第391話 蟲使い

 冒険者ギルド本部の白い外壁の一部が黒く染まる。


『蟲使い』である松崎里沙の命令により、夥しい数の蟲が壁に取りつき、隙間という隙間に入り込んでいた。


 そんな中、黒い霧に包まれた松崎里沙は、悠然と本部に向かって歩いていく。黒い霧の正体は勿論、蟲だ。


「フンフフンフフ~ン♪」


 建物を取り囲んでいる豚鬼達は、松崎に道を開けるように左右に分かれていく。しかし、豚鬼が自ら動いている訳では無い。よく見れば松崎が通るそばから豚鬼は蟲に喰われ、瞬く間に白骨化して崩れていった。


「まったく、マリアはどこほっつき歩いてんだか……もうアタシ一人で入っちゃうよ~? ホント、スマホ無いのマジ不便」



「なんだアレは?」


 会議室にいたトリスタンが、目を凝らしてモニターを見る。


「あの黒い霧はなんだ?」


 四百年以上生きているトリスタンだが、あのような現象は初めて見た。黒い霧の中に人の姿らしきものが見えるが、今一、はっきりしない。


 しかし、霧の通った跡を見て、その正体が何であるかがようやく分かった。


「蟲だ……」


 夥しい数の蟲。それが塊となって真っ直ぐ本部に向かって近づいて来る。



「結界を展開する。全ての豚鬼がまだ範囲に入っていないが仕方ない」


 トリスタンの指示により、部屋の職員がアタッシュケースのような鞄を開き、トリスタンの前に置く。鞄には鍵穴と円形の魔水晶がはめ込まれており、トリスタンは懐から取り出した鍵を鍵穴に差して回す。


 僅かに光りを帯びた魔水晶に手を伸ばし、確認の為にモニターに目をやる。


「ん?」


 動いていた黒い霧が建物の手前で止まっていた。


 …

 ……

 ………


「な、なに……これ?」


 松崎里沙は、手に付いた血を見て呆然としていた。その血は自らの手ではなく、自身の胸から出ていたものだ。


「がふっ」


 その場に膝を着き、倒れ込む松崎。



(ちっ 外れやがった!)


 森の切れ目からM4A1カービンを構えたレイは、松崎里沙の心臓を狙った狙撃を失敗したことに内心で舌打ちする。狙いは正確だった。しかし、に当たって弾道が逸れたのだ。弾は松崎に当たったものの、即死には至っていない。


(くそ、ただの蟲じゃないのか?)


 松崎の周囲の黒い霧が蟲だということは分かっていたが、まさか、銃弾を逸らすほどとは思わなかったのだ。厳密には蟲の中にいた甲虫の一種によるものだったが、松崎が意図したものではなく、偶然だった。


 レイは銃のセレクターを単射から連射に切り替え、その場で銃を連射する。三十発入りの弾倉を十秒も経たずに撃ち切ると、素早く弾倉を交換して再度連射する。


 しかし、銃弾は松崎には届かなかった。蟲達が松崎を包み込むように守っており、レイが連射した5.56mmの弾丸はそれを貫くことが出来なかった。


(マジか、これはちょっと予想外――)


「ッ!」


 レイの持つM4A1には小さな蟻のような蟲がいくつも這っており、よく見ると、銃の隙間にも無数に入り込んでいる。


「くっ」


 レイは、すぐに銃を手放し、その場から離れるも、既に腕や体に蟲が纏わりついていた。


 …


「がふっ げほっ げほっ」


 蟲に包まれながら、松崎里沙は血を吐いて涙を流していた。弾丸は肺を貫通し、息をするのもままならない。


 今まで体験したことのない激痛に顔を歪ませながら、必死に耐える。


「げほっ はぁー はぁー はぁー」


 次第に呼吸が整い、落ち着きを取り戻していく松崎。いつの間にか撃ち抜かれた傷口にはナメクジのような蟲が無数に集っており、その傷を急速に塞いでいた。


「うー メッチャ痛かったんだけど……再生蟲このコ達がいなかったらヤバかったかも……ってか、狙撃ってやつ? 銃があるなんて聞いてないんだけど?」


 ブツブツと蟲の中で呟きながら、相手への対策を考える松崎。今は松崎に対して攻撃してきた対象を自動で蟲達が反撃してくれているが、確実に対処する為には、自ら相手を認識して命令した方がいい。


 松崎は蟲達に命令し、立ち上がる。周囲を覆っていた蟲達の中で、体の堅い甲虫型が松崎の体に張り付き、甲冑の様にその全身を覆う。


「さて、アタシを襲ったバカはどこだ~?」


 周囲を見渡し、自身を攻撃した相手を探す松崎。繋がりのある蟲達のおかげで相手の位置は検討がつく……はずだった。


 しかし、辺りに反応がない。


 反撃してすでに仕留めた? いや、それなら死体に蟲達がまだ群がってるはずだ。だが、そのような気配はない。


「くそっ! どこ行きやがったぁ!」


「ここだよ、ゴキブリ女」


 斬ッ!


 松崎は袈裟気味に両断され、血を噴き出しながらその場に崩れ落ちた。


 背後から光学迷彩が解除されたレイの姿が現れる。黒刀を両手でなんとか保持してはいるが、レイも血だらけで両腕の所々は骨が露出するほど蟲に喰われていた。


「くっ これだから虫は嫌いなん……ん?」


 松崎の傷口からうねうねとナメクジのような蟲が生え、傷を塞ぐように増殖していく。


「気持ち悪ぃ女だ。これじゃあファンタジーじゃなく、ホラーだな……」


「ぢ、ぢょっ ま、まっで だ、助け――」


「イリーネって女を覚えてるか? お前等が嵌めて売り飛ばしたエルフの女だ。桐生隼人に買われて死んだよ。だが、桐生は殺したし、藤崎亜衣と清水マリアも既にあの世に送った。お前も今から送ってやるから一緒に詫びてこい」


「ま゛ーーー」


 ―『火球』―


「ひぎゃああああああ……」


 レイは松崎里沙を消し炭になるまで念入りに焼くと、再び光学迷彩を施し、その場から姿を消した。

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