第388話 想定外
悲痛な面持ちでアレックスを見ていた『ネメア』のメンバー達。
「どけっ! メス猫共っ!」
それを乱暴に押し退け、竜人で構成されたA等級冒険者パーティー『ドラッケン』が前に出てきた。
『ドラッケン』のメンバー達は、それぞれ同じ形の長槍を手に持ち、その青白い穂先からは僅かに白い煙が上がっていた。
―『氷魔槍ヘーガー』―
竜王国ドライゼンに棲む『氷古龍ヘーガー』。その古龍の爪を槍の穂先に使用した氷属性の魔法武器だ。ヘーガーの成長と共に削られた爪の欠片を集め、メルギドの職人の手によって作られたその魔槍は、込める魔力に応じて斬り付けた相手を凍らせる効果が付与されていた。
リーダーのゲイルを先頭に、『ドラッケン』のメンバー達は連携して氷魔槍をアレックスに斬り付ける。先程の冒険者の様に突き刺して動きを止めるような愚は犯さず、長槍のリーチを生かして穂先の刃を器用に当てては離れ、アレックスの周囲を旋回しながら攻撃する。
アレックスは、竜人達を振り払おうと両腕を振り回すも、まるで蛇のように滑らかな動きで攻撃を躱す竜人達。
周囲にいる冒険者達は、援護をしようにもアレックスに纏わりつくように動く『ドラッケン』には合わせられない。邪魔にならないよう、距離を置いて竜人達を見守る。
「おい、見ろ!」
冒険者の一人が、アレックスの足元を指差す。『ドラッケン』の面々が斬り付けた痕には流血は見られないものの、表面の体毛には霜が降りていた。
アレックスの動きが徐々に精彩を欠いていき、やがて膝を着いて動きが止まる頃には、その両足は氷に覆われていた。
それを見ても『ドラッケン』のメンバーは安易に止めを刺そうとはせず、攻撃目標をアレックスの両腕へと変え、斬り付けていく。四肢を凍らせ、完全に動きを止めるまで彼らは油断することなく、淡々と斬り付けていった。
「……いけるんじゃねーか?」
冒険者の男がそう呟いた瞬間、その男の頭が突然何者かにもぎ取られた。頭を失った身体は力無くその場に崩れ落ちる。
それを見た他の冒険者達は、すぐさま視線を上空へと向ける。
「「「グ、グリフォン!?」」」
いつの間にか、本部の上空には三体のグリフォンが旋回していた。内、一体の脚には先程の冒険者の頭が握られ、血が滴り落ちている。
平地や浅い森ではまず見ることの無い、獅子の体に鷲の頭部と翼を持つ魔獣『グリフォン』。大型の体躯に、馬程度なら軽々と持ち上げる膂力と飛翔力。それと獰猛な気性が相まって非常に危険な魔物だ。あまり知られてはいないが、風の属性魔法も操るとされており、高等級の冒険者でも討伐は困難を極める。
一体でも厄介な魔獣が三体。それも、編隊を組んで空を旋回している様子に、冒険者達の顔に緊張が走る。本能の赴くままに捕食行動をしてくれればまだ対処は可能だが、先程冒険者の頭をもぎ取った一体は、掴んだ頭部を口に運ぶ様子はない。
ドチャ
グリフォンは掴んだ頭部を放り投げ、冒険者達の前に落とした。一連の行動は、まるで人を弄んでいるかのような行いだ。明らかに捕食ではなく、殺傷のみを目的としていることが分かる。
「ひょっとして、あれがテイマーか……?」
三体のグリフォンの内、一体の背には林香鈴が乗っていた。頬はこけ、青白い顔色、そして、無表情の香鈴の姿は、不気味な雰囲気を醸し出していた。
「くそがっ! 『風刃』!」
「よせっ!」
『アレイスター』の一人が短縮した詠唱で風の刃を放つ。グリフォンの特性を知っていたリーダーのロブはメンバーを制止するが、メンバーは魔法を放った後だ。
案の定、風の刃はグリフォンの手前でかき消され、攻撃されたことに気付いたグリフォンは間髪入れずに反撃の『風刃』を放ってきた。
「は?」
魔法を放った『アレイスター』の男は、頭から真っ二つになる。
「対魔法戦闘用意っ! 状況!『風』っ!」
ロブは即死したメンバーには目もくれずに、魔法攻撃への対応をパーティーに指示する。土属性の魔法を得意とするメンバーが短縮した詠唱で即座に魔法を行使した。
―『土煙』―
周囲に砂塵が発生し、屋上を覆う。目に見えない風の刃を視認する為であり、直接防御するものではない。屋内や洞窟など、周囲が壁に囲まれた場所でなら土属性の壁を生み出して『風刃』は防げるが、野外では無意味だ。発生した土煙は視界を遮るほどではなく、冒険者同士の連携には問題無かった。
この場にいる冒険者達の大半はその意図が分かっており、煙りの動きを注視する。煙りの揺らぎで風の刃を看破し、避ける為だが、それとて容易なことではない。
「くそっ! 降りてこなきゃ攻撃できねーぜ……おい、誰か弓でもなんでも上のアレに届く得物を持ってるヤツはいねーのか?」
そう叫ぶ『クルセイダー』のジークは周囲の冒険者を見るが、誰も動けない。空を飛ぶ魔物の討伐は、それを目的とした装備や準備が事前に必要になる。全ての状況に対応できるように装備を揃えて所持するのは非効率であり、荷物がかさばって動き難さにもつながる。レイ達が持っているような魔法の鞄は超貴重品であり、高等級の冒険者とは言え、誰もが所持しているものではない。
中には弓を所持している冒険者もいたが、矢を放つ素振りは無い。風魔法を操る魔獣に矢が届く可能性は低く、先程の素早い反撃を見て、矢を放った後にすぐに風刃を躱せる自信が無かったからだ。
魔法を得意とする『アレイスター』の面々も、上空を旋回しているグリフォンに魔法を当てる自信は無かった。魔法攻撃で一番速度が出るのは風魔法だが、それはグリフォンには通じない。続いて火魔法だが、ロブは放っても無駄だと回避に専念していた。
飛竜やグリフォンなどの飛翔魔獣を討伐するには罠を仕掛けるのがセオリーだ。囮や餌で釣って地上に降りたところを仕留めるしかないのだが、上空にいるグリフォンはテイムしている香鈴の指示なのか、迂闊に地上に接近する様子はない。
「ちっ、こりゃ撤退した方が良さそうだ」
ジークの呟きに周囲も同じ気持ちだった。彼らの仕事は豚鬼とそれを操るテイマーの討伐であり、巨大な魔獣と化したアレックスや、飛翔魔獣とそれに乗る者の存在は完全に計算外だ。一旦退却し、装備や策を練り直す必要があった。
ヒュッ
グリフォンが放った『風刃』が、アレックスと対峙している竜人の一人を襲った。竜人はなんとかそれを避けるものの、その隙をアレックスに突かれる。
「が……はっ」
アレックスの払い攻撃をまともに食らった竜人は、人間の冒険者のようにバラバラにはならなかったものの、屋上から吹き飛ばされ、地上へと落下した。
地上には豚鬼の軍勢が本部のすぐ側まで接近しており、豚鬼の集団が落下してきた竜人を襲う。アレックスの攻撃と落下した衝撃で身動きが取れない竜人は、豚鬼に囲まれ悲鳴を上げる間も無く惨殺された。剣でめった刺しにされ、手足を引き裂かれて喰われていく。
「……下がるぞ」
『ドラッケン』のゲイルは怒りの籠った声で、メンバーに撤退を指示する。このまま続ければ目の前のアレックスを討伐できる自信はあったが、上空からの攻撃を避けながらでは無理だと判断したのだ。
巨大で素早い獅子の魔獣。
魔法を操る三体の飛翔魔獣。
そして迫りくる武装した魔物の大軍。
誰もが無理だと諦めた。ギルドが奥の手を用意しているらしいが、詳細は知らされていない。この状況で何も起こらないのは、何かしらの理由があるのだろうが、それに期待する暇は無い。このまま戦うのも論外だ。冒険者達の後方には建物の中に入る出入口があるが、背を向けて退避する間に、何人かは殺られるだろう。そのスタートを誰もが躊躇した。初めに走り出した者が、最初の攻撃に晒されると全員が分かっていたからだ。
「おい、煙をもっと濃くしろ! その隙に全員中へ退避し――」
ゲイルが『アレイスター』の魔術師に土煙の濃度を上げるよう言いかけたその時、
巨大な赤い鎧騎士が突然屋上に現れた。
『ここは私達が抑えます。全員屋内に退避して下さい』
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