた。


「「ッ!」」


 入室してきた一人は王宮の使者だ。


 連日訪れているレイからの返信を確認しに来ている近衛騎士の男。ただの手紙の確認の為に近衛騎士を寄こすラーク王の神経を当初は疑ったものだが、今ではマリガンとステファニーにとってはお馴染みの顔だ。


 しかし、続く二人の女性は嫌でも緊張が走る存在だった。


処刑人パニッシャー』。不正や暴走した高等級冒険者を処断する本部のS等級冒険者の二人だ。二人共、灰色の外套のフードを深く被りその顔がはっきり見えないが、高等級の冒険者を力づくで断罪する者達に対し、顔を見せろなどギルドマスターでさえ言えない。


 その二人の内の一人が、執務室のテーブルにドサリと革袋を放り投げた。


「……拝見しても?」


 恐る恐るマリガンが置かれた革袋について尋ねる。放り投げたということは、マリガンに見ろということなのだろうが、一応の確認だ。


「オレ達の仕事は終わった。名簿にあったA等級とB等級は全て狩ったから、次の仕事に行かせてもらう」


「へ?」


 若い女性の声でそう言った一人は、もう一人を連れてそのまま部屋を出て行ってしまった。退室時に近衛騎士の男とすれ違うが、男はさっと道を開けて二人を通した。近衛騎士団長のロダスの下で鍛えられた男は、瞬時にその二人の実力を見抜き、いらぬトラブルを避けたのだ。自分は近衛騎士で相手は冒険者、だからと言って、己の自尊心の為に突っかかり、負けて犬死することは国王陛下の騎士としてあってはならぬとロダスに叩きこまれている。それに、男は王宮でレイとリディーナ『S等級』の戦いぶりを直接目にしていたことから、冒険者を侮っていなかったことも大きかった。


 この二人と戦えば殺される。男は、そう直感で判断し、それは正しかった。



 一方、マリガンは、放り出された革袋の中身を見て言葉を失っていた。


 革袋の中身は、逃走中の高等級冒険者の冒険者証だった。違法鉱山で奴隷として働かされていた者達は、その全員が名簿に記され、討伐、もしくは説得に向かう冒険者に渡されていた。その名簿にあるA等級とB等級の冒険者全員の冒険者証が入っていたのだ。


 冒険者証があるということは、ギルドに出頭させるような説得ではなく、討伐された、始末されたことを意味する。


「嘘でしょ……これ、全部? 何人いると……いや、一体どうやって国の内外に潜伏している者達を探せたんだ? それに探せたとしてもどうやってこれだけの人数を短期間で始末して回れたんだ? たった二人だぞ?」


 マリガンの顔が驚愕に染まる。長年、ギルドで仕事しているが、このような不可解、且つ、不気味な事態は初めてのことだった。



「あの二人、かなり若いようだったが、亜人種か?」


 近衛騎士の男がマリガンに尋ねる。


「え? い、いや、お恥ずかしながら、私でも詳細は『S等級』ということぐらいしか知りません。ウォルト・クライス侯爵が引き起こした冒険者の暴走を処理する為に本部から派遣された者達、ということだけです」


「冒険者ギルドというのは、レイ殿やリディーナ殿だけでなく、まだまだあのような強者がいるのだな。我々も精進せねば。これはロダス団長に報告だな。ところで、私の要件だが……」


「レイ殿からの返信は本日も届いておりません」


「で、あるか……」


「あのー 届きましたら即座に王宮へお届けしますので、近衛騎士様がご足労頂かなくとも……」


「そのことなら、暫くここへは来れんからそうしてくれると助かる。我々も暇では無いのだが、連日陛下が煩くてな。おっと、口が過ぎた、忘れてくれ」


「は、はい…… ん? ここへは来れないとは?」


「うむ。神聖国セントアリアがロダス団長を招聘したいと打診があってな。私も同行するのだ。陛下にはそれを理由にここへは人をやらぬよう具申させてもらった。……(そのまま忘れて頂ければこのような面倒をしなくて良いのだが……)」


「はい?」


「なんでもない。それより、貴様にロダス団長と私を含めた近衛騎士が国外に出ることをなぜ伝えたと思う?」


「え?」


 マリガンには何のことだが見当がつかなかった。王宮守護の近衛騎士団の一部が国を離れるのは王族の外遊時、もしくは冒険者では手に負えない大規模な魔物の討伐ぐらいだ。一時的にとはいえ、王宮の守備が手薄になるようなことを近衛騎士自ら発言した意図がマリガンには分からなかった。


「王都の治安維持に貴様等冒険者ギルドも協力せよ」


「へ? きょ、協力とは……?」


「近衛騎士の一部が不在なだけで、全騎士が不在なわけではない。王宮は勿論のこと、王都にも万全の警備体制が敷かれる。これは冒険者に警備に加われという話ではない。……冒険者は問題を起こすな、犯罪行為は勿論、些細な喧嘩でも街を騒がせることの無いように徹底させろ」


「はあ……?」


「私が貴様にロダス団長のことを伝えたのは、私なりの善意だ。団長不在時に冒険者が何か問題を起こせば、テスラー宰相は何かしらの罰をギルドに課すつもりだ」


「テスラー宰相が?」


「マリガン、貴様、テスラー宰相に何かしたのか? 宰相は冒険者ギルドのことを良くは思っておらんようだ。団長不在の間に何かしらの理由をつけて、冒険者を排除したい考えのようだ。以前はそのようなことはなかったのだが……冒険者の違法鉱山の暴走行為だけでそうなったとも思えん。そもそもその件は、我が国から出た反逆者の所為でもあるしな」


 マリガンは、テスラー宰相の要望をのらりくらりと躱し、結局、ラーク王の要望通りにレイ宛に手紙を送付したことで、宰相をキレさせたことを思い出す。幸い、レイに心酔しているロダス団長やナタリー副団長が宰相を宥め、事なきを得ていたのだが、ロダスが不在の間、その緩衝材がいなくなる。現在、血圧上昇中のテスラー宰相を止める存在がいなくなるのだ。


 マリガンの顔が一気に青くなる。厳密にはテスラー宰相が腹に据えているのはレイのことであり、冒険者というより、レイが冒険者だからという理由のとばっちりである。おまけにテスラーが用意したラーク王の結婚相手の候補達は、王が反逆者の首を次々刎ねる様子を見て全員が辞退し、テスラーの目論見はことごとく潰えていた。


 その鬱憤をどこで晴らすか、矛先は冒険者ギルドに向けられていたのである。


「何か問題を起こせば、ギルドの税金を大幅に引き上げるだの、冒険者を一歩も王都に入れさせない法案を作るだの言ってたな。仮にそうなって冒険者がいなくなれば、この国も困る。私の業務も増え……ゲフン。……くれぐれも気を付けろ。忠告はしたぞ」


 そう言って、近衛騎士の男は部屋を退出していった。



「税金上がったら私の給料出るんですか?」


「ステファニー君、気にするとこそこなの? そんな事態になったら支部は潰れて職員みんな無職だよ」


「私も騎士団の募集に応募しようかな……」


「お願いだから冒険者が問題を起こさないように頑張るとかそう言う――」


「だって今はボンクラしかいないじゃないですか。問題起こすなって言われても無理だと思うんですけど」


「はうっ!」

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