第387話 暗殺と強襲

「って、聞こえてないかw じゃあ、バイバ~イ」


 清水マリアは、無防備で立っているジュリアンに向け、魔法を放とうと手をかざす。


 パシュッ


 しかし、清水の魔法は発動しない。


(あれ?)


 清水が魔力を練れないことに気付くと同時に、その胸がみるみる赤く染まった。


 パシュッ


 次の瞬間、清水マリアの頭が爆ぜた。


 清水の頭が吹き飛んだ直後、幻術が解けたジュリアンは目の前の光景に困惑する。自分は何もしていない、精霊使いの魔法を封じ、赤子同然になった少女に止めを刺そうと歩いていたはずだ。しかし、その少女は胸から血を流し、額が爆ぜて頭の中身が飛び散ったままピクリとも動かない。


「え?」


 呆然とするジュリアン。



 その現場から約二百メートル離れた場所に、消音器サプレッサーを装着したM4A1カービンを構えたレイがいた。手にしていた銃は、田中真也の荷物にあった自動小銃アサルトライフルだ。メーカー名や製造番号を示す刻印などは一切入っていないその銃は、本田宗次が能力で作った物だ。模造品とはいえ、その銃は現代の本物の銃と遜色ない出来栄えで、正常に作動した。無論、レイは事前に試射してそれを確かめている。魔導銃ではなく現代の銃を使ったのは消音器があったからだ。消音器を装着しても発砲音を完全には消せないが、二百メートルの距離があれば気付かれる可能性は少ない。


(流石にこの距離なら俺でも当てられるな……)


 M4A1カービン、通称M4。コルト社が開発したアサルトカービンライフルで、現在、コルト社以外にも複数のメーカーがライセンス生産し、世界中の軍や警察で使用されているベストセラーのアサルトライフルだ。5.56x45mm NATO弾を使用し、有効射程距離は約五百メートル。本職の狙撃手に比べれば、遠距離射撃はあまり得意ではないレイだったが、M4は前世で最も慣れ親しんだ銃の一つであり、二百メートル程の距離と、強化した視力により、静止している標的に当てるのは問題無かった。


 光学迷彩を施したレイの姿は外から見えないが、透明の範囲から出ている銃身の先からは硝煙が上がっていた。しかし、ジュリアン達がそれに気づく様子はない。


(勇者がいるだろうとは思っていたが、『精霊使い』の清水マリアとはな。ということは、『蟲使い』松崎里沙も一緒か?)


 レイはラーク王国で尋問した藤崎亜衣の話を思い起こすが、『探索組』である清水マリアがここにいることに疑問を覚える。藤崎の話によれば、同じパーティーを組んでいた清水と松崎は、二人を裏切った藤崎を探していたはずだ。古代都市フィネクスはマネーベルを挟んで反対の位置にあるらしく、ここまではかなりの距離があると思われる。その二人の内一人が、豚鬼を率いて冒険者ギルドの本部を襲っているのはどうしてなのか……。


 いつものレイなら、清水マリアを無力化して尋問するところだったが、清水の『精霊使い』という能力を考慮して、直ちに殺すことを選んだ。リディーナの『風の妖精』のように、自我を持った精霊、つまり『妖精』が出てきた場合、それを倒す方法が分からなかったからだ。


(松崎もいる可能性が高いな。……リディーナ達と合流するのは遅くなりそうだ)


 レイは銃を仕舞い、姿を消し、気配を殺したまま静かにその場を後にして、他の勇者を探しに森の中へ消えた。



 その場に残されたジュリアンは未だ状況がつかめず、慌てて『精霊水壁』を再度展開して周囲に目を凝らしていた。目の前の少女を殺した者がどこかにいる、そう考えての行動だったが、当人は既に去った後だった。


 ジュリアンは魔力が続くギリギリまでその場を動けず、いるはずの無い伏兵を必死に探していた。


 …

 ……

 ………


 一方、林香鈴に『人間を殺せ』と暗示を刷り込まれたアレックスは、冒険者ギルドに向かって走り出していた。その狙いは本部の屋上にいる冒険者達だ。



「あん?」


 屋上にいた冒険者達は、踵を返して戻って来るアレックスに怪訝な目を向ける。一時はその圧倒的な強さで豚鬼達を圧倒していたアレックスだったが、突如、統制された豚鬼達に取り押さえられ、そのまま殺されるのではないかと冒険者達は思っていた。しかし、しばらくして、まるで豚鬼達がアレックスを解放するように離れていき、アレックスは豚鬼達に目もくれずに本部に向かって走り出したのだ。



「……なんか、おかしくねーか?」


 冒険者の一人が呟く。


「お、おい……」


「ちょっ――」


 十メートルを超える巨大な獣と化したアレックスは、軽々と本部の屋上に飛び乗り、その鋭い爪と剛腕で、戸惑う冒険者達を横から薙ぎ払った。


「おぶっ」

「ごっ」

「はぶっ」


 アレックスの薙ぎ払いをまともに食らった三人の冒険者は、その衝撃で胴体が千切れ、全身の骨が砕け、爪で引き裂かれた。


「「「マジかよっ!!!」」」


 その光景を目にし、瞬時に臨戦態勢に入る他の冒険者達。身体強化を施し、各々武器を構える。


「ちっ! あのバカ、トチ狂いやがってっ! 『炎壁フレイムウォール』!」


 A等級冒険者パーティー『アレイスター』のリーダー、ロブは、短縮した詠唱ですぐさまアレックスの前に炎の壁を生み出した。


「おい! 今の内に前衛は前に出ろっ! 長くはもたんっ!」


 ロブの指示の後に、『クルセイダー』のジークが叫ぶ。


「盾は捨てろ! 腕ごともってかれるぞっ!」


 ジークの発言に、そんなことは分かってると言わんばかりに剣を持った冒険者達がパーティーに関わらず、各々前に出る。この場にいる誰もが、アレックスを討伐すると即座に決断した。あの身体能力の前では、逃げようと背を向ければ、間違いなく殺られると全員が判断したからだ。


 一撃でも喰らえば終わり。それをすぐに理解した者達は、少しでも身軽になる為、盾を持っていた者はそれを手放し、剣を抜いた者は鞘を投げ捨てた。外套を脱ぎ、不要な装備と荷物を放り出す。


「くそっ! デカさは単眼巨人サイクロプス並だが、素早さが段違いだ。魔術師共っ! 目だ、目を集中して狙えっ!」


 ジークがそう叫ぶ間に、アレックスは炎をがむしゃらに払い退け、雄叫びを上げた。


『グルルォォォオオオアアアアーーー!』


「「「ぐっ!」」」


 鼓膜を突き破るような、けたたましい咆哮が冒険者達を襲う。皆、両手で耳を覆いたい衝動を抑え、アレックスから視線を外さず各々武器を構える。


 ―『『『炎の矢ファイヤーアロー』』』―

 

 呪文の詠唱を終えた『アレイスター』の魔術師達が、一斉に炎の矢をアレックスの頭部に向けて放った。


 アレックスは自身に迫る炎を両腕を交差して防ぐが、その隙に冒険者の剣士達は距離を詰める。ロブが放った炎壁が消失するタイミングでそれぞれ中に飛び込み、剣士達はアレックスの足に斬り付け、突き刺した。


「やっ――」


「バカヤロウ! 止まるんじゃねー!」


 ジークの叫びも空しく、アレックスの足に剣を突き刺し喜んだ冒険者は、刺したと同時に動きが止まり、そこをアレックスに払われバラバラに吹き飛んだ。


「ひっ」


 隣にいた冒険者は、バラバラになった冒険者の血と臓腑を浴びて悲鳴を上げ、その足が止まってしまう。


「がっ あぎょ」


 足が止まった冒険者は、アレックスに両手で素早く掴まれ、そのまま一気に握り潰された。


 ジークの目の前で、アレックスは潰した冒険者を口に運ぶ。飢えているのか、斬り付けた他の冒険者達を意に介さず、死体を夢中で貪っていた。


「マジで人を辞めちまったみてーだな……」


 斬りつけたアレックスの足は金色の体毛に阻まれ殆ど傷がついていない。


 ジーク達は、冒険者の死体を貪り喰うアレックスから一旦距離を置き、剣も魔法も効果が薄いアレックスへの対抗策を、アレックスと同じパーティーである『ネメア』に求めた。


「おい、オメーら、アレをどうにかしろっ!」


 しかし『ネメア』の面々は答えられない。『獣化』のことを知っていたローザでさえ、獣化した者を倒す手段など分からないのだ。


 人を食うアレックスの姿を見て、ローザ達は絶望する。


「「「アレックス様……」」」

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