第413話 餞別

 深夜。


「おい、起きろ」


「ッ!」


 突然掛けられた声に、ベッドから飛び上がったオリビア。その手にはどこに忍ばせていたのか、既に短剣が握られ声の先に向けていた。


 そこにいたのは、外套のフードを捲り顔を露わにしたレイだった。


「な、な、な、何してんのよアンタっ! なんでここにいんのよっ!」


 レイはオリビアの居所を教会の暗部に調べさせ、部屋に訪れていた。


「ちょっと付き合え」


「は? イヤよっ! つーか、どうやって部屋に入ったのよ!」


「罠に毒を使うなら、次から臭いのしない物を使うんだな。バレバレだぞ? 警告のつもりならやめとけ。侵入するつもりの奴がそれで退くわけないから無駄だ」


 オリビアの常宿はあまり質の良い宿とは言えなかった。薄暗く、受付もいない。誰にも見咎められずに部屋の前まですんなり来れてしまう。少なくとも若い女が一人で泊るような所ではない。その代わりなのか、外側のドアノブには毒らしきモノが塗られ、内開きのドアに張られた糸で部屋への侵入が分かるようにオリビアは細工をしていた。レイにとってはあってないようなモノだが、オリビアは部屋に防犯処置を施した上で、完全装備の格好で寝ていた。睡眠中に一声で飛び起き、短剣をすぐに構えたことからも、オリビアの並ではない警戒心と実力が伺える。


「無臭のヤツよっ! アンタ、あの馬と一緒で鼻がおかしいんじゃないの?」


「……いいからついて来い」 


「一体いつの間に……」


「警戒用ならドアの蝶番に細工するか、砂でも詰めて簡単に開かないようにして僅かでも動かせば音がするようにしとけ。ドアノブに毒なんか塗って関係無い奴を殺す気か?」


「ただの痺れ薬よ! それに、ここを知ってる知り合いなんかいないし、ノックもせずにいきなりノブを回して入ってくるようなヤツなんて碌な奴じゃないでしょ!」


「それもそうだな」


「アンタのことよっ!」


 …


 レイはオリビアを強引に連れ出し、本部の建物を出て森に入った。


「こんなトコに連れ出して何する気よ? まさか……」


 オリビアはハッとして胸元を隠すように身構える。


「勘違いすんな」


 レイは鞄から一丁の自動拳銃を取り出し、オリビアに差し出す。本田宗次から鹵獲したベレッタM92だ。


「何よコレ? 前にアンタが使ってた魔導具?」


「魔導具じゃない『銃』だ。これから護衛依頼につくんだろ? 餞別にくれてやるから、使い方を教えてやる」


「何で依頼のこと知ってんのよ……」


「いいから受け取れ」


 …

 

 その後、レイは深夜の森で拳銃の取り扱いと撃ち方を一通りオリビアに教え、消音器サプレッサーと予備の弾倉と弾を渡す。ベレッタM92の使用弾薬は9x19mmパラベラム弾でレイが使用するコルトガバメントの45ACPより弾の口径が小さい。その分、銃に装填できる装弾数は倍以上あり、反動もガバメントより小さい。装弾数が多く、反動も小さいので連射に向き、狙いが正確でなくとも標的に複数撃ち込んで仕留められる。小さい口径とはいえ、人を殺傷できる威力が十分にあるが、急所を当てるに越したことはない。



「弾はまだある。俺は9mmの弾は使わんから遠慮せず練習しろ。消音器は外しておけ。多く撃てば効果が下がる消耗品だし、装着したままだと取り回しし難いからな」


 レイは近くの切り株に腰を下ろし、オリビアの射撃練習を観察しながら、指導を続けた。銃の握り方や射撃姿勢を教えた時には、レイがオリビアの身体を触れる度に騒いでいたオリビアは、一変して真剣な表情で黙って銃を撃ち続けていた。現役の高等級冒険者として銃の有用性をすぐに理解し、真面目に取り組んでいた。


 オリビアは印をつけた十メートル先の木に狙いを定めて撃つが中々当たらない。


(まあ、最初はこんなモンだろうな。初めて拳銃を撃って狙いどおりに的に当てられる人間なんて殆どいない。毎日訓練してる人間だって映画のように簡単には狙い通りに当てられないんだ。やっぱ、リディーナとイヴがおかしいんだよな……)


 レイは、このわずかな時間でオリビアが狙い通りに的に当てられるようになるとは思っていない。現役の特殊部隊員でも、一度に数百発の射撃訓練を毎日行い、はじめてそれが実戦でできるのだ。今日はじめて銃に触れる人間が、たった数時間で狙った箇所に弾を当てられるほど拳銃射撃は甘くない。


 では、何故、レイはオリビアに銃を教えるのか?


 この世界の人間なら銃を見ても武器だと認識できずに不意を突ける。例え相手が勇者であっても能力で銃弾を躱し、防げる者は一部だけだ。勇者を倒せなくても、銃を知ってる現代人なら銃を見ればまず間違いなく足が止まり、自分に向かって撃たれれば迂闊には近づけなくなる。相手を殺す為だけでなく、逃げる隙を作る為にも銃は有効だ。正しい扱い方と安全管理さえ覚えれば、正確に相手の眉間を撃ち抜く技術が無くともこの世界では大きなアドバンテージをもった武器になる。


「……くっ」


 中々思い通りにいかず、悔しさを滲ませるオリビア。しかし、暫くすると先程までバラバラだった着弾が徐々に的に集約してきた。


「おい、身体強化は使うな」


「なんでよ!」


「魔法が使えない場合を想定して、あえて魔力を使わないベレッタを渡してんだ。魔力で身体を強化して銃を安定させても意味ないだろ」


「くっ」


 レイは立ち上がって、近くにある三本の木にバツ印をつけ、標的を変更する。


「次はこっちだ。さっきより距離は大分近いが、今度は腰のホルスターから銃を抜いて安全装置を解除しながら狙って撃ってみろ。狭い室内や列車内を想定した距離だ。その状況を想像しろ。実戦じゃ、さっきみたいに予め銃を構えて狙いをゆっくり付けられるわけじゃないし、相手も動くからな。それぞれの木の印に順番に狙いを変えてやってみろ」


 スムーズな動作で腰からコルトガバメントを抜き、レイはオリビアに教えたとおりの手順で銃を操作し、三つのバツ印の真ん中を順番に撃ち抜いた。そして、最後に安全装置をかけ、ホルスターに仕舞う。この一連の動作を繰り返すようオリビアに指示する。


「はじめはゆっくりでいい。早さより正確さだ。繰り返し同じ動作を体に覚え込ませろ。さっき俺に見せた短剣のようにな」


 銃を抜き身のまま持ち歩くことが前提のライフル類とは違い、基本的に拳銃は常に仕舞っているものだ。レイが見せた一連の動作を普段から訓練していなければ、実戦でもたつき咄嗟に撃つことは出来ない。そればかりか、焦りやミスで誤射や暴発事故を起こし、味方や自らの命を危険に晒すことになる。


「この動作だけでも毎日練習しとけ。ただし、誰にも見られないようにな」


「むぅ……」


 …


 夜が明け、空が明るくなってきた頃。


「もう十分だ。そろそろ戻るぞ」


「もうちょっと」


「弾は無限じゃないんだ。あとは自分の部屋で動作の練習だけにしろ」


「弾がなくなっちゃったらどうすんのよ」


「ソイツがゴミになるだけだ」


「えぇ……」


「矢の無い弓と同じだ、当たり前だろ。言っておくが弾はもう作れないからな。残りの弾は大事にしろよ」


「それ、最初に言えっ!」


「予備で二ダース(24発)もありゃ十分だ。護身用だぞ? 普段使いするんじゃない。いざという時、接近戦で殺られると思ったら使え。それに、使う時は誰にも見られないようにして相手は必ず殺せ。理由は分かってるな?」


「当たり前でしょ。こんなすごいの持ってるのがバレたら更に襲われやすくなるじゃない」


「分かってるならいい。もし、壊れたり、調子が悪くなったらゴルブの爺さんに見せろ。あの爺さんなら直せるだろう。まあ、教えたとおりに扱えばそう簡単には壊れんがな」



「……なんでこんなことしてくれんの? ひょっとして私に惚れちゃったとか?」


「やっぱ、返せ」


「ちょっ! イヤよ今更! 女の子にあげたモノ返せって、そんなんじゃモテないわよ?」


「間に合ってるって言っただろ」


「相変わらずかわいくないわね」


「リディーナとイヴが心配してたからお節介焼いただけだ。お前が受けた依頼、かなり危険だぞ(まあ、俺の所為だけど)。せめて、アイシャってガキだけでも助けてやれ」


「だから、何でアンタが知ってんのよ?」


「それと、これ持ってけ」


「無視すんなっ!」


 レイは鞄からいくつか魔導具を取り出し、オリビアに渡す。本部の地下保管庫から持ち出してレイが自分達には不要と判断したものだ。それと魔金オリハルコン製の短剣を最後に加える。



「なんで……」


「そんな素材の短剣じゃ見てるこっちが不安になるんだよ。それにお前、稼いだ報酬の殆どを孤児院に寄付してるんだってな。しかもアリア教会のじゃなく、亜人や混血児の」


「ッ!」


 レイはオリビアの居場所だけでなく、志摩恭子の護衛につく冒険者達の個人情報も暗部から受け取っていた。オリビアがソロのB等級冒険者としては質の良くない装備しか持たず、安宿を拠点にしているのも、稼いだ金の殆どを教会の施設に入れない孤児を受け入れてるモグリの孤児院に寄付しているからだった。


 はじめは不要な魔導具をいくつか渡せばいいかと思っていたレイだったが、貴重な銃と弾薬を渡し、訓練をつける気になったのはそれが理由だ。この世界に来てもクズばかり目にしていた所為か、オリビアの身を切る慈善行為に感心したのだ。


「俺も歳かな……お前のそういうところ、嫌いじゃない。それだけだ。……まあ、がんばれ」


「くっ、何が「オレモトシカナ」よ! ホント、かわいくないわね」


「言ってなかったか? 俺はこう見えても四十二才で二十代のお前より全然大人なんだ。大人が子供の世話を焼くのは当たり前だろ?」


「こ、こど――」


「ほら、もう帰るぞ」


「ちょっ」


 レイはオリビアに構わず、一人で歩いていってしまった。



 何故、自分が受けたばかりの依頼や、誰にも話してない孤児院に寄附していることを知っているのか? それに、どうしてここまでの事をしてくれるのか? それも見返りも無く。……様々な疑問が浮かぶオリビアだったが、ふと、神聖国で見た光景を思い出した。


 ……天使。


 今でも夢を見ていたかのような現実感の無かったあの光景。そして、あの時の天使の姿が目の前から遠ざかる背中と重なる。




「……ありがとう…………天使様」


 そう小さく呟き、オリビアはレイの背中を追い、歩き出した。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る