第420話 予想外
川岸に接岸されてるレイ達の船の横を、バラバラに吹っ飛んだ水賊の肉片と、炎上した船が川の流れのまま流されてきた。
「「「……」」」
「汚ぇ花火だったな」
「……レイ」
「レイ様」
「なんだ、リディーナ、イヴ?」
「みんな、夕食がまだなんだけど」
「……」
子供達も女達も、爆発の音と衝撃で放心状態だ。通常の炎とは違う、明るく激しい炎を綺麗だと思う前に、それに照らされた人の肉片を目にし、全員、食欲など失せていた。
「ああ、そうだ。あの船に、どっかの村から奪ったらしい金と食料があったから、あとで一緒にしといてくれ」
レイは話題を逸らすように、魔法の鞄から先程回収した金品と食料を取り出す。この船にあったモノも含めて、保護した住人が街で生活できるよう、リディーナの鞄に水賊達の金品は全て仕舞っていたので、まとめて貰おうとリディーナに渡す。
(もっと、わぁ~とか、キレ~イみたいな反応があると思ったが、外したか……)
「全員始末しとけば良かったな」
「ひょっとして仇を取ったみたいに喜ばれると思ったわけ?」
「……ちょっとだけ」
「流石にビックリしちゃってそれどころじゃないと思うわよ? あれもどうかと思うし……」
リディーナの指差した先には、原型を留めていない水賊達の肉片が下流に流されていた。殺しに慣れているリディーナとイヴであってもバラバラ死体など見慣れてはいない。燃え盛る船の光に照らされてはいるが、夜間で良かったとリディーナは思う。昼間であれば、普通の女子供は食欲が失せるどころではなかっただろう。
「レ、レイ様、それは?」
イヴがレイの担いでいる裸の男について尋ねる。光学迷彩の魔力が切れ、青年の姿が露わになっていた。
「ああ、あの船で捕まってた」
「村人……には見えないわね」
「空気が読めずに騒いだんで、気絶させてる。まだどこの誰なのかも聞いてない。イヴ、悪いが鑑定してくれるか?」
「分かりました」
イヴは、寝かされた青年の瞼を開いて鑑定する。因みに、青年の下半身には連れ出す時にレイによって布が巻かれ局部は隠れている。
―『HUMAN(Male)/Leonard Becker/Age22/Condition:Minor injury(Anal laceration)』―
―『人間(男)/レオナルド・ベッカー/22歳/状態:軽傷(肛門裂傷)』―
「……」
「どうした、イヴ?」
「あ、いえ……お、男の名はレオナルド・ベッカー、二十二才。魔法適性や特異な能力はありません。それと、その……怪我をしているみたいです」
「あー……」
イヴの鑑定ではその者の生来の名前や種族、年齢や健康状態などは分かるが、地位や職業までは分からない。魔法適性とは得意とする魔法の属性であり、リディーナやブランのように、特定の属性に特化した者は鑑定に現れる。しかし、火や水を生み出す程度の魔法使いではまず現れない為、イヴの鑑定で魔法適性が表示されるということは、それなり以上の魔術師、魔物だと判断できる。因みに生きている者はその目を見なければ鑑定できないが、死体に対しては物と同じ扱いになりその必要は無い。
「結構殴られてるみたいだけど? そんなに重症なの?」
青年の見た目で殴られた傷は分かるが、それ以外に腫れなどの目立った外傷はない。イヴのぎこちない報告にリディーナは疑問に思う。
「そのー アレだ」
「アレ?」
「リディーナ、詳しくは後で説明してやる」
「ちょっと何でよ!」
「子供に聞かせるモンでもない。察しなさい」
「あ」
ようやく何のことか察したリディーナは、憐れみの目を青年に向ける。女が凌辱されるのはよくある話だが、男もまた、その被害に遭うのはこの世界でもままあることだった。
「でも、よく殺されなかったわね」
「身代金目的の誘拐でしょうか?」
「下っ端の性処理用の為だけに拉致されたとは思えんからそうかもな。こいつの身分を示す様な物は無かったが、まあ、起きたら聞いてみるさ」
「……う、うーん」
丁度良く青年が目覚める。
「おい」
「うわっ! た、助けて! もう勘弁してくださいっ!」
「落ち着け。水賊共はもういない。お前の名は? 何故、水賊共に捕まっていた?」
イヴの『鑑定』で名前は判明しているが、レイは敢えて名前を尋ねる。ここで自分の名前を偽るようなら手枷は外さず、街まで船室に放り込んでおくだけだ。
「た、助かったのか……? キミ達は一体?」
青年は周囲をキョロキョロ見ながら困惑した様子でレイ達に尋ねる。
「さっさと答えろ。答えなければ、川に捨てるぞ?」
「ボ、ボクの名前はレオナルド・ベッカー。ベッカー商会の人間です……」
「ベッカー商会?」
レイはリディーナとイヴを見るが、二人も聞いたことが無いようで首を左右に振る。しかし、近くにいた女達はその名を聞いて驚いていた。
「知ってるのか?」
「あ、は、はい。この辺りでは有名な大商会です」
女達の一人が恐る恐るレイに答える。
「大商会ね……。で? なんで水賊に捕まってたんだ?」
「しょ、商取引で街の外に出てたんだ。そしたら水賊に襲われて……冒険者を護衛に雇ってたんだけど、みんな殺されちゃって……あんな酷いこと……」
「ふーん」
「キ、キミ達は一体何者なんだ? 水賊……には見えないけど……」
レオナルドはレイ達と女子供達に目をやる。第三者から見ればおかしな面子だ。女子供が二十数人に、冒険者風の美男美女の三人。水賊には見えないが、かといって一見してどんな集団なのかは見当もつかないだろう。
「俺達は冒険者だ。通りすがりに上流の集落で水賊に襲われていたこいつらを保護しただけだ。ロッカって街に向かう途中だな」
「ロッカ!? それならボクの街だ! ボクも一緒に連れてってくれ! 勿論、御礼はする!」
「丁度いい。礼はいいから、代わりに街に着いたらお前が住民達の面倒を見ろ」
「え?」
…
一夜明け、レイ達はロッカに向けて船を出航させた。
「レイ、ホントにあんな頼りなさそうな坊っちゃんに住民を任せる気?」
「ああ。街に行って、一々手配するのは面倒だからな。手間が省けた」
船首部分に椅子を置き、見張りをしながら古代書を読んでいたレイが、同じように隣で座ってお茶を飲んでいたリディーナにそう返答する。
朝になり、停泊していた船の周囲には、爆破された水賊達と船の残骸が川岸に散乱しており、レオナルドは昨夜に起こった事を思い返した。自分に暴行した水賊達の首を折って殺したのはレイだと察したのだ。その上、村の住民達からレイ達が集落を襲った水賊を殲滅したと聞いたレオナルドは、レイの提案を断ることなど出来なかった。
「まあ、まずはロッカって街に行ってからだな」
「河川交易の盛んな自由都市って言ってたわね」
「冒険者ギルドがあるならそれなりの都市だろ。あんまり環境が良くなかったら、ジルトロ共和国まで連れて行けばいいしな」
「そっちの方が安心なんじゃない? レイが言えば議員連中もイヤとは言えないだろうし……」
「まあな。だが、あんまり借りを作るような真似もしたくない。ロッカに降ろせればそれが一番いい。あいつらも知らない土地に行くのは戸惑うだろ」
「そうかもしれないわね。……ジルトロ共和国かぁ。そう言えば、ジェニーとマリガンは元気にしてるかしら?」
「俺達がいなくなって平和に過ごしてんじゃないか? トリスタン曰く、冒険者をしていた『勇者』達はオブライオンに戻ったらしいし、教会も片が付いた。マネーベルも落ち着いてるだろ」
「あら? 自分が騒ぎを起こしてたって自覚あったの?」
「多少はな」
「フフフッ」
「なんだ?」
「あれだけやらかして多少だなんて、笑っちゃうわ。……まあ、そうね。もう結構時間も経ってるし、落ち着いてお茶でも楽しんでるわね、きっと」
「そうだな」
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