第404話 片鱗

 ―『冒険者ギルド本部内 来客用宿泊施設』―


 冒険者本部の建物内には、ギルドの施設の他に、外部からの来客や冒険者の為の様々な施設が存在する。冒険者以外の人間が本部に訪れることは稀だが、外部の冒険者用の宿泊施設の他に、高級貴族や大商人など、要人用の宿泊施設も当然備えていた。


 現在、リディーナ達がいる部屋も、その要人用の最高級宿だ。本来、この宿は冒険者の宿泊は出来ないが、レイ一行はラーク王国の伯爵家の証を持っているので、冒険者としてではなく、貴族としてリディーナは部屋を押さえていた。



(初めてここに入ったけど、こんな立派な部屋だったのね……)


 オリビアはリビングのソファに座りながら、豪華な内装と調度品を見てため息をついていた。貴族や商人用の宿が本部内にあるのは知っていたが、実際に中を見るのは初めてだ。


 そこへ、風呂上がりのリディーナがバスローブを羽織って入って来た。


「相変わらず、お風呂が狭いわねここ。……あなたも入ってきたら?」


「え? あ、ああ……」


「どうしたの?」


「いや、ここへは初めて入ったから……アナタは来た事あるみたいだけど?」


「護衛の仕事で何度かね。そもそも単独で本部になんて来ないからこの宿以外知らないけど。そう言えば、アナタは本部に常駐してたんでしょ? ここの冒険者ってみんなどこで寝泊まりしてるの?」


「他の街の冒険者と変わらないわよ。冒険者用の宿が色々あるから常宿にして同じ部屋に住んでる人もいれば、その日その日で部屋を変えてる人もいる。まあ、大概は依頼で外に出ちゃうから荷物置きになっちゃってる人が殆どね。でも、こんな豪華な宿は無いし、お風呂がついてる所もそんなに無かったはずよ」


「そうなの? 本部っていっても大したことないのね。ここもそんなに豪華ってわけじゃ無いし、窓も無いからあんまり評判良くないわよ? 前に泊った時も護衛してた貴族のお嬢さんが文句言ってたし……」


「アナタ、いつもどんな部屋に泊ってんのよ……」


「どんなって、あなたも単独のB等級でしょ? それなりに稼いでるんじゃないの? 別に贅沢したいとかじゃなくて、身の安全を考えたら自然と高級宿になっちゃうじゃない」


「……」


「?」


 オリビアの気不味そうな顔に首を傾げるリディーナ。オリビアの冒険者としての活動内容を聞いているリディーナだったが、いくら諜報系の冒険者とはいえ、パーティーを組んでないソロのB等級冒険者がこの程度の部屋を「豪華」と感じるのは不思議だった。


 冒険者への依頼料は一人毎に出される依頼と、人数に関わらず、一律で提示されるものがあるが、後者の方が圧倒的に多い。単独ソロの場合は報酬をパーティーの人数で割る必要が無い為、普通の冒険者より稼ぐ額が何倍にもなる。その分、依頼の受注率や成功率、身の安全などリスクが増すことになるが、女の冒険者の場合はそのリスクが男の比では無い。安全対策に金を惜しんでいては命がいくつあっても足りないのだ。


(そういえばこのコ、言っちゃ悪いけどそんなにいいモノ着てないのよね……)


 冒険者ギルド本部のグランドマスターから依頼を受けるくらいだから、冒険者としての腕はいいはずだ。他所のB等級冒険者と比べて報酬もいいはずで、金には困ってないだろう。潜入依頼中ならまだしも、戦闘や野営を伴う旅装には冒険者なら一番に金を掛けるべき部分だ。普段、オリビアが寝泊まりしているであろう宿のランクや、低品質の装備などに、リディーナは違和感を覚える。


「そ、そんなことより、イヴがあの馬の世話をしてくると言って出て行ったわ。私もお風呂に行って来るから!」


「そ、そう……」


 それ以上の会話を避けるように、オリビアはイヴの伝言をリディーナに伝え、足早に浴室へと向かった。


 リディーナはオリビアのことが嫌いではない。レイに色目を使うようなこともしないし、自分と同じ女の身でありながら、単独で冒険者をしているオリビアに親近感も持っていた。レイも言っていたことだが、男に取り入って潜入するような女にも関わらず、やたら正論を言ってくるのが可笑しく思えるのだ。レイもリディーナも見た目通りの年齢ではない。二十代前半と思えるオリビアは子供も同然であり、彼女の仕事内容もあって心配する気持ちも芽生えていた。


「なーんか、気になるわね~」


 …

 ……

 ………


『モグモグモグモグモグ……』


 イヴは宿の厩舎でブランに食事を与えていた。厩舎には馬の世話をする専属の厩務員と水や飼い葉も十分与えられてはいるものの、ブランは飼い葉よりも野菜や果物が好きだった。宿で提供されるのは飼い葉だけなので、レイ達は他の食材を街で購入してブランに与えている。宿に頼んで任せることも出来るが、ブランは人の好き嫌いが激しく、厩務員も他の馬と違い過ぎるブランに戸惑う者が殆どなので、イヴがブラッシングを兼ねて世話をするのが日課になっていた。


「そんなに慌てなくてもまだまだ沢山ありますよ」


 一心不乱に野菜や果物を頬張るブランに、イヴは優しく声を掛ける。


「ふふふっ」


『シャクシャクシャクシャク……スンスン』


「……」


 ブランが顔を上げ、しきりに鼻をひく付かせ、耳をピクリと動かす。それと同時にイヴも視線を背後に向ける。近づいてきた者は、足音や気配を殺してはいるがブランとイヴには誤魔化せない。


「気づかれるとは驚きだ……小娘」


 察知されたのが意外だったのか、一瞬驚いたような表情を見せるローザ。そしてA等級冒険者パーティー『ネメア』の獅子獣人のメンバー達。


『臭いし』


「「「馬がしゃべっ――」」」


「何の用でしょうか?」


 そう言いつつ、イヴにはローザ達の目的が分かっていた。彼女達は既にそれぞれが大剣を抜いており、パーティーリーダーであるアレックスを殺したイヴに復讐にきたのだ。


「逆恨みだとは分かっている。だが、腕の一本や二本は貰っとかないとね」


 ローザは問答無用とばかりにイヴに向かって大剣を振る。言葉通りに命までは奪うつもりは無いのか、狙いをイヴの腕に向けていた。


 イヴはその斬撃を焦ることなく難なく避ける。


「ちっ、たかが職員ごときがっ!」


 表情を一切変えないイヴに苛ついたのか、ローザの攻撃が激しさを増す。獅子獣人の膂力と素早さ、動体視力は人族を遥かに凌駕する。常人の剣士なら瞬く間に細切れになっていたであろうローザの剣閃をイヴは顔色一つ変えずに躱していた。


「バカなっ!?」


 イヴは自分の感覚を不思議に思っていた。以前の自分ならA等級の獣人の攻撃を正面から見切ることなどできなかったはずだ。しかし、今はまるで目の前のローザがゆっくり動いているように見える。


「「「この小娘がっ!」」」


 他の『ネメア』のメンバーもイヴへの攻撃に参加する。四名の獅子獣人がイヴを囲むようにしてそれぞれが大剣を振りまわす。


「「「ッ!」」」


 四方からの斬撃を焦る様子も無く躱すイヴ。


(なんでしょう? ……不思議な感覚です)


 本人は気付いていないが、イヴの右目『鑑定の魔眼』には小さく光が灯っていた。


 それは九条彰の『強奪コピー』に似た能力の片鱗だった。今のイヴの動きは、レイの動きにそっくりだ。敵に囲まれた状況にあっても、まるで背中に目があるように周囲を把握し、攻撃を避けている。探知魔法を使用すればレイも無傷で同じことが出来るが、それを展開しているわけでもないイヴがかすり傷一つ受けていないというのは、長年の鍛錬と経験のあるレイとは異なる方法でそれを体現していることを表していた。



「そ、そんな……」


「もう宜しいですか?」


「グルル……!」


 屈辱に顔を歪ませるローザ。巨大な鎧がなければただの小娘。A等級、それも獣人の中でも上位の種族である自分達をあしらえるなど思ってもいなかった。本部の幹部から手を出すなと指示があり、命までは奪うつもりは無かった。しかし、手加減するどころか本気で攻めてもかすりもしない。


 ガシッ


 メンバーの一人が形振り構わず背後からイヴに抱き着いた。


「姐さん! 今の内に……おぶっ」


 イブに抱き着いた獣人の女は、白い柱に真上から圧し潰された。言うまでも無くブランの前脚だ。


『臭っさい』


「「「なっ……」」」


 その光景に唖然とするローザ達。


「殺ってしまいましたか……仕方ありません」


 ―『新宮流短剣術 流水乱舞』―


 イヴはいつの間にか抜いていた二本の短剣を逆手に持ち、流れるような動きで刃を滑らせ、四方の敵に上下左右の死角から斬り付ける。相手に密着し、相手の身体を軸に急所を突く『流水演舞』の応用技『流水乱舞』。自分の身体を軸に腕と手首だけを使って複数の相手を斬り付ける技だが、実際にイヴが使うのは初めてだ。レイとの訓練の際、お手本として見せてもらっただけだったが、イヴは意図せずそれを忠実に再現してみせた。



「かひゅっ……そ……んな……」


 ローザ達は瞬時に急所を複数斬られ、各所から血を噴き出しながら地面に沈んだ。



『アニキは邪魔な奴は殺していいって……』


「なるべく目立たないようにとも言ってたでしょう? 自分の足元見て下さい。ぐちゃぐちゃですよ?」


 イヴが殺したローザ達も血で汚れた死体なのは変わらないが、ブランが踏み潰した一人は、その衝撃で肉片が散らばっている。流石のイヴも顔を顰めていた。



『ゴメン、イヴちゃん。脚汚れちゃった』


「もうっ! そっちじゃないです!」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る