第414話 書物
翌々日の早朝。
冒険者ギルド本部の魔導列車発着場では、志摩恭子とその護衛の冒険者達が列車に乗り込んでいた。
「では、色々有難う御座いました。……トリスタンさん」
「すまない志摩さん、キミを守ると約束しながら……」
「いいんです。私も自分の事しか考えてませんでした。少し希望も見えましたし、一人でも多くの生徒を説得できるよう、頑張ってみます」
「知らない世界に連れて来られ、頼るところも無く自暴自棄になるのは同情する。しかし、それでも己の欲望のまま力を振るう者や、虐殺を平然と行う者を擁護はできない。難しいかもしれないけど、レイ君の様な者も必要なのは理解してほしい。せめて、志摩さんがまともだと思う子達を説得できることを願っているよ。まあ、その子達から見れば利用されると訝しく思われるかもしれないけどね」
「いえ、大人しくしていれば女神様が日本へ帰してくれるかもしれないんです。そのことを伝えられればあの子達も考えてくれるはずです……確実な話でもないですし、神様からしたら図々しいことかもしれませんが……」
「あのクジョウアキラという男の所為なら、アリア様もお考え下さるはずさ。だけど、その前にクジョウとオブライオン王国を暴走させてる『勇者』を何とかしなくちゃならない。向こうでは彼女達の言う通りに」
「……はい」
「それと、やはりアイシャも連れて行くのかい?」
「ええ、どうしても亜土夢君に会いたいと」
「しかし……彼は……」
「……必ず元に……戻してみせます」
言葉とは裏腹に志摩の表情は暗い。女神の知識にあったのか、川崎亜土夢に受肉した天使ザリオンを排し、元に戻すことが難しいのだろう。しかし、不可能であればアイシャを縛ってでもここへ置いて行く選択を志摩はしたはずだ。僅かでも可能性があるのかもしれない。そう、トリスタンは解釈した。
トリスタンは、志摩恭子から女神の知識に関して聞き取りを行ったが、志摩本人も頭の中にある記憶が錯綜し、上手く伝えることが出来なかった。紙に日本語で書き出し整理しようとしていたが他人に説明できるほど理解できなかったのだ。
「女神様の知識に関しては、分かり次第、お知らせします」
「分かりました。……では、お気を付けて」
警笛が鳴り、魔導列車が発車する。
それを見送り、トリスタンは自室へと戻った。
…
―『冒険者ギルド本部地下 資料保管庫』―
魔導列車がマネーベルに向けて出発した頃、レイ達は本部地下の資料保管庫に来ていた。この場所は事前にゴルブから聞いており、入室手続きもゴルブが済ませていた。レイの目的はこの保管庫の最奥にある『古代資料室』だ。
「すごい量ね~」
支部にある資料室とは比べられない量の書物に、リディーナが感嘆の声を上げる。
「古代語の資料は解読が困難で、ここにある書物は殆ど内容が分かっておりません」
職員がリディーナにそう説明する。
「なら、この棚には適当に並べてんのか?」
「……はい」
「マジかよ」
大きめの書店並の広さに収められた書物の殆どが未分類。その事実にレイは頬が引き攣る。レイは一日や二日で本部にある全ての書物に目を通せるとは思っておらず、必要な物だけ抜き出して読むつもりだったのだ。しかし、これではどこから手を付ければいいか見当もつかない。端から目を通す羽目になりそうだ。
「本部に翻訳できる人はいなかったの?」
「残念ながら。……それに、予算の関係で古代語の研究者を招聘するのは後回しにされていますので」
職員は残念そうな顔で俯く。冒険者ギルドの職員だが、冒険者というより研究畑の職員なのだろう。ギルド内で優先順位の低いと思われる部門、古代語の翻訳が後回しになっていることを残念がっていた。
「翻訳って相場どのぐらいなのかしら? 出来る人が少なくてすごく高額だっていうのは聞いたことあるけど、実際に翻訳できるって人は知らないのよね(レイ以外は)」
「学術都市で専門に研究している者がいます。中でもホルコムという学者が第一人者で有名ですね。一文字金貨一枚で翻訳を請け負っているそうですが、そんな高額ではとても依頼を出せそうにありません」
「「「一文字金貨一枚っ!」」」
リディーナとイヴが揃ってレイを見る。
「おい」
(ん? ホルコム? どっかで聞いたことがあるような……ああ、魔導船で吸血鬼に殴り殺されたあのジジイか)
「あのジジイ、そんなボッタくってたのか……」
古代の文明は現在のものより進んでいたのは周知の事実だ。ここにある書物を翻訳、研究することは何より優先されるべきと思われるが、現実はそう簡単な話ではない。レイは、今まで読んだ古代語の文献の中で、本当に価値のあった物は少なかったことから、ギルドが優先的に予算を割かない理由が理解出来た。
仮に、地球の文明が崩壊し、千年後に日本の書物が発掘され、翻訳して情報を得ようと試みた場合、一体どれだけ価値のある書物があるだろうか? 進んだ文明の中で、知りたい分野の書物や記録が発掘される可能性は少ないだろう。どの国でも専門的な学術書などは発行部数も少なく、世の中に出回る書物の大半は娯楽的なモノだ。遺跡などから発掘された書物に大金を費やして翻訳できたのがフィクションの小説や週刊記事ということが続けば、翻訳の優先度は下がっていき、やがて予算は打ち切られるだろう。文字を研究する意義も下がり、それを研究する者も少なくなる。
そもそも、進んだ文明では重要なものや情報量が多いものを、紙や本などの媒体に記録すること自体が廃れていた可能性も高い。現代の地球も情報の全てがデジタル化されれば、万一、それを読み取る技術が失われれば、情報は永遠に失われる。重要な情報が暗号化されれば尚更だ。
古代で魔法がどれくらい日常生活で使用されていたかは不明だが、人を殺傷できるような危険な内容や、軍事関連の内容を含んだ書物が作成された可能性は極めて低いだろう。以前、レイが手に入れた『飛翔魔法』の本などは、ひょっとしたら自転車や車などの乗り方ぐらいに大衆的なものだったのかもしれない。
レイは、ふと一冊の薄い本を手に取る。表紙と中身を読むが、聞いたことも無い動物の飼育方法が書かれた本だった。僅かに入っている挿絵には四つ足の獣が描かれていたが、恐らくペット関連の本だろう。文字数からざっと金貨一万枚ほど翻訳料がかかる計算だが、その価値があるとは到底思えない。
しかし、当時はなんてことない内容が今では有用なものもあるかもしれない。千年前では人が空を飛ぶことが当たり前だったことが、今では違うように。
「とりあえず、軽く仕分けるか……悪いが二人共手伝ってくれ」
「「了解」」
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