第405話 合流

 レイはトリスタンの私室を後にし、二名の案内役に連れられリディーナ達の滞在している宿に向かっていた。


 女神との会合を消化不良のまま終えたレイは、別室で待機していたトリスタンに事情を話し、意識を失っている志摩恭子を置いて明日また来ると伝えて部屋を出た。無論、トリスタンには全てを話していないし、女神の情報を持っている志摩も殺してはいない。


 女神の言葉を信じるのであれば、志摩恭子は無害であり、殺す必要はないと思われる。しかし、レイからすれば、志摩を殺しても悪魔に変わることは無いということは、殺しても死体を燃やす手間が省けたぐらいにしか思っていない。女神の知識を聞き出した後は、生かしておく理由もないので始末するつもりだ。志摩を置いてきたのは、女神の言葉が本当に正しいかどうかの確認も兼ねている。


 ともあれ、色々な情報が一気に入り、冷静に判断する為にも、一旦時間を置きたかったのが正直なところだった。志摩恭子の能力は九条に比べて得体の知れないということもなく、再生能力とあらゆる攻撃を防ぐ防御能力は、厄介とはいえレイには対処不能なモノではないこともあった。



「はぁーーー」


 冒険者ギルド本部の内部を、ため息をつきながら歩くレイ。肉体的、精神的な疲労が押し寄せ、女神からの新たな情報を整理したくとも今はそんな気分になれなかった。


「……風呂に入って、酒を飲んでゆっくり寝たい」


『酔えないのに酒が飲みたいでありんすか?』


「うるさい。気分の問題だ」


(くそっ、女神に追加の報酬について言っておくのを忘れてた。仕事が済んだら人間の身体、いや、酒に酔える体にしてもらおう……)



 一方、レイを宿に案内しているギルド職員達は完全に委縮していた。


「(ひぇ~~~ やっぱ、あれって返り血ですかね?)」

「(しっ、黙って歩け! グラマスから余計なコトは言うなと言われたろ!)」


 案内役でレイを先導しているのは、ギルドの若い男女の職員だ。ただの職員とはいえ、それなりに冒険者としての活動歴もあり荒事にも慣れてはいるが、常に余裕の態度を崩さないグランドマスターが、真剣な顔で警告するのは初めてだった。


 職員の二人は、それだけで後ろでブツブツ呟く男が只ならぬ者だと察していた。おまけに、今のレイは血まみれだ。既に回復魔法で自分の傷は治していたレイだったが、自身の血と返り血の汚れはそのままだった。いつも羽織っていた外套はオリビアに預けたままであり、血まみれの姿を隠すことなく歩いている。



 ―『何があっても、「はい」という言葉以外は言わないように。途中で何かトラブルがあっても何もせず、ただ宿に案内するだけでいいからね』―



 そんな指示を受けた職員の二人は、同じ施設内の来客用の高級宿に送るだけの簡単なお使いに、全神経を集中させていた。


 本部の建物内部はショッピングモールのような広い造りになっているが、現在、全ての冒険者に豚鬼討伐の緊急依頼が出され、内部は人通りが殆ど無く閑散としていた。そのおかげで、レイに絡むような冒険者バカと会わずに済んでいる。


「来客用の宿ってのは風呂もあるのか?」


「「はい!」」


「まあ、無ければリディーナが文句を言ってただろうから流石にあるか……」


「「はい!」」


 …


「ん?」


「「ッ!?」」


 漂ってきた血と臓腑の臭いがレイの鼻を刺激する。案内役の二人も気付いたのか、足を止めて、ある建物の一点を凝視していた。


「レイ様っ!」

はにひアニキっ!』


 そこには死体を一か所に集めているイヴと、果物を頬張っているブランの姿があった。


「イヴ、何してんだ?」


「こ、これは、その……ちょっと襲われたので……始末を……」


「そうか。まとめて燃やしとけばいいだろ。俺は先に部屋に行って……そう言えば部屋は何号室だ?」


「あ、三〇一号室です」


「じゃあ、先に行ってるぞ。……おい、ブラン、あんまりイヴに迷惑かけるな」


『ほえ?』


「そこのミンチはお前がやったんだろ? 自分がやったのは自分で片付けろ」


『お、おっス』



「そこの二人」


「「は、はい?」」


「案内はもういいぞ。悪かったな」


「「はいっ!」」


 レイはそう言って、目の前の光景を気にも留めず、疲れた顔をして建物に入っていった。


「どうしたんでしょうか? レイ様、少し様子が変でしたが……」

『わかんねッス』


 …


「「……」」


 自分達は一体何を見ているんだろう? 目の前の光景に職員の二人は呆然としていた。死んでいたのは本部でも有名なA等級冒険者の獅子獣人達のものだ。全員血まみれで死んでおり、内、一人の死体は原型を留めていなかった。それを青髪の若い女性が淡々と一か所に集め、白い巨馬は面倒臭そうに肉片を足で寄せている。


((っていうか、この馬、さっき喋ってなかった?))


 

「これくらいでいいでしょう。ブラン、離れて下さい」


 ―『炎の魔眼』―


 イヴは集められた獣人達の死体を『炎の魔眼』によって焼き尽くした。骨も残らず灰にし、職員の二人に軽く会釈して宿に戻って行った。


「あ、あの……」

「しっ! しゃべるなっ!」


『誰ッスか?』


「「え?」」


『臭いんで、どっか行って下さいッス』


「「はいっ!」」


 職員二人はダッシュでその場から去って行った。


 …


 ガチャ


「ッ! ひっ!」


 今、まさに浴槽に足を入れようとしたオリビアの前に、レイが浴室の扉を開けて入って来た。


「ん?」


「な、な、なっ……」


「ちっ」


 舌打ちをして踵を返し、浴室を出て行ったレイ。


 血まみれの格好をした男が、気配も感じず突然入って来たことに驚き固まるオリビア。咄嗟に悲鳴を上げなかったのは流石はB等級といったところだったが、自分の裸体を見て舌打ちしたのがレイだと分かると、次第に驚きが怒りに変わった。


「あんの、クソガキっ!」


 …


「はぁ……」


 リビングのソファに腰を下ろし、天井を見上げるレイ。この地へ来てからの出来事を振り返り、情報を整理しようとするが、疲れているのか上手くまとまらない。今日は休んで明日また考えようと風呂が空くのを待つ。寝室を覗いたらリディーナが既に寝息を立てていたが、汚れたままではベッドには入れない。浄化魔法で綺麗にすることは出来たが、レイは湯船に浸かりたかった。


 山越えをした先で『勇者』六人が現れ、二人を殺して一人の死を確認。もう二人を殺したと思ったら一人が天使となり、もう一人と共に逃げられた。残った一人は女神が憑依し、今は意識を失って今もこの場に残っている。


 今後のことや、残りの勇者のことを考えてる内に、レイは瞼が重くなってきた。


「流石に疲れたな……」

 

 

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