第389話 EVE

 その巨大な鎧騎士は全身が真紅に染まり、よく見れば鱗状の模様が薄っすら見える。竜を模したと思われる兜や鎧の形状と相まって、その両手に剣を持っていなければ、遠目には竜と見間違える者もいたかもしれない。


「なんだあれ……?」

「私達?」


 困惑する冒険者達を他所に、イヴ専用魔操兵ゴーレム『EVE』はアレックスに向かって走り出した。


 冒険者達が呆気に取られてる間に、瞬時にアレックスの目の前に躍り出た『EVE』は、両手に装備した片手剣で素早く斬り付ける。


『これではだめですね』


 イヴは金色の体毛に阻まれ、通用しないと判断した剣をすぐに放棄し、両腕の手甲に装着された鉤爪を展開させ、操縦桿に魔力を込める。みるみる赤熱化していくその爪をアレックスに斬り付けると、体毛を焦がしながらアレックスの皮膚を斬り裂いた。先程の鋼鉄製の剣とは違い、『EVE』の固有武装であるこの三本爪は、『炎古龍バルガン』の爪だ。如何にアレックスの体毛が硬くとも、古龍の爪には敵わない。おまけに、マルクの手によりイヴの魔力に応じて高温の熱を発生させる魔法武器化されている。


 八メートルの巨体である『EVE』を獣化したアレックス以上の速さで操るイヴ。両足が凍傷に掛かっているアレックスは、イヴの操る魔操兵の攻撃を躱すことも反撃することも叶わず、成すすべなく斬り付けられていった。


「「「すげぇ……」」」



 ズドンッ



 突然、閃光と轟音が鳴り響き、冒険者達の前に一体のグリフォンが落ちてきた。体のあちこちから湯気の様な煙が上がり、ピクリとも動かない。


「「「ッ!」」」


 冒険者達の後方には、瞳が白化したリディーナが立っていた。そのリディーナに重なるようにして微笑む『風の妖精シルフィー』。しかし、その姿を視認できる者はこの場にはいない。リディーナの体から自然に発生した風は周囲の土煙を吹き飛ばし、リディーナは再度、完全無詠唱による魔法を放つ。


 ―『落雷』―


 上空から発生した落雷がもう一体のグリフォンを直撃する。風の属性を操るとはいえ、全ての風属性魔法を無効化できる訳ではない。風属性最上位の『風の妖精シルフィー』の力の前には抗うすべは無かった。


 落雷の直撃を受けたグリフォンは、瞬時に体内の水分が蒸発し、一体目と同じように一撃で絶命し、地上に落下する。


 ズドンッ


「テイマーはまだ殺すなとトリスタンには言われてるけど、どうしようかしら?」


 …

 ……

 ………


 暫し前。


「頼む。力を貸してくれないか?」


 本部の中に併設された高級宿の一室で、トリスタンはリディーナ達に頭を下げていた。


「何よいきなり。私達、疲れてるんだけど?」


 リディーナは、冒険者ギルドのグランドマスターであり、血縁上は伯父にあたるトリスタンに冷ややかな態度だ。自分とレイを別れさせるため、強引な手段をとった目の前の男にリディーナは良い印象を持っていなかった。


「表の豚鬼なら、いつも偉そうにしてるアンタ達本部の人間がなんとかしなさいよ」


「そんなこと言わずに頼むよ。ボクの予想ではあれをけしかけてるのは『勇者』なんだよ? ……そういえば彼は?」


「……レイも同じ見解よ。それで今は周囲の山に偵察に行っちゃったわ」


 レイに休んでろと言われ、ブランの強引な山下りもリディーナの機嫌が悪い理由の一端だ。


「そうなのか……まずは一緒に来てくれないか? とにかく表の状況を見て欲しい。勿論、報酬は言い値を払うし、ギルドができることなら要望は出来る限り聞く」


「……仕方ないわね。見るだけよ? ホントに疲れてるんだから」


 いつになく真剣なトリスタンの様子に、リディーナは渋々承諾した。


 …


 そして今、リディーナとイヴは屋上にいる。


 本部の会議室のモニターで外の様子を見た二人は、上空にいる林香鈴の姿を目にして手を貸すことにしたのだ。勿論、リディーナの中にはいくつかの理由と打算もあった。


 レイの言うとおりに部屋で休息をしていても、あの巨大な魔獣が本部の外壁を破壊すればそうもしていられないだろう。他の国の城より遥かに強固に作られた建物らしいが、リディーナとイヴはメルギドで『魔猿オーガ』が外壁を破壊した光景を見ている。アレックスは『魔猿』の半分ほどのサイズだが、それでも建物の中が安全だとは言えなかった。それに、本部にいる幹部を含め、職員や冒険者達は曲者揃いだ。ここで本部に恩を売っておけば、今後煩く言われないで済むだろう。


 だが、一番の理由は『勇者』だ。やはり、直接目にしておきたかった。



「テイマーはまだ殺すなとトリスタンには言われてるけど、どうしようかしら?」


 リディーナは最後に残った林香鈴の乗ったグリフォンに向かって呟く。あれが『勇者』の一人ということは直感で分かっていた。今なら殺せる、そう思っていたリディーナだが、香鈴を殺せば周囲にいる数万の武装した豚鬼が暴走し、各地へ拡散していくことになる。他の魔獣ならともかく、豚鬼のような人型の魔物の場合、捕食や繁殖の相手として人間は格好の的であり、各地でおぞましい被害が出るのは安易に想像できた。


 レイなら躊躇わずに殺したかもしれないが、リディーナは本来、殺し屋ではなく冒険者だ。目の前の勇者を殺すことより、拡散した万の豚鬼を始末する方が遥かに面倒な事ぐらい分かっていた。


 騎乗したグリフォンに指示したのか、林香鈴は踵を返してその場を離脱する。香鈴は顔を顰めて憎悪の目をリディーナに向けるが、そんな目を向けても無駄だと言わんばかりにリディーナも視線を返す。


「まったく、イライラするわ……」



 ズズンッ


 振動を感じてリディーナがその発生源に目を向ける。


 そこには、地に伏して倒れたアレックスの姿と、それを無傷で見下ろすイヴの魔操兵『EVE』の姿があった。


『止めです』


「「「やめてくれっ!」」」


 そう魔操兵に叫ぶのはローザと『ネメア』のメンバー達だ。


「もうアレックス様は動けない、やめ――」


 斬ッ!


 イヴは、ローザを無視して魔操兵を操り、アレックスの首を爪で刎ねた。


「「「ッ!」」」


 無情に首を落とされ、屍となったアレックスを見て『ネメア』の面々が膝を着く。


「「「あ、ああ……」」」



 魔操兵のコクピットが開き、ローザ達の前にイヴが姿を見せた。


「この魔獣……A等級冒険者アレックスが人を食う様子は見てました。残念ですが……」


「「「こ、小娘……?」」」



「イヴ、行くわよ。私達の仕事は終わったわ」


「はい、リディーナ様」


 イヴはコクピットを降り、魔操兵を専用の魔法の鞄マジックバッグに仕舞うと、リディーナと共に屋内に戻って行った。



「「「何なんだ一体……」」」

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