第390話 渦巻く思惑

 ―『冒険者ギルド本部 会議室』―


「「「……」」」


 リディーナとイヴの働きを部屋のモニターで見ていた幹部達は、そのあまりに圧倒的な強さに、リディーナ達を知る二名を除き、目を見開いていた。


「う、うそだろ……?」

「上空のグリフォン二体をそれぞれ一撃?」

「それに、あのデカいのは一体何だ?」


「グ、グランドマスター……あの赤いヤツから出てきた青髪の娘、以前、本部にいた職員じゃ?」


「そうだよ。今はS等級冒険者パーティー『レイブンクロー』の一員だけどね」


「本部の職員がなんで『S等級』パーティーに?」

「そんなことより、あの赤いヤツだ! なんだあれは?」


「ありゃあ、メルギドの対炎古龍の秘密兵器、魔操兵ゴーレムだな。儂が知ってるモンとは大分違うが間違いねーだろ」


 そう発言したのは酒の入ったジョッキを手にし、部屋の隅にいたゴルブだ。


「オメーら、あの赤いヤツが何で出来てるか知ってるか?」


「「「?」」」


「古龍だろ? 赤い鱗、まさかとは思うけど……『炎古龍バルガン』かい?」


 二百年前、『勇者』と共に前の炎古龍の討伐に参加したトリスタンが答える。


「そのとおりだ。同じモン作れって言っても、なら、素材を持って来いって突っぱねられるだろーな」


 単なる職員であった小娘でも巨大な魔獣を仕留められるなら是非とも手に入れたいと誰もが思ったが、幻とも言われる『古龍』の素材などあれ程の量を集められるわけがない。


「あんなのが世間に出回る可能性が無くて一先ず安心かな? 作るのに『古龍』の素材が大量に必要なら量産は無理だろう。現物はあれ一つだけかもしれないけど、所有してるのは『S等級』がもいるパーティーだ。誰かに心配は無いだろうね。万一、手を出す者がいれば、その者が何者であっても悲惨な死を迎えるだろう」


 トリスタンは、魔操兵に興味を示す幹部達に手を出すなと暗に諭す。レイ達『レイブンクロー』に関しては『S等級』の認定からまだ日が浅く、レイの認定には懐疑的な意見もあったことから、その実力をよく知らない幹部が殆どだ。しかし、レイの実力と性格を知るトリスタンは絶対にイヴと魔操兵に手を出させる訳にはいかなかった。


(まったく、厄介な火種を持ち込んでくれたものだよ……)



「マルクめ、あんな贅沢に古龍の素材を使いやがって……ちょっとこっちに寄越せってんだ」


 グビリとジョッキに口をつけながらゴルブが愚痴を漏らすが、誰の耳にも入っていなかった。


 …

 ……

 ………


 一方、屋上では残された冒険者達の思いは様々だった。


 助かったと安堵する者、人外の力を目にして呆然とする者、仲間を失い悲しむ者、……そして、自分達の力不足を実感し嘆く者と、悔しさを滲ませる者だ。



「ひゅー おっかねえなぁ…… あれも『S等級』ってヤツかねぇ~?」


『クルセイダー』のジークは飄々と自身のパーティーメンバーにおどけて見せるが、メンバーのエミューは、目の前にあるグリフォンの死体に釘付けだ。自分達だけでこれが討伐出来ただろうか? そう思っていた。


「何、シケたツラしてんだエミュー。俺達『クルセイダー』は不死者アンデッド専門だ。あんなバケモン相手に命があっただけでも上出来だぞ?」


「……うん、わかってる」


「あんなクッソ美人なのに、口説かないなんてジークらしくなかったな?」

「違いねぇ! さてはビビッてたんじゃねーのか?」


「オメーら、うるせーぞっ! いくらなんでもあんなバケモンに手ぇ出せるかよ! 死ぬぞ!」


「「ギャッハッハッハッ」」


 …


 ドンッ


「くそがっ! あのガキ、俺達の獲物を横取りしやがって!」


『ドラッケン』のメンバーの一人がそう吐き捨て、槍を地面に叩きつける。一時は撤退を指示したリーダーのゲイルも険しい表情だ。仲間を一人失い、成果は何も残せていない。そればかりか、自分達が仕留められなかったものをあっさり仕留められたのだ。弱らせたのは自分達だと言いたかったが、あんな小娘にそんな恥ずかしいことを言えるわけも無かった。


 …


「「「ううっ……アレックス様……」」」


 アレックスの遺体の側で泣き崩れる『ネメア』のメンバー達。



「バカが、余計なことしやがって」


『アレイスター』のロブがアレックスの遺体を足蹴にする。『アレイスター』もまた、『ドラッケン』同様、仲間を失い苛立っていた。


「「「貴様ぁ!」」」


 ロブの態度に怒りを露わにするローザ達。


「あー? なんか文句あんのか、クソ猫共? アレックスこいつの所為で何人死んだと思ってんだ? 豚鬼共も大して減らしてねーし、なーんの役にも立ってねーだろーが!」


「グルルルル」


 ローザが唸り声を上げ、大剣を手に掛ける。


「やんのか? 上等だ脳筋共が……」


 ロブ達『アレイスター』も杖を構えるが、それを遮るように、上空から『水帝ジュリアン』が屋上に降りたった。


「止めないかっ! 総員、屋内に退避だ! 見ろっ!」


 ジュリアンの指した先には、豚鬼達が本部の外壁をよじ登ろうと押し寄せていた。


「「「ちっ」」」


 

 冒険者達は、様々な思いを抱えながらも、ジュリアンの指示に従い、屋内に退避していった。


 その後、建物に入る扉は全て施錠され、固く閉ざされた。


 …

 ……

 ………


 清水マリアを始末したレイは、豚鬼の軍勢を回り込むようにして、反対側の山まで来ていた。清水マリアの痕跡を辿った先には、二体のグリフォンが待機していたが『勇者』の姿は無い。一体は清水の騎乗していたものだとして、もう一体に乗っていたであろう者の姿は無かった。


 やはり、もう一人いる。そう確信したレイは、二体のグリフォンを始末し、その場に残っていたもう一人の跡を追った。



 プロの手に掛かれば、素人が歩いた痕跡を辿るのは難しくない。山の斜面となれば更に難度は下がる。森の大半の地面は非常に柔らかい。落ち葉が積もり、それが腐って腐葉土と化した斜面は、人が歩けば踏んだ跡がはっきり残る。崩れた土の乾き具合でいつそれが踏まれたかもおおよその時間も分かる。それに、人は無意識に地面が見えている場所に足を置き、真っ直ぐ歩こうとするので一つの痕跡を見つけられれば次の痕跡が見つけやすい。


(こいつも森歩きは素人だな。それに、やはり連れは松崎里沙か……)


『蟲使い』、あらゆる虫を操る能力。そう、藤崎亜衣から情報を聞き出していたレイは、森の様子からも追跡している相手が松崎里沙であると予想が確信に変わっていた。


(さっきから虫一匹いない……拙いな)


 追跡の合間に土を掘りかえしてみるも、虫が全くいない。それどころか、羽虫一匹見かけなかった。自然の森の中では異常なことだ。


 レイは、追跡のスピードを上げる。


 松崎の能力で蜂や毒虫をけしかけられたとしても、毒が効かないレイにとっては大したことではない。だが、それが自分以外に向けられれば非常に大きな脅威となる。


 蟻や蚊の恐ろしさは、ジャングルで嫌というほど知っているレイは、リディーナ達にそれが向けられることを恐れていた。


 …

 ……

 ………


 同時刻。


 松崎里沙は、『鍵』の探知機を手に、冒険者ギルド本部のすぐ側まで足を進めていた。


「じゃあ、行ってらっしゃ~い」


 松崎は自身の能力で呼び寄せた蟲達に命令を下す。


 まるで森が移動しているかのように、大量の蟲達が建物に向かって行き、松崎は悠然とそれの後に続き歩いて行った。

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