第386話 精霊使いの戦い
『グゥォォォォオオオオオオ』
獣化したアレックスの雄叫びが山間に響き渡る。
レイは、その咆哮が豚鬼達の方向からだと分かったが、森の中ではその様子を伺うことはできない。咆哮の大きさから巨大な何かが存在しているのは間違いないが、目の前の光景も気になることだった。
(あれはギルドの冒険者か? 一体何してんだ?)
冒険者らしき男が、石碑の様な物を地面に設置している。魔力を流しているのか、ぼんやりと石碑が光ったことから何かしらの魔導具なのだろうと推測できたが、それが何をするモノなのかは予測できなかった。
そして、こちらに近づく新たな気配。
一人のエルフが、冒険者の男に向かって斜面を駆けてくる。エルフの男は泥だらけで、必死な形相で何やら叫んでいた。
「……ろっ …………逃げろっ!」
後方から風の刃がエルフの男を襲う。男に向かって草木を切断しながら迫るそれを、
―『
エルフの男は風の魔法によりそれを防いだ。
「くそっ! 風属性まで……バケモンがっ!」
咄嗟に『風刃』を防ぐ、高い技量を見せたエルフの男だったが、そんな実力者が逃走を選択する程の相手。魔導具を設置していた冒険者の男は、慌てて剣を抜くが、近づいてきたエルフに一喝される。
「馬鹿野郎っ! 逃げろっ! 俺達では勝てん!」
「え?」
冒険者の男が取るべき行動を躊躇している間に、新たに発生した風の刃が男を襲う。自身に迫る風を感じ咄嗟に身を屈めるも、見えない刃が男の腕を切り落とした。
「あぎぃぃぃ」
男は切られた腕を押さえ、苦痛に耐えながら走ろうとするが、足がもつれて転び、中々立ち上がることが出来なかった。人間は四肢を欠損した場合、痛みに関係無く、重量のバランスが崩れて今まで通りに体を動かすことは出来ない。足は勿論、片腕が無くなっただけでもまともに走れなくなる。指一本でも泳げなくなり、以前と同じ動きをするには大なり小なり訓練が必要だ。
男がもたついた次の瞬間、風の刃で男の首は切り裂かれていた。
「ちっ」
エルフの男はその様子を見て救助は諦め、ジグザグに森を駆ける。避け切れない攻撃は『風防護』の魔法で打ち消すが、迫りくる白い影は攻撃方法を変え、男の足元を湿地帯に変えてきた。地面がぬかるみ、所々に水溜まりのような泥沼が現れる。
「くっ 何故、こうも遠くに……」
常識外の遠距離から魔法を行使されることに、納得のいかないエルフの男。並の魔術師を遥かに超える魔法の射程距離。追手は熟練した魔術師と思われるが、とてもそうは見えない程に相手は若かった。
悪くなった足元を確かめながら走るエルフの男。泥の水溜まりを踏めば、最初に食らった底なし沼の餌食だ。魔法を駆使してなんとか脱出し、ここまで逃げてこれたが、再度落ちれば次はその隙に首を落とされるだろう。
足が遅くなったエルフの男に、白い外套を纏った清水マリアが徐々に距離を詰めてきた。
「中々頑張ったけど、もうおしまいかな~ イケメンさ~ん」
―『
エルフの男が風魔法を唱え、一足のスピードを上げて加速する。
「おっと、速いじゃん。まだそんな隠し玉があったんだね~ でも残念」
―『雷撃』―
清水マリアの手から紫電が走る。光りの速さの電撃がエルフの男を背後から貫き、その動きを止めた。
「お兄さんで三人目。さっきの人は殺しちゃったし、あとの三人は谷の反対側だから、まだ殺さないであげる。何してたか話してもらうよ~ん」
「うぐ……な、なにを……」
今まで体験したことのない衝撃を受け、エルフの男は何が起こったか分からなかった。身体が痺れて立ち上がれない中、男は感覚の無い手を必死に腰へと伸ばし、魔力を込めた。
パシュッ
男の腰にある魔導具から発煙筒のような赤い煙が立ちのぼる。
「おーーー ひょっとして救難信号的なヤツ? そんなの持ってるんだ~ でも、間に合うかなー どの道、反対側の人間も始末しに行くし、話を聞くのはお兄さんじゃなくてもいいんだよね~」
エルフの男は地面を這いずり、泥だらけにながら清水マリアから少しでも距離を置こうと足掻く。
「あーあー 折角のイケメンが台無しじゃーん。てか、必死になっちゃって超ウケるんですけどw」
ニヤニヤしながら余裕たっぷりに歩く清水。
その清水の前に、一人の男が空から舞い降りた。
S等級冒険者『水帝ジュリアン』だ。
「キミ……ひょっとして『勇者』かな?」
早過ぎる援軍に驚く清水だったが、すぐに気を取り直していつもの調子に戻る。
「おー またイケメンエルフ! アタシやっぱ縁がある、みたいな? でも、顔は超イケてるのに耳がキモいのがホント勿体ないよね~ あー アタシ?『勇者』で合ってるよ? 自分で言うの恥ずいけどw」
「フッ まさか本当に勇者とはね。老人達が恐れるその実力、確かめてみようじゃないか」
「ププッ リアルに『フッ』とか言っちゃうヤツ初めてなんですけどぉ! しかも何? 実力を確かめる? 二人は死んで、もう一人のお仲間はそこで泥んこになってるんですけどなにか?」
ジュリアンが視線を仲間のエルフに向けた瞬間、
―『雷撃』―
清水は電撃をジュリアンに放つ。
―『
「うっそ!」
不意打ちで放たれた電撃を、ジュリアンは視認すること無く水の壁で防いだ。光速の電撃を防ぐ水壁の発生スピードに、清水は驚愕する。
「さっきの攻撃は上から見えていたよ。実際に見るのは初めてだけど古い文献にあった雷属性の魔法だね? それに、人間なのに精霊を使役する能力まであるとは驚きだ。それが『勇者』の力かい? 私も精霊使いでね。この水の壁は私の意思に関係無く、あらゆる魔法攻撃を防いでくれるんだよ」
そう言って、ジュリアンは腰にある長剣を抜いた。
「見たところ無手のようだけど、これから私の剣を防げるかな?」
「
ジュリアンが抜いた長剣は、刃が波打つような形状をしたフランベルジュで、その青い刀身からは僅かに水が滴り落ちていた。
「そのとおり」
ジュリアンが自身に施した『精霊水壁』は、精霊によって自動で防御してくれる精霊魔法だ。魔法攻撃を防ぐ便利な魔法だが、物理攻撃に対しては気休め程度の防御力しかなく、その上、常に魔力を消費し続け、他の魔法を行使できない弱点がある。しかし、ジュリアンの持つ魔法武器『水魔剣ヴァラヴル』による魔法を帯びた攻撃は別だった。
「へー いいモン持ってるね」
自信を見せるジュリアンに対し、清水マリアは先程までのふざけた態度を一転させ、真剣な顔になった。
「じゃあ、アタシも本気出し――」
清水が話し終える前に、ジュリアンはすぐさま距離を詰め、清水に向かって魔剣を振り下ろした。
振られた魔剣から無数の水の蛇が飛び出し、清水に襲い掛かる。
「って、こっちが喋ってんのにこの卑怯エルフ!」
―『
清水はすぐさま炎の壁を生み出して水蛇を防ぐと、炎壁を左右に広げてジュリアンを囲むように壁を繋げ、その輪を狭めていく。
「所詮、水は水でしょ?」
この世界の住人に『温度』の概念が無い事を清水マリアは知っている。炎壁の温度を意識し、水が瞬時に蒸発する温度へと魔力を込めて上げていく。
「さあどうするぅ~? ほらほら、水でもなんでもかけて早く消さないとw」
煽る清水に、周囲を炎で囲まれ、それが迫ってくる状況にもジュリアンは焦る様子は見られない。
「火属性まで扱えるのか……まったくとんでもないね。老人達が恐れるのも無理はない。……仕方ない。あんまりこの手は使いたくないんだけど」
ジュリアンは懐から宝玉のような魔導具を取り出すと、自身に掛けた『精霊水壁』を解除して、魔導具に魔力を込めた。
すると、、周囲にあった燃え盛る壁が綺麗に消失してしまった。
「え? 一体何を――」
「『魔封の魔導具』さ。一定の範囲の魔法や魔力の行使を阻害する魔導具なんだけど、知ってるかな?」
「うそ……」
「これを使うと、お互い魔法も魔導具も使えない。勿論、精霊の使役もね。身体強化も出来なくなったと思うけど、ただの少女になった気分はどうだい?」
水の滴りが消えた魔剣を握り、ジュリアンが呆然とした清水に近づく。
「う……うあ……」
焦って後退り、つまずいて転んだ清水は慌てて背中を見せて逃げ出そうとする。
「フッ 『勇者』とは言え、所詮は人間の子供だね」
悠々と清水に向かって歩くジュリアン。
しかし……
(ジュリアン様は何故、先程から動かないのだ……?)
清水マリアの電撃に倒れ、地に伏していたエルフの男は目の前の光景が理解出来ないでいた。
戦闘がはじまり、ジュリアンが剣を抜いた時から、ジュリアンは一歩も動いていなかった。視線もどこを向いているか分からず、何やらブツブツと呟いているだけだ。
「光の精霊魔法に『幻術』ってあるんだけど、知ってたぁ~?」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます