第385話 波乱の予感

「止まってぇ~~~!」


「ッ~~~~!」


「いやぁああああああ!」



『ウヒョォォォーーー♪』


 悲鳴を上げるリディーナ達と、嬉しそうなブラン。オリビアが悲鳴を上げるのは分かるが、飛翔魔法で空を飛べるはずのリディーナとイヴが怖がるのは、自分達で勢いをコントロールできないからだ。猛スピードで急斜面を下りるブランの背から飛び降りて、すぐさま飛翔できる自信が二人には無く、万一、振り落とされれば崖を転がり落ちるのは必至だ。


「止まりなさい、ブランッ! 止まれぇぇぇ!」


 鬼の形相で叫ぶリディーナ。


『勢いついちゃってるんでーーー ちょっとムリっすぅーーー!』


「「「いやぁあああ~~~」」」


『ヒャッホーーー♪』


 …

 ……

 ………


 崖に近い斜面を下って行ったブランとリディーナ達を他所に、レイは視界が開けた場所でルートの選定をしていた。山に囲まれた広大な地形だが、人が歩ける場所というのは意外に少ない。冒険者ギルド本部へと続く道はオリビアから聞いてはいたが、それ以外の人が通れそうな箇所から敵が潜んでいそうな場所や、罠の位置をレイは予測していた。


 日本を代表する山である富士山は、四つの登山道が存在し、そのいずれのルートでも山頂へ辿り着ける。しかし、登山道を一歩外れれば普通に歩けるような足場は殆ど無く、不可能ではないものの、登頂は非常に困難になる。登山道の無い自然の山では人が歩けるルートがより限られ、自ずと人がいる場所が予測できるのだ。


 敵がいるかどうか、相手がどんな人間か不明な状況で、偵察や待ち伏せ、もしくは罠を仕掛けたりする場合は、そういったルートを見極めなければ適切な行動は取れない。人間同士の戦いの場合、監視衛星やGPSで相手の位置を特定したり、猟犬によって匂いを頼りに追跡しただけでは、相手を見つけるどころか、命を失うことになる。


(あの豚鬼を操ってる勇者がいればラッキーだが、別働隊やギルドの偵察もいるかもしれんしな。少し慎重に行くか……)


 レイはいくつかのルートに当たりをつけ、光学迷彩を施して森へ入って行った。


 …


「「「はぁ はぁ はぁ」」」


『到着ッス』


 あっという間に斜面を駆け下り、瞬く間に森を抜けて冒険者ギルド本部の目の前に来たブラン。背に乗っていたリディーナ達は、自ら走った訳でもないのに息が乱れ、オリビアは顔面蒼白だ。


「アンタ、後で覚えておきなさいよ……」


『?』


 リディーナの恨めしい言葉は、残念ながらブランには響かない。


『ここに入るっスか?』


 ブランは、本部の入り口にある大きな扉を前脚で蹴りだした。


 ドカッ ドカッ ドカッ


(なんつー 馬なのよ……いや、一角獣か。って、そうじゃない! しゃべるのもオカシイけど行動もオカシイ! ってか、空気読めないの?)


 オリビアがブランに呆れている間も、ブランは容赦なく扉を蹴り続ける。



「何しとるんだ?」


 唐突に声を掛けてきたのはゴルブだ。ジュリアンと共に、豚鬼を葬ってきた帰りに、ブラン達に気付いて近づいてきたのだ。


「あら、お爺ちゃんじゃない」


「お主達、何でここにいるんだ?」


「何って、トリスタンから連絡しろって伝言もらったから来たんじゃない。お爺ちゃんこそ、こんなトコで何してんのよ?」


「あ奴に? ……まあいい、ここは今、ちょっと立て込んでてな。ワシはあの豚鬼共を減らしてきただけだ」


 ゴルブの視線の先には、無数の亀裂が入った地面と、ジュリアンの精霊魔法によって溺死した豚鬼達の死体が見える。


「あれ、お爺ちゃんがやったの?」


「半分はな。それより、先に中に入ろう。……おい! ワシだ! 開けろ!」


 扉を力強く叩き、中にいるであろう管理者に声を掛けるゴルブ。すると、大きな扉が内側からゆっくり開かれた。


「「「ヒッ!」」」


 扉を開いたギルドの職員達は、馬より遥かに大きいブランを目にして腰を抜かす。


「心配ない、こ奴らは冒険者だ」


 ゴルブは職員にそう説明し、ブランとリディーナ達を本部建物の中へと案内した。


 …

 

 冒険者ギルド本部の中は、まるでショッピングモールのような空間が広がり、様々な施設でちょっとした街のようになっていた。通路も馬車がすれ違うことができる程の幅と高さがあり、ブランも悠々と歩ける広さだ。

 

「久しぶりに来たけど、相変わらず凄い施設よね」


「リディーナ様は以前ここへ来たことがあるのですか?」


「もう十年以上前よ。依頼で訪れただけだからそれほど詳しくはないわ。確か、貴族用の宿があったはずだけど……」


「それならもう少し奥ね。そこなら厩舎もあるし、この馬も入れると思うわ」


『馬じゃないッス』


「「ウッサイ!」」


「なんだ、お主ら宿に行くのか?」


「後でレイも来るし、山を越えてきたから疲れてるのよね。レイと合流して宿で少し休んでからそっちに向かうわ」


「わかった、トリスタンにはワシから伝えておこう」


 ゴルブはそう言うと、そそくさと行ってしまった。リディーナ達はそれに構わず、本部の来客用の宿で一番ランクの高い宿へと向かった。


 …

 ……

 ………


「本当かい? まさかレイ君やリディーナ達がここへ来るなんて……」


 ゴルブは本部の会議室で、表の状況を見ていたトリスタンにリディーナ達のことを伝えていた。


「あ奴らのことは確かに伝えたぞ? ワシもちょいと疲れたから少し休む。後はお前に任せたからな」


「参ったな、こんな時に……」


「なんなら、依頼でもしてみたらどうだ?」


「受けてくれると思うかい?」


「……」


「彼等に頼めば、豚鬼達を殲滅してくれるだろうけど、対価として何を請求されるか……」


 二人はレイ達のことを思い浮かべるが、表の豚鬼のことを頼んでも素直にやってくれるとは思えなかった。


「あれを率いているのが『勇者』だとはっきりすれば、あ奴も動くだろ。それよりも……」


「分かっているよ。宿にはボクが直接行く。他の冒険者達とモメ事を起こされたくないからね。正直、表の豚鬼のことより、彼らの機嫌を損ねないようにする方が大変だよ」


「ふっ 二百年前を思い出すなぁ……」


「笑い事じゃないよ、まったく」


 トリスタンは自身の腹を手で押さえてため息をつく。


 ゴルブは昔を懐かしむような顔で部屋を後にし、酒場へと向かった。

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