第422話 国政?

―『ラーク王国 王宮』―


 王宮内にある騎士の鍛錬所では、ローレン・アリエル・ラーク王が複数の木偶に剣を振り下ろし、木偶に装着された鎧ごと両断していた。


「はっ! はっ! せあっ!」


「お見事です、陛下」


 その様子を見物していた近衛騎士団長のロダスが王を賞賛する。この場には副団長のナタリー、近衛騎士ハイン、それと、テスラー宰相と財務大臣が同席していた。


 木偶に着せられていたのは近衛騎士と騎士が装備する鎧だ。その二種類の鎧を、同じ騎士用の長剣で両断してみせたラーク王。


「やはり、装備は一新する必要があるな。特に近衛の鎧がこうも軟弱では何も着ないほうがマシまである」


「せめて、神殿騎士の魔銀ミスリルコーティングされた鎧程度は強度が欲しいところですねぇ」


「おい、ハイン、貴様何を言っておる? あれがいくらか知っておるのか? 近衛も含め、騎士団の再編にも多額の費用が発生しておるのだぞ? それに、儂はまだ騎士の募集条件に賛同してるわけではない。採用した者の身辺調査でいくら掛かるか分かっとるのか?」


「宰相、それに、財務大臣。先の反乱と同規模の事案が発生した場合、今のままで防げると言うのだな?」


「「うっ!」」


が足りぬというなら私の私費で賄え」


「いや、それは……申し訳ありません、出過ぎた意見でした」


「それに、騎士の募集条件は、広く門戸を広げ、真に実力のある者を選抜する為だ。今までの様に、貴族の子弟が腰かけで在籍するような軟弱な者を排除する為でもある。その有用性は近衛で証明したはずだな?」


 ラーク王国の近衛騎士団は、全員貴族籍の者で構成されてはいるが、ロダスを筆頭に、決して良い家柄というだけで選抜された者達ではない。剣を嗜むラーク王が打ち出した方針により、厳しい選抜試験を突破した実力ある者達だ。その選考に家の意向や権力は全て排除されている。当時は反対意見が多かったものの、ラーク王はその方針を強引に押し通した。先の反乱で少数の近衛騎士が、戦力差三倍以上の反乱騎士から王宮を死守できたことが、図らずもラーク王の方針が正しかった証明になってしまった。


 その方針を一般の騎士にまで広げるのが今回のラーク王の指示だった。


「無論、身辺調査は厳に行う。他国の間者は勿論、『貴族派』の残党など不穏分子の懸念はまだあるからな。今回の神聖国へ近衛騎士を派遣する件についても、メサをはじめ、我が国の暗部を教会の暗部で研修させたいというこちらの要望も受け入れられた。騎士の調査だけでなく、通常の諜報も強化していく方針だ」


「は? 暗部を? その件は初耳ですぞ! 他国の暗部との交流など前代未聞です! それも相手は神聖国ですぞ?  ……いや、受け入れられた? 馬鹿な」


 テスラーの疑問は尤もだった。他国の諜報員同士が交流すれば、他国に自国の諜報活動や手法が知られてしまう。相手がどのような装備や能力をもっているか知られるだけでも、その活動内容や手口が相手に分かってしまうのだ。それを逆手にこちらの不得意な部分や弱点に付け入られることにも繋がり兼ねない。それを神聖国の暗部が許可したことがテスラーには信じられなかった。


 アリア教は古くから大陸全土に根を張る巨大宗教組織だ。その暗部の歴史と規模は大陸最高峰なのは間違いなく、他国の暗部を受け入れ、指導する理由もメリットも無い。


「これもレイ様の御提案らしい。恐らくは私の身を案じて……フフッ」


「はぬっ!」


 虚空を見つめ、何やらうっとりした表情で頬を緩ませるラーク王。一方、レイの名を出されてテスラーの眉間に皺が入り、血圧が上昇する。


 レイはアンジェリカとダニエ枢機卿へ、神殿騎士を鍛えるならラーク王国の近衛騎士に指導を仰げと助言をしたが、その際、暗部の交流も提案していた。現代地球における同盟国同士の軍隊の交流、合同訓練は珍しいことではない。レイ自身も、新宮流の裏道場で世界各国の特殊部隊員に武道を指導していた。その交流は諜報組織でも同じように行われる。しかし、軍や諜報機関も交流はすれど、互いの手の内まで全て晒すわけではない。新宮流においても、真伝や極伝が当主の直弟子にしか教えられないのと同じだ。有事の際に、互いが連携できるレベル、情報を交換するチャンネルを構築する為にこういった交流はしばしば行われる。


 レイはラーク王の身を案じてではなく、勇者達の国が、国として敵になるのであれば、レイに味方する国は連携できた方がレイにとって都合がいいだけだった。



「それに、騎士達の装備もドワーフ国『メルギド』にレイ様のおかげで、優先して装備を融通して貰えるようになった」


「なぬっ!」


「「「おお~」」」


 驚くテスラーとロダス達。メルギドの武具は大陸で名高く、大陸中から優れた武具を求めて注文がある。しかし、ドワーフ達の気質的に国同士の取引は殆ど無く、ジルトロ共和国に納入された武具を各国政府が取引しているに過ぎない。冒険者のような個人的取引はともかく、騎士団の装備のような大量な注文や要望をメルギドに直接発注することは出来ず、ジルトロに発注しても、まとまった数が納入されるのは早くて数年後、もしくは全く納品されないことはざらにあることだった。


 メルギドが生産する優れた商品は、武具だけではなく、魔封の素材や魔法を付与された品や魔導具、服飾製品にまで及び、その品質は国家に必須といえる物が多い。しかし、その調達は容易では無く、金があればすぐに手に入るものでもない。特に、魔封の素材は一般に流通せぬよう厳しく管理されており、国家が取引相手でも容易に売ってもらえるものではなかった。


 それを直接取引できるのだから、まさに国益につながることだ。テスラーは宰相という立場から、レイに文句を言うことは出来なかった。


「ぬくくくくっ」


 しかし、血圧は上昇する。



「メルギドと直接取引は喜ばしいことですが、予算の割り振りは如何いたしますか?」


 悔しそうなテスラーを他所に、冷静な財務大臣がラーク王に伺う。


「先程は足りなければ私の私費と言ったが、国防費を中心に諸外国との取引については謀反を起こした貴族達から接収した金以外の資産を使え。押収した資産でも、国内で産出された金については全て国庫に納め、国内の取引と流通に限りその運用を許可する」


「ははっ!」



 先の反乱が終結し、王派閥の反対勢力が一掃されたことを機に、ラーク王は国内の改革を速やかに実行していた。金という限りある資源に頼らない政策に切り替え、堕落する貴族家の輩出を防止し、衰退した国内産業の復活とインフラの整備に金を回した。騎士団に門戸を広げたのも、庶民教育への足掛かりの一環だ。平民であっても騎士になれる、その為には文字の読み書きを覚えなければならない。それをきっかけに国民の識字率が上がれば、法が広く認知されることに繋がり、治安や生産性が上がるとラーク王は考えていた。


 女を捨て、この国を改革しようとした決意と思いは今も変わっていない。


 しかし……


「ナタリー副長。使者をメルギドへ」


「はっ!」


「「「?」」」


 ラーク王とナタリーのやり取りに男連中は首を傾げる。ナタリーはそれだけで理解しているようだが、王の指示の意図が他の者は分からなかった。


「リディーナ殿が身につけている下着は『ふぁっしょんせんたーメルギド』のモノだそうだ。是非、そこの職人を招聘し、私にも仕立ててもらわねば。レイ様に見られて恥ずかしくないモノを身につけねばならんからな!」


「陛下ぁぁぁああああ!」


「御意。では、早速、人を送ります。ついでに寝具も雰囲気あるモノを作れる職人も連れて参ります」


「流石だ、副長!」


「ナタリィィィィィィ!」

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