第393話 隠形術
「結界を起動したのか」
会議室に入ってきたジュリアンは、室内のモニターに目を向けながらトリスタンに言う。
「指向性を持たせる為に設置した魔導具が機能してないから、一網打尽とはいってない。……何か問題があったのかな?」
「邪魔が入った」
不機嫌そうな顔をしてジュリアンはそう答え、視線を部下のエルフの男に向ける。ジュリアンの後ろにいたエルフの男は、白い外套に包まれた遺体を運び入れ、幹部達の前に晒した。
「「「……?」」」
遺体の状態、特に頭部の損傷は幹部達にとっては見慣れぬものだ。ジュリアンを知る者は、この女を殺したのは彼ではないことがすぐに分かったが、遺体の正体の方が気になっていた。
「山でコソコソやっていた女だ。コイツに部下達を殺られて魔導具を破壊された」
(((こんな小娘に?)))
見るからに十代の若い女がそんなことを仕出かしたとは思えなかった幹部達。
「やはり『勇者』で間違いなかったようだね。この傷は『銃創』ってヤツだよ。……どうやら彼が動いてるみたいだ。豚鬼達が急に統率を失ったのは、彼がテイマーも始末しちゃったからだろう。流石と言ったらいいのか、一言声を掛けてほしかったというか……」
「ジュウソウ? 彼? コイツをやったヤツを知ってるのか?」
眉間に皺を寄せながらジュリアンがトリスタンに詰め寄る。
部下のエルフから状況を聞いたジュリアンは、恥ずかしさと悔しさの感情をまだ処理しきれていない。人間の小娘に手玉にとられたばかりか、助けられる形で横から手を出された。ギルドの幹部であり、『S等級』という冒険者の頂点としてのプライドを傷つけられたのだ。このような屈辱を味わうのはジュリアンの百数年の人生で初めてだった。
「S等級冒険者、『聖帝レイ』だよ」
「聖帝……」
「ジュリアン、キミは彼の存在に気付けなかった。その意味が分からない訳じゃないだろう? ギルドの幹部として自重してくれ。他の者も彼と彼のパーティーには口出し無用だ」
トリスタンは、苛立ちを隠せないジュリアンと他の幹部達にレイ達には手を出すなと再度警告する。
「へっ、『古龍』を単独でぶっ殺せる男だぞ? もっとはっきり言ってやらんと誰かがバカやって死ぬぞ?」
後ろからゴルブがトリスタンに苦言を呈す。ベテランから若手まで、ここには実力を示してのし上がってきた者ばかりだ。曖昧な説明ではレイ達にちょっかいを出す者が必ず出るとゴルブは心配する。
「「「古龍を単独ぅ!?」」」
「まあ、彼ならやれるだろうね。万を超える
「むぅ……」
「龍の討伐は誰もが夢見る偉業だよ。それを誰にも報告しないなんて彼らしいと言えばそうなんだが、彼にとっては大したことではないんだろうね」
「「「そんなバカな……」」」
「ついでに言うと、彼とリディーナは恋――」
コンコンッ
「失礼します。ロビーに『レイ』と名乗る者がグランドマスターを訪ねてきております。冒険者証を確認しましたが……その……」
ノックをして入ってきたギルド職員は言い淀みながら、トリスタンに指示を求めた。
「すぐに連れてき……いや、ボクが行く」
「その必要は無い」
「「「ッ!?」」」
いつの間にか、レイが清水マリアの遺体の側にいた。レイは遺体を検分しながらトリスタンとゴルブに釘を刺す。
「ジジイ共、あまり余計なことをベラベラ喋るな」
「「……」」
トリスタンとゴルブは二人揃ってバツが悪そうな顔をする。
「……いつからそこに?」
「さあな」
「「「……」」」
何なんだ、この男は? そう、部屋にいる誰もが思った。腕に覚えのある者達が揃ってレイに畏怖の念を抱く。
気配察知に優れるとされるエルフ族のトリスタンとジュリアンが、揃ってレイの侵入に気付かなかった。トリスタンにとってはこれが二度目だ。まぐれなどではない。いくら光魔法で姿を消すことが出来るとはいえ、その存在まで消すことは出来ないのだ。精霊や妖精と親和性の高いエルフ族でさえ、レイの気配を察知できないのは異常なことだった。これはリディーナにとっても同様で、レイが本気で気配を断てば、リディーナも気付くことはできない。
―新宮流 隠形術『渾』―
隠形術とは、目的のために敵から身を隠したり、追っ手をかわすための術である。忍術における『遁術』や『木遁』などと言われる技で、偽装して相手の目を誤魔化す技術や、気配を遮断したり、相手の視界の外に身を置く術などがそれにあたるが、新宮流では自然と同化し、人間だけでは無く、野生の動物相手にも己を認識させないことを極意としていた。極めれば、警戒心の強い山奥の渓流魚でさえ、その魚体を掴まれるまで気付かせないことが出来ると言われる。
隠形術自体は誰でも習得可能な技術ではあるが、それはあくまでも人間相手ならという前置きがつく。新宮流『渾』の習得には基本的な隠形術の修練と、自然と同化する為の鍛錬、それに加えて、持って生まれた気質が必要とされる技であり、新宮流を修める者であっても、誰でも習得できるものではない。
レイは生前、師である新宮幸三より、唯一その分野の才能を認められていた。新宮流の修行と、殺しの実戦経験。そこに魔法の習得が加わり、レイの本気の隠形術を看破できる者は殆どいないレベルになっていた。
(こんな人間の若造に……なっ!?)
レイの容姿は二十歳前後の青年のものだ。百歳を越えるジュリアンからすれば子供以下の存在にも関わらず、底の見えない不気味な実力を見せつけられ、同じ『S等級』として焦りと苛立ちが沸き起こる。しかし、レイの周囲にいる精霊達の存在を目にして、ジュリアンはその感情が一気に吹き飛んだ。
水の精霊と契約し、精霊を視認できるジュリアンは、自分が見たことも無い精霊達を従え、相反する精霊が一緒にレイの周りを漂っている事態に混乱する。
「(しーーー)」
ジュリアンの向かいでトリスタンが口に指を当てて、ジュリアンに黙っているよう指示する。
「……」
「この顔の傷。いや、模様? 全く同じものが松崎里沙にもあったな。仲の良い友達同士、お揃いの入れ墨を彫ったという訳じゃあるまい……」
トリスタンやジュリアン、他の幹部達の困惑を他所に、レイは清水マリアの遺体を見て呟く。顔を横一文字に斬り裂いたような黒い模様が、目の前の清水と同様に松崎にもあったのだ。
「多分だけど、『魔剣』による『呪印』に似ているね……」
確信は無い、そういった表情でトリスタンがレイに答える。
「『呪印』?」
「二百年前の勇者の一人『魔剣士ライアン』さんが、それと似たような能力を持ってた。『魔剣』で斬り付けた相手に印を刻んでいつでもその部分を斬ることができたんだ」
「随分、回りくどい能力だな。この傷をつけた可能性のある勇者と言えば『
『聖剣』や『魔法剣』とはどうやら異なる性質をもっている剣らしいが、レイには具体的なイメージが湧かなかった。夏希から逃げていた藤崎亜衣も、自身の影の能力が通じないとしか情報を持っておらず、詳細は不明なままだ。『魔剣』や『聖剣』など漫画やアニメに出てくるようなモノを真面目に推測するなどレイには無理だった。
「ふぁんたじーって何だい?」
「知らないのか? まあ、
「ボクらにとっては、キミの存在が『ふぁんたじー』だよ」
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