第392話 結界

(クソクソクソッ! よくもアタシの……)


 グリフォンに乗った林香鈴は、冒険者ギルド本部から距離を取り、後方へと下がっていた。突然現れたエルフにテイムして可愛がっていたグリフォン二体を殺され、怒りが収まらない。


「痛ッ」


 突如、腹部から刺す様な痛みを感じる香鈴。


「え?」


 先程までの怒りの感情が一変、血の気が引く。


「な、なんで? …………けほっ」


 吐血。そして、みるみる服が血で赤く染まっていく。


 松崎里沙がレイに殺されたことなど、香鈴は予想もしていない。松崎に仕掛けられた寄生虫が体内で急速に成長し、暴れ出していた。


「やだっ! やだやだやだ! なんでよ里沙ぁあああ! ……あぎゃっ!」


 無数のムカデのような蟲が香鈴の腹を突き破って飛び出した。


 白目を剥いて絶命した香鈴は、騎乗していたグリフォンから滑り落ち、森の中へと落下していった。



 その様子を遥か後方から見ていたレイ。


 清水マリアや松崎里沙を追跡する間にも、谷底に位置する本部の様子は観察していた。勿論、イヴが金色の魔獣を魔操兵で倒す様子や、リディーナがグリフォンを落とす様子も見ている。


 離脱した一体のグリフォンの背に黒髪の女が乗っていたのは分かっていたので、離脱した進行方向だけ確認して松崎を始末し、すぐに後を追ったのだ。



 蟲に喰われた腕を治療することなく全速で飛び、ギリギリ追いついたと思ったところ、黒髪の女は血を撒き散らして落下していった。


「……?」


 そのまま飛び去ったグリフォンは放置し、レイは落下していった黒髪の女、林香鈴を追う。


 …


「酷ぇな……」


 辛うじて顔は判別できたが、その姿は惨い有様だ。ムカデのような蟲が無数に林香鈴の体に纏わりつき、肉を貪っている。


 レイは、火属性の魔法で蟲ごと遺体を燃やすと、その場に座って両腕の回復に入った。


「高橋の言っていた、もう一人の『魔物使い』、林香鈴か……。それにさっき始末した松崎里沙と清水マリア。こいつらの関係と行動の目的が全く分からんな」


 再生魔法で蟲に喰われた両腕を治療中、レイは始末した『勇者』三人について考える。


『探索組』である松崎と清水、『王都組』の林。三人が何故、揃って冒険者ギルドの本部を攻めていたのかが分からない。それに、林の死因は松崎の『蟲使い』の能力によるものだと思われた。松崎が死んで蟲が暴走したのだろうが、林の体に蟲がいたのも不可解だ。


「まあいい、とりあえず戻ってリディーナ達と合流するか……」


 レイは治療を終え、本部の方へと足を向けた。


 …

 ……

 ………


 一方その頃、冒険者ギルド本部では、『魔物使い』である林香鈴が死亡したことにより、豚鬼達は支配が解かれていた。豚鬼達を部隊単位で指揮していたオブライオンの騎士達は瞬く間に殺され、豚鬼達は四方へ散り散りになっていった。


 その様子を本部の会議室で見ていたトリスタンと幹部達は、すぐさま結界を起動。本部の建物周辺が紫色の煙に包まれた。


 紫煙に包まれた豚鬼達は一斉に苦しみだし、泡を吹いて倒れていく。


「……毒?」


 結界の詳しい仕様を知らない若い幹部が呟く。


「そう。本部に進攻してくる軍勢をまとめて排除する毒煙の結界だよ。この場所が人里離れた場所と、山に囲まれた立地に建てられたのはそれが理由さ。降伏も退却も許さず皆殺しにする結界だ。過去二百年間、ここを攻めてきた者は一人も生きて帰してない。……エグイだろ?」


 トリスタンは真剣な顔で幹部達を見る。


 この場にいる幹部達は、トリスタンとゴルブを除いてこの結界が展開されたのを見るのは全員がはじめてだ。今回は魔物相手だが、これが人に対して使われた場合を想像して誰もが息を呑んだ。


 苦しみながら悶絶し、動かぬ屍と化す豚鬼達。


 これが人に使われた場合、降伏も逃げることもできずに問答無用に殺されることになる。ゴルブがこの結界をよく思っていないのも、かつてはこの兵器で冒険者ギルドの存在を認めない国の兵士達を虐殺してきたからだ。


 侵攻を阻止するためとはいえ、数千、数万の人間が苦しみながら死ぬ光景は、常人ならとても耐えられるものではない。トリスタンが使用を躊躇うのも無理は無く、このような一網打尽にできるものがあるなら積極的に使えばいいと思う者は誰もいなかった。


 毒ガス兵器。核兵器や生物兵器と並ぶ、大量破壊兵器の一つである化学兵器だ。地球においては第一次大戦以降、様々な戦争で使用され、多くの犠牲を出した。軍人のみならず、民間人にも多大な死傷者を出す非人道的な観点から条約や国際的な取り決めで使用は勿論、製造や保持に制限が設けられ、国際的協調が求められる兵器でもある。


 兵器に使用される毒ガスの殆どが無色無臭であり、使用される可能性が事前に分からなければ、例えガスマスク等の防護装備を持っていたとしても、それを防ぐことは極めて困難だ。


 冒険者ギルドのガスに関しては、これを作った過去の勇者である『大魔導士マイコー』は紫色に敢えて着色し、警告の意味を持たせていた。しかし、今回に関してはそれが仇となる。


「拙い、設置したはずの魔導具が機能していない……」


 本部の冒険者が設置した石碑型の魔導具は、その半分が松崎によって壊されており、結界の範囲は本部周辺にしか展開できていなかった。紫煙の範囲から外れた数百体の豚鬼達は未だ健在で、紫の煙を危険と判断し、四方に逃げだしていた。


「くそっ! 半分以上は仕留めたとはいえ、あれだけの数が野に放たれれば周辺国は大混乱だぞ!」


 本部の周辺はまだ紫煙が漂っており、散っていく豚鬼達をただ見ていることしか出来ない幹部達。



 トリスタンは椅子に深く腰を下ろし、天井を見上げる。


「まいったな……何故、急に豚鬼が……」



 この侵攻の背後にいた、『魔物使い』を含めた勇者達を、レイが人知れず始末していたことをトリスタン達はまだ知らない。



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※お知らせ


GWの投稿についてですが、私用により不定期になります(5月7日からは毎日投稿できると思います)。楽しみにして頂いてる読者の皆様、申し訳ありません。

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