第415話 古代書
「ゴミ ゴミ ゴミ ゴミ キープ ゴミ……」
容赦なく古代書を仕分けるレイ。
その周囲では、リディーナとイヴだけでなく、保管庫の職員が総出で書物の整理を手伝っていた。棚から抜き出した書物をレイの座る机に運び、レイが仕分けした本を運び出す作業だ。
レイが「ゴミ」と分類しているのは決してゴミではないのだが、自分達には必要のない内容、ジャンルを総じて排除しているだけだ。書物の量が多く、一冊づつ精査できないのは勿論、内容がフィクションかノンフィクションかの判断さえすぐにはつかないものも多い。地球のものなら、実在しない物や話は判断できるが、この世界では文字が読めても何が実在するもので、何が想像のものなのかがレイには分からなかった。
レイは、キーワードとして『魔法』に関するものに絞って仕分けしているに過ぎない。勿論、ここの職員にもそれは説明している。
しかし、
(((本当に読めているのだろうか?)))
それが職員達の素直な感想だった。
「ゴミ ゴミ キープ ゴミ ゴミ ……ん?」
一冊の表紙を見て、レイの手が止まる。
「「「?」」」
(誰にでもできるHOW TO MAGIC【召喚編】……?)
「こいつもゴミだな」
リディーナとイヴの手が一瞬ピタリと止まり、レイの手にした本を見る。
事前に決めておいた符丁。レイが「も」と強調して仕分けたモノは、ここから持ち出したい書物のことだ。言うまでも無く、ここにある物は持ち出し厳禁であり、職員も目を光らせている。レイが仕分けで職員の注意を引いている間にリディーナとイヴが手分けして二人の鞄に仕舞う手筈だった。レイの手元に置いた「キープ」している本は、魔法関連の本だが特に重要ではないものだ。
流石『S等級』と言うべきか。目にも止まらぬ手際で職員に気付かれることなく魔法の鞄に本を仕舞うリディーナ。
「(なんか泥棒みたいよね……)」
「(仕方ありません、それに、後で返すとレイ様も仰ってましたし、借りるだけです)」
「(そうね、後で返せばいいのよね)」
「(借りるだけです)」
…
その後も同様の手口で何冊も鞄に仕舞い、一日かけて大方の仕分けを済ますと、レイはキープした本の中の一冊を職員に渡した。
「まあ、ホントに読めるか怪しいだろうから、予算が出たらこの本でも翻訳してみろ。文字数も少ないし僅かだが挿絵もある。翻訳に手間はそれほどかからないだろう。ギルドにも役に立つ内容のはずだ」
「これは……?」
「『家庭でできる魔石の作り方vol.1』だ」
「「「は?」」」
「こんなぺらっぺらの冊子だが、魔石の簡単な作り方が載ってる。人工魔石ってやつだな。これに書いてある必要な器具と触媒があれば、魔物から取り出さなくても人工的に魔石が作れるみたいだ。触媒はそこらで手には入るものだし、工程さえ解読できれば誰でも作れるみたいだぞ?」
「「「はいぃぃぃ???」」」
魔石は魔物や鉱山などから採取される。それはこの世界の常識だ。魔物を討伐して手に入れるか、魔素の濃度が高い特定の鉱脈を採掘する以外に手に入れる方法はない。しかし、鉱山で魔石が採掘されるのは極稀で、魔物を狩る方が圧倒的に効率が良かった。言うまでも無く、それは冒険者ギルドの根幹事業でもある。魔石が簡単に作れる方法があるなら大陸を揺るがす大発見だ。
この世界のエネルギー源である魔力を含んだ石、魔石を動力とした魔導具でこの世界の人間は生活が成り立っている。厳密には魔力を蓄える性質を持つ魔石に、人間が魔力を補充して魔導具を起動させているので、完全な動力源とは言えない。しかし、人が多く集まる都市などでは、魔物が跋扈する周囲の環境から魔導具無しでは生活を維持できない。火を維持する薪一つとっても気軽に外で採集ができないからだ。日常的に外部から資源を賄えない以上、城壁で囲まれた街の中では魔石は必須だ。
「こ、こ、この本は、し、至急、グランドマスターに報告しなければなりません!」
職員はレイに言われた本を震えた手で受け取り、そのまま急いで走り去っていった。
「邪魔したな」
レイは残った職員にそう言って、リディーナとイヴを連れ保管庫を後にした。
…
……
………
「ちょっと、レイ! さっきの本当なの? 魔石を作れるって!」
「みたいだな」
「それが広まればエライ事よ?」
「そうですね。冒険者の半分以上が職を失いそうです……」
「そうかもしれないな。食用に需要があるとは言え、魔石の価値が落ちれば、魔物討伐の報酬も下がるだろう。命の危険がある仕事に報酬が見合わなければ廃業する者も出てくるだろうな」
「「……」」
リディーナとイヴは想像できるだけでもスケールの大きい話に頭の整理が追い付かない。魔石を安定的に作り出すことの世の中への影響は計り知れない。日常生活から軍事面まで、多くの分野で状況が一変するだろう。冒険者の職どころの話ではない。
「あの本のとおりに魔石が作れるようになるまで十年以上。それが確立されて一般に普及するまで数十年以上はかかるだろうな。その間に世の中も変化していくだろうから、そんなに深刻な顔しなくても混乱なんて起きないぞ?」
「なんでそんなにかかるって分かるの?」
「前に、温度や風速の話をしただろ? 魔石を人工的に作るには、魔素と魔力の測定が必須なんだ。本に書いてあった『50Mgc』とか、どれぐらいの魔力か分からんし、それを安定して出力できないと量産なんてできない。工程はいくつもあるが、無数の組み合わせを試せば偶然作ることはできても、安定して製作するには魔素や魔力を計測できる器具が絶対に必要だ。そう簡単に量産なんてできないよ」
「しかし、ゴルブ老やドワーフの方々ならすぐに作れるのでは?」
「目に見えない物質や現象を計測して基準を作るのはそんなに簡単なことじゃない。温度計だって水が一定の温度で沸騰するって発見や、計測する器具に適した物質を探すところから始めなきゃならない。一つ一つ試してそれが正しいかを確かめるには膨大な作業が必要だ。第一、科学的な基礎知識が殆どないんだ。手先が器用とか、天才的な発想をもった奴がいても、短期間で実現できるもんじゃない。魔法だって特別な才能が必要なわけでもないのに、万人が使える世の中じゃないだろう? 二人共、魔法を使えるが、正確に魔力量を制御しないと絶対に魔法が発動しないと仮定してみろ。安定して魔法を発動させるには、魔力を計測する器具を発明して測定し、共通した数値に置き換え、基準を作らないと到底人には教えられない。……数年で世の中に魔法が広まると思うか?」
「「……」」
(逆を言えば、魔力を測定する器具が発明されれば、魔法の分野が飛躍的に発展するんだが、この話はあとでいいか……)
「まあ、あの本を翻訳したところで単語の意味が理解出来なきゃ魔石は作れない。唐揚げを作るのに鶏肉に小麦粉をまぶして180℃の油で4分揚げろって言われても、「180℃」と「4分」が何なのかが分からなきゃ、同じ物は作れないってことだ」
「カラアゲっていうのは分からないけど、肉を油で揚げるなら、木の枝を油に入れて枝から泡が出てきたら大丈夫よ?」
「そういうことじゃないんだが……まあ、リディーナには後でゆっくり説明する」
「え? 私なんか変なコト言った? ……イヴ、なんで視線を逸らすの?」
「いえ、なんでもありません」
「ちょっと!」
その後、職員から話を聞いたトリスタンは、慌ててその本に多額の予算と時間を費やし、実現に向けて翻訳に奔走することになるのだが、レイの見立て通りにすぐには実現できない事実を知る。それに、その本の騒ぎで保管庫から数十点の古代語の重要書物が消えている事にギルドが気付くのは、レイ達が本部を去った後のことだった。
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